第二十七話 修行
村の外れに開けた場所がある。ラウ老師はユウタに向かい合った。
「まずワシを殺す気で掛かってこい」
いきなり組手からスタートだった。ラウ老師は胸の辺りで腕組みして立っている。攻撃をする姿勢ではないが、反撃しないとは言っていない。
展開が読めない。ラウ老師がユウタの攻撃をヒョイと避けて、ユウタを軽くノック・アウト、で終わる気がしない。全力で行かねば自分の身が危ない。
着替えてから、耐久力が高く力も強い悪魔形態になる。スチルロンで体を硬化させる。関節部はできるだけ範囲から外して柔軟性を確保した。
魔法の使用に際してラウ老師は何も言わない。ユウタの準備ができた。ジリジリとユウタは距離を詰める。踏み込んでラウ老師のがら空きの腹への中段突き。
攻撃が当たったと思った瞬間、ユウタの全身に衝撃が走る。勢いで後ろに飛ばされそうになった。バランスを崩しそうになったが、後ろに数歩よろけただけで踏みとどまった。
魔法ではない。何かわからない力で弾かれた。拳に力が入らない。見れば握った拳が開いていた。骨は折れていないが、痺れている。スチルロンを解除してもすぐに握り込むのは無理だ。
ラウ老師は一歩も動いていないのに拳を封じられた。ユウタとラウ老師では到達している次元が違う。
ラウ老師が不動のまま尋ねる。
「他にはまだあるか?」
アスオクで地中に引っ張るのは無理だ。仮に足首を掴めたとしても微動だにしない。命を懸けた戦いなら、近づいてすらいけない相手だ。腕前を知るための組手なら試したい策もある。
格上の相手がアスオクにどう対処するかは知っておきたい。
ユウタはラウ老師に近付く。ラウ老師の周りをゆっくり回る。ラウ老師はユウタの姿を目で追いすらしない。ユウタはラウ老師の真後ろにきた。アスオクでスッと地中に消える。
真下から急浮上してラウ老師の金的を狙う策だ。
ラウ老師の真下にきた瞬間、ユウタは頭を強く殴られるような衝撃を感じた。意識が飛びそうになり堪えるが、自由が効かない。地中では浮力はないはずだが、なぜか浮いた。
ユウタは気絶した魚のような状態だった。ユウタの体が持ち上げられる。地上にユウタは引きだされる。スチルロンとアスオクが同時に解除された。
ラウ老師には触れた相手の魔法を解除する術がある。もうこうなると何をやってもダメだ。
ラウ老師は地上にユウタを放ると再び、ユウタに問う。
「他にはまだあるか?」
「ありません」と素直に認めた。フラフラとユウタは立ち上がった。
ラウ老師からの講評があった。
「お前は弱い。同格には勝てるかもしれないが、その程度でしかない」
他の奴に言われたら嫌味でしかない。腹も立とうが、ラウ老師の言葉ならグウの音も出ない。「お前には突きを教える。立って構えろ」
ラウ老師の手ほどきとが、どれほどのものか気になる。立つとラウ老師はユウタの体に触れて指示を出す。
「足はこう開いて立て。姿勢はこうだ。拳はこう握る。腕はこう突き出す」
ラウ老師は丁寧に体に触れてユウタの構えを矯正する。構えが完成するとラウ老師はユウタに命じた。
「ワシがよしと言うまで。その姿勢を取り続けろ。魔法は使ってもいい。トイレに行きたい時はかってに行け」
スチルロンは体を鋼鉄に変える魔法だ。関節まで固定すれば構えは崩れない。遠慮なくスチルロンを使い姿勢を固定する。ラウ老師もユウタと向き合う形で突きの姿勢を取る。
いささか拍子抜けだ。正拳突き一万回とか無茶を命じられると思った。五分、十分と時間が経つが「よし」が掛からない。そのうちスチルロンを維持できなくなる。
同じ姿勢をずっと続けるのは苦痛だった。体の節々が痛くなる。構えが崩れてくるのがわかる。ラウ老師の「よし」が掛からない「やめ」とも言われない。辛くても続けると、気付いた。
ユウタと同じ時からラウ老師も構えを取っている。なのに構えはまるで崩れない。
老師の構えを参考にユウタは自分の構えを修正しようとした。体の節々の疲労により上手くいかない。『天才力』で理解を深めて解決を試みる。
