第二十九話 勝敗を分けたもの
スチルロンで硬化した拳の一撃は戦士のハンマーの打撃に匹敵する。重い攻撃であるのだが、当たってもポンタは倒れない。かといって、当てなければ倒せない。ユウタは再び攻撃に打って出た。
焦ったユウタが攻撃に転じるタイミングをポンタが待っている危険性はある。ここでポンタに必殺の一撃があれば決まる。だが、待っていてもユウタの勝機は薄いと感じた。
打ち合いはタンク・タイプの冒険者相手への戦い方として最悪だ。だが、他の選択肢がない状況になっている。あるとすれば。アスオクによる地中への引き込みによる窒息狙い。
現状で使っても抵抗されて終わる。
広場中央で激しい打ち合いが続く。防御を捨てての打ち合いなら、ユウタに勝機がある。ポンタへのダメージが多くなるとの計算だった。
予想はまたも外れた。ポンタもあるていど防御を犠牲にしている。だが、ユウタの攻撃が当たらなくなっている。
「長引けばユウタの攻撃に対応してくる」
ラウ老師の言葉通りになった。最初から注意されていたが、助言を活かしきれなかった。魔力容量が多いのでまだユウタはスチルロンを維持し続けられる。
「ポンタは倒すのは無理なのか?」とふと不安になった。このままスチルロンが切れたらポンタの剣を浴びることになる。スチルロンは攻防一体の魔法。切れればユウタの攻撃力も防御力も大幅に下がる。
そうなれば、ユウタの勝利は遠のく。
「自分も苦しい時は相手も苦しい」
使い古された言葉ではあるが、本当にポンタは苦しいのか疑った。ユウタが不安に思うと、ポンタがサッと引いた。ポンタの必殺攻撃を用心してユウタも距離を取った。
戦闘が一時止まる。ポンタが左腕で口を拭う。ユウタはポンタの一挙一頭足を見守った。次の瞬間ポンタの口元から空の瓶が落ちた。
「よし、こい!」とポンタは叫ぶ。大失態だった。ポンタにポーションを飲まれた。激しい戦闘の最中ならポーションを飲むのは不可能だった。
戦闘が止まった時なら飲める。最初からポーションを所持していたら気付けた。ポーションはユウタから見えない場所に隠してあった。
おそらくポーション瓶は丸盾の裏側に隠されていた。ズルイとは言わない。冒険者らしい戦術だ。ポンタに飲まれたポーション瓶の中身がわからない。
ポンタの傷は全て癒えていない。ポンタが飲んだのは全回復のポーションではない。だが、傷が徐々に回復するタイプなら、押し負ける。
ユウタは一発逆転に賭けた。アスオクによる窒息を狙う。『天才力』を使えば引き込む威力も上がる。ユウタは羽を広げて飛びあがった。そのまま全速でポンタに体当たりをする。
攻撃を受けるのは覚悟の上での特攻戦術。ポンタに剣で斬られた。まだスチルロンを維持できているので痛くはない。そのままユウタは地面に突入した。
地中からポンタの足の位置を特定する必要がある。ポンタの足を掴むために『天才力』を使用する。地中からでもポンタの位置がわかった。ここでユウタは更なる大失策に気付いた。
ポンタはユウタの真上にいる。『天才力』のおかげでわかる。ポンタには魔力が集まっている。ポンタが地面に剣を突き立てる音がする。ユウタの体に電気が流れた。
地表は乾いていたが、雨は地中に染み込んでいた。地中を這う電気の流れは避けようがない。スチルロンの弱点は雷だ。電気は一瞬では終わらない。地中に流れ続ける。ユウタの意識が途切れた。
気が付いた時には厚い布の上に横たわっていた。ユウタは自分が負けたと知った。
ラウ老師が苦い顔で講評する。
「スチルロンもアスオクも強力な魔法だ。二つ修得していたのなら大したものだ。ギフトによるものかもしれんが、お前には才能があった。だから逆に不安じゃった」
「才能に溺れるな」のアドバイスも活かせなかった。ラウ老師の不安が全て的中しての敗北だ。
ラウ老師が優しく教えてくれた。
「修行によりユウタはスチルロン使用時にも全身がスムーズ動かせるようになった。スチルロンを維持できる時間も長くなった。あのまま愚直に戦っていれば勝てた」
ラウ老師が空のポーション瓶をユウタに放る。受け取ったユウタは愕然とした。中身が入っていた形跡がない。ポンタはポーションを飲んでいなかった。理由はわかる。
