第十七話 邂逅
茂みの中から現れたのは灰色の鬼だった。小さいながらも二本の角を生やしている。今まで見たゴブリンたちより体格がはるかにいいのでオーガ種と思えた。灰色の肌を持つからグレー・オーガだ。
村で見かけた悪魔の正体はグレー・オーガかもしれない。ユウタには区別できたが、村人なら悪魔と間違えてもおかしくはない。
グレー・オーガは血の染みがある革鎧を着て、曲刀を手にしている。曲刀は刃が所々欠けている。刃の状況が経てきた戦闘の数を語っている。刀身は綺麗なので切味には問題ない。
ユウタは変身を解いて悪魔の姿で挨拶する。
「何かお探しですか? 僕には戦う意思がありません。武器を納めてください」
ユウタの問いにグレー・オーガがニヤリと笑う。武器は納めない。人間でも悪魔でも話にならない奴はいる。目の前のグレー・オーガがそうだ。グレー・オーガがゆっくりと距離を詰めてくる。
ユウタは静かに構えて待った。
グレー・オーガはユウタを間合いに収める。グレー・オーガが躊躇なく攻撃してきた。攻撃は大振りの一撃。
避けるのは簡単だったが、ユウタは避けない。スチルロンで左腕を硬化させて受ける。腕に強い衝撃が走る。曲刀は折れなかったが、刃が欠けた。
間合いを詰めて硬化した右手で殴る。グレー・オーガはさっと後退して回避する。硬化した攻撃はハンマーの攻撃と同等。当たればグレー・オーガは倒せるが、ユウタの動きがぎこちないせいか当たらない。
グレー・オーガが反撃に出た。さきほどとは比べ物にならないほど速い。ユウタはスチルロンの範囲を身に広げる。ユウタは防戦一方になった。ユウタの攻撃の隙をグレー・オーガが突く。
右肩、左脇、右太腿に攻撃が命中した。ユウタに回避は不可能だったが、スチルロンで硬化した体は曲刀の威力を防いだ。
グレー・オーガの狙いが関節や体の可動部に集中する。完全な回避は無理だが、少しだけ当たる場所をズラして攻撃を防げた。
グレー・オーガが無理な体勢で攻撃する時はユウタにとってチャンスだったが、かする程度だった。
拳をハンマー並みの武器にできるが、手刀を硬化させて刃物にはできない。修練を積めば刃化もできるかもしれないが、今のユウタでは無理だ。
二分の攻防を終えてグレー・オーガとユウタは共に距離をとった。お互いに状況が見えた。相手には自分を倒す力がある。致命打を入れるのは容易ではない。
グレー・オーガのスタミナ、ユウタの魔力どちらが先に尽きるかで勝敗は変わる。
グレー・オーガの顔には余裕があった。理由はわかる。ユウタの魔力量が多いとはいえ、スチルロンのような強い魔法を維持し続けるのは無理がある。持久戦になれば自分が有利とグレー・オーガは考えている。
哲学デーモンの初戦の相手にしてはグレー・オーガでは荷が重い。ユウタは逃げる決断をした。服を破って羽を出す。
グレー・オーガには空を飛ぶ手段がない。武器に弓矢がないので遠距離攻撃方法もない。投げナイフくらいは隠しているかもしれないが、動く標的を狙うのは困難だ。
ユウタが空に舞い上がる。グレー・オーガが叫んだ。叫び声を聞いたユウタの羽から力が抜ける。着地はできたが。ユウタは地上に降ろされた。ユウタに特殊なギフトがあったようにグレー・オーガにも何か力がある。
羽に意識を集中するが、まるで力が入らない。飛行ができない。四肢は動くので戦闘には支障がない。グレー・オーガは勝ち誇っている。地上戦なら負けないとの意思表示だ。
アスオクを唱える。ユウタは地面に沈んだ。深くないのでグレー・オーガの叫びが聞こえる。ユウタの体が地上に引き戻されはしない。
「グレー・オーガのハウリングでは魔法は消せない。魔法で地中に逃げられたら、どうしようもないのか。さしずめ、負けオーガの遠吠えか」