やはり構えは維持できない。ただ姿勢を維持する難しさを知った。それでも教えられた通りにしようと頑張った。トイレ休憩以外はずっと姿勢を維持しようとした。
喉が渇き、雑念が沸く。強靭な悪魔の肉体でも辛かった。
陽が落ちたので、終わるかなと思ったが修行は終わらない。最後は立って、右腕をだらしなく上げているだけの不格好な姿になった。そこでやっと「よし」の言葉が掛かった。
「帰っていいぞ。明日広場で会おう」
下宿に帰って、水分補給と食事をする。眠ったと思ったらもう朝だった。ララーと一緒に体操をしに広場に行く。広場に行くとポンタがいた。ポンタは一日で満身創痍だった。
ラウ老師、ロロン導師は元気そのものだ。昨日よりも機嫌がいい。体操を終えてから修行の場に行く。昨日と同じ修行をラウ老師にさせられる。
疲れが残っているので、構えが上手く取れない。『天才力』をしようしても、同じだった。
あまりにユウタの構えがブレブレだったのか、夕方には「よし」が出て帰宅できた。朝になり体操広場に行くとポンタがいるが、傷が昨日より増えている。
何の修行をしているかわからないが、ポンタの身が心配になった。
三日目のラウ老師の修行も同じだった。意味があるのかわからないが続ける。疲れが抜けたせいか夜まで頑張れた。帰って、シャワーを浴びる。
眠り、起きて、朝の食事をする。それで一日が終わり。また体操広場に行く。
ポンタはさらに傷だらけだった。ゾンビのほうがポンタより顔色がいいのでは、とさえ思える。ポンタは修行で死ぬんじゃないか、とユウタは心配になった。ユウタの心を読んだのか、ラウ老師に怒られた。
「人の心配をする暇はない。ロロンは修行で弟子を殺す馬鹿ではない。向こうの修行はうまくいっているぞ。このままだと、お前は確実に負ける」
ラウ老師の言葉なので信用した。ユウタの修行はまたも同じ構えの維持だった。四日目になる。体操広場でポンタを見た。ポンタは相変わらず傷だらけだが、目に光があった。
五日になるとポンタの怪我が減っているようにすら感じた。
ポンタは何かを得つつある。ポンタに比べてユウタはまるで進歩がない。五日目となると構えを続けるコツがわかってきた。『天才力』を一日一回使っていたおかげもある気がする。
一回の『天才力』では効果がなかった。使い続けると、効果があったのかもしれない。それでも以前の時のように急速に何かを掴めはしない。
修行が六日目に突入する。ポンタの傷は日に日によくなっているので、焦りを感じた。 負けても許される試合だからといって負けたくはない。
六日目の夜。「よし」の合図で修業は終了する。この日、ラウ老師がユウタを褒めた。
「ユウタには天武の才がある。六日目にしてよく突きを上達させた」
正拳突きなんて大した技ではない。六日間も費やして修行をするほどの価値があったか疑問だ。試しに構えて突いてみるが、何も変わった気がしない。
ユウタは疑問に思っていると、ラウ老師が険しい顔で注意した。
「ユウタはポンタより強い。だが、注意しろ。ユウタが負けるとしたら才能に溺れた時だ」
カッコイイ事を言っているようだが、修行に意味があったのか不明だ。だが、あと一日修行をすれば報酬は出る。
修行七日目、ポンタの傷は明らかに減っていた。お互いに声は掛けない。ポンタもユウタを意識している。決闘の日は明日だが、ロロン導師から教えを受けたポンタが有利に思えた。
七日目の修行はひたすら突く練習だった。構えがきちんとできたからか、ほとんど疲れない。強くなったのかと、考えると疑わしい。陽が落ちるまでラウ老師と正拳突きの修行をした。
「よし」の会合図で修行を終えた。ラウ老師からの言葉はないが、ラウ老師は満足気だった。
夜には雨が降ってきた。決闘なので雨くらいでは中止にならない。降り続いても条件はかわらない。雨による視界不良はポンタも同じだ。