何にせよ中身が入っていれば、奪われた時が危険だ。ポンタは飲んだ振りをしてユウタを欺いた。
ラウ導師が空を仰ぐ。
「ロロンの奴が決闘のために雨を止めたのも、悪いほうに影響したな」
ロロン導師ほどになれば天候を変えられる。こうなってくると、夜の雨が朝に上がるまでロロン導師の策だったのかもしれない。卑怯とは謗れない。
ラウ老師は勝率を上げるためにユウタにマッサージをした。ロロン導師は天候を操作した。それだけの違いだ。死にはしななかったが、悔しいとユウタは心から思った。
自分は強くない。ただのレベルが高いだけの悪魔にしか過ぎない。
ラウ老師は小さな袋をユウタに差し出す。
「持っていけ。ワシとロロンの勝負に付き合わせた報酬だ。七日分で金貨七枚ある」
落ち込んでおり、受け取る気にはなれなかった。
「受け取れません。僕はラウ老師のアドバイスを全て無視して負けました」
「うん、そうか」とラウ老師はサッと金貨が入った袋を仕舞った。受け取らない気分だったが、目の前でアッサリ引っ込められると惜しくなった。「やはりください」頼める空気ではない。
ラウ老師にやられた感があるが仕方ない。ラウ老師がサラリと告げる。
「報酬を辞退した分、お前には見込みがある。これを持って森の中に進め。霧の先に賢者がおる。手紙を渡せば、なんでも一つ教えてくれる」
強くしてくれる方法があるなら、ラウ老師が教えてくれてもいいはず。正式に弟子をとって長期間教えるのはわずらわしいのだろう。ユウタは手紙を素直に受け取った。
下宿にまだ泊まりたいが、もう一週間分の家賃がない。大家さんは慈善事業で部屋を貸しているわけではないので、退去した。
新しい仕事を探す前にユウタは賢者を探しに森に入る。望んでいる時にかぎって、起きないのが突発イベントというものだ。
五日間、ユウタは森を彷徨う。霧はまるで出ない。幸い森には木の実や果実がある。
小動物を捕まえてもいいが、火が熾せない。生肉の摂取は抵抗があるので、狩猟は意味がない。
「火を熾すって簡単に言うけど難しいな。もう炎の魔法系を覚える余力はないから、考えないと」
六日目にしてやっと霧が起きた。この機会を逃すと、次はいつ霧が起きるかわからない。どうせ、迷うならと、早足で進んだ。悪魔の体なので、棘のある植物があろうと、小枝があっても痛くない。
ドンドン進むと不自然に開けた場所に一軒の茶屋があった。茶屋の前には向かい合わせに長椅子が二つあった。既にお客として一人の若い女性がいた。白い髪に、黒い肌。ダーク・エルフだ。
服装は萌黄色のローブを着ている。座っている姿が美しく気品があった。
一目見て賢者だと思った。ユウタから尋ねた。
「霧と共に現れる賢者様とお見受けします。相談にきました。ラウ老師から手紙を預かっています」
「私は賢者ではありません」とツンとした顔で女性で即座に否定した。
人違いには思えないので尋ねる。
「賢者様ではないのなら、貴女のお名前はなんと言うのでしょう」
「知らない人に名前を教えたくありません。ナンパなら他所でやってください」
人違いだろうかと思い尋ねる。
「賢者様がどこにおられるか知りませんか?」
「知りません!」と女性はムカッとした顔で答えた。
本当に知らないのかもしれないが、頑なな態度が逆に怪しい。
茶屋の店員であるダーク・エルフの小僧が注文を取りにきた。ユウタは小僧に聞く。
「早く用意できる品物は何ですか?」
「お団子とお茶なら待たせずに出せます」
「それで」と答えて、ユウタはペッタンコに近い財布から金を払った。
言葉の通りに、小僧はお茶と団子をさっと持ってきた。
ユウタはお茶だけを受取り小僧に頼む。
「僕は団子いらないんで。お茶だけください。団子は賢者様にあげてください」
小僧はなんのためらいもなく、ダーク・エルフの女性の横に団子を置いた。
ニコっとユウタは笑って、女性に話し掛ける。
「やはり賢者様だったんですね」
女性は顔を歪めてトゲトゲしく答える。
「そうですよ。私が霧の賢者のピオーネです」
霧の賢者様には会えた。だが、賢者様の機嫌が悪い。果たしてうまくいくか。