このまま地中を進んで逃げれば戦闘は終わる。ユウタはここで『天才力』を発動させる。アスオクの更なる可能性が開けた。ユウタが身に着けていた物はアスオク発動中は地中に持ち込める。
アスオク効果中に地上にある物体を掴んだ場合はどうなるか? 大きすぎる物体は無理だが、あるていどの大きさまでなら引き込める。では生物に関してどうか? 可能だと思うが、経験がない。
「試してみる必要がある。ちょうどいい実験材料が上にいる」
グレー・オーガの叫んだ位置を推測する。少し離れた場所からそっと顔を出す。グレー・オーガの五十㎝前に顔が出た。
ユウタを見たグレー・オーガが躊躇なくユウタの頭を踏む。頭をカバーしようとしたので。グレー・オーガの足を掴む形になった。
ユウタはグレー・オーガの足を掴んで地中に引き込もうとした。グレー・オーガの足は地面の中にズブズブと沈んだ。そのままグイグイとユウタは引っ張る。
上方向に戻る強い力を感じた。グレー・オーガが抵抗している。
新たな一つ目の理解。アスオク発動中に生物を地中に引き込むことはできる。相手に抵抗する意思があると簡単にはいかない。
グレー・オーガを膝の辺りまで引き込んだが、無理そうなので手を離した。少し離れた場所まで移動して顔だけ出す。グレー・オーガが構えを取って警戒していた。膝より上も地面に出ている。
新たな二つ目の理解。引き込みを途中で中止すると生物は自力で浮上できる。ユウタの頭に疑問が浮かぶ。
「地中に引き込んだ相手が死んだらどうなるのか?」
おそらく物として地中に残る。試してみる価値はある。
ユウタはさっと地上に戻った。グレー・オーガに抱き付いて地中に沈むつもりだった。グレー・オーガはユウタの策に乗らない。一目散に森の中に駆けだした。
グレー・オーガの足は速い。逃げ慣れているのかすぐにグレー・オーガの位置を見失った。
「有利な時は戦い、不利とみれば即座に逃げる。戦いの鉄則か」
次にユウタと遭った時にはグレー・オーガは何か対策を考えているかもしれない。戦闘経験が数少ないユウタは駆引きの重要性を理解した。
服はボロボロで泥だらけ。みすぼらしいがどうしようもない。人間の姿で村に戻ると、村の住人がヒソヒソ声で話しながらユウタを見ている。魔物を見る目ではなく、不審者を見る目なのがまだ救いだ。
村には古着屋があったので似たような安い服を買う
古着屋の店主はユウタを見て目を丸くした。
「お客さんまた随分と酷い格好だね。どうしたんだい?」
白を切ってもいいが、注意喚起のために教えた。
「灰色の鬼みたいのに襲われましたよ。なんとか逃げだせました」
「そいつはグレー・オーガだな。でも、グレー・オーガは赤い紋章の冒険者に退治されたはず。まさか複数体いたのか?」
赤い紋章とは冒険者のパーティ名だと推測できた。
「赤い紋章の冒険者が嘘の報告をした線はないんですか?」
「それはないよ。ちゃんと討伐した証の角を持ってきた」
ユウタが出会ったグレー・オーガにはきちんと角が揃っていた。とすると、冒険者が倒したのは別の個体で間違いない。こうなると、村人がグレー・オーガと悪魔を見間違えた説も揺らぐ。
安全な村かと思ったが、けっこう危ない村なのだろうか?
「この辺ってグレー・オーガがよく出るんですよ」
顔を顰めて古着屋の主人が目の前で右手を軽く横に振る。
「ないないって、そんなにグレー・オーガがポコポコと出るようなら村なら終わりだよ」
「出るのはゴブリンくらいなんですか?」
「村の周りにゴブリンなんていないよ。狼や熊は出るけどね」
ペペの話と違う。ペペの話ではゴブリンはここら辺に最近出るとの話だった。村としては大きいほうだが、村人の中で認識が違うのだろうか?
服を買って支払いを済ませて外に出る。人々は村の入口のほうに集まっていく。村の入口で何かがあったと予想できた。




