第十五話 ロマンが二つ
ユウタが近づくと村の人間は散っていく。何かがあったと思えるが、教えてもらえる空気ではない。魔法屋には水晶玉のシンボルがある看板が出ていた。店の外観は普通だった。乱闘や襲撃の痕はない。
外から店を眺めていても何もわからない。店のドアを開けた。四十㎡の店舗スペースにカウンターがある。奥には棚が六つ並んでおり、多くの木箱が置いてあった。
店の中に入ると香辛料の匂いがする。さっきまでカレーを鍋にかけていたかのような空気だ。
店には茶色い髪で黒い瞳をした女性がいた。女性の年齢は二十代後半。黄色のワンピースを着用して、白いエプロンをしている。手には布の手袋を嵌めていた。エプロンの胸の部分に『アンナ』の文字が見えた。
アンナは窓を開けて空気を入れ替えをするところだった。
先ほどの人だかり。店内に残るカレーの匂い。空気の入れ替えは関連がある。
「いらっしゃいませ」とアンナは挨拶をするが匂いの件には触れない。
匂いの件は後で尋ねるとして、まずは目的の達成を目指す。
「魔法を売ってほしい。戦闘で使えるのをいくつか見せてください」
アンナが怪訝な顔をする。
「生活系や回復系ではなく、戦闘系ですか?」
魔法を買うのに資格がいるとは聞いていない。
ライセンス要求がないので誰にでも売れる。だからこそ、警戒しているとも取れる。
「ここに来る途中にゴブリンに襲われましてね、身を守る魔法が欲しいんだ」
アンナがにこやかな顔で勧める。
「それでしたら、眠りの魔法はいかがでしょう」
順当なお勧めだ。初心者冒険者ならピッタリだ。だが、こちらは冒険者に襲われる側だ。
「もっとこう強そうなのがほしい。一人で複数のゴブリンを相手にできるのが理想です」
アンナが申し訳なさそうに指摘する。
「販売用の魔法カタログには掲載があります。強い魔法はそれなりに魔力がないと使えません。失礼ですが魔力は充分ですか?」
哲学デーモンでも魔力不足で使えない魔法があるのだろうか? そんな強力な魔法を小さな村で売っているとは予想していなかった。
「魔力は大丈夫だよ。カタログを見せて」
アンナにカタログを見せてもらった。たいした品揃えがないのだろうとの予想は外れた。
カタログには凶悪そうな魔法が掲載してある。価格の記載がないので、魔法は時価だ。どれにするかは、予算の関係があるのでアンナと相談する必要があった。
「毒系魔法と呪い系の魔法をもらおうか」
アンナが曇った表情で確認する。
「それは暗黒魔法になりますが、よろしいのですか?」
一部の魔法には購入者制限があるのか? だとしたら知っておきたい。
「カタログにあるのが全部購入可能ではないの?」
アンナが冴えない顔で教えてくれた。
「殺虫用の毒魔法はありますが、ゴブリンからは身を守れません。呪い系の暗黒魔法はウチのような小さな店にはありません。店にあるのは商品名に赤い丸が着いているものだけです」
カタログにある強力そうな攻撃魔法にはほとんど丸が着いてなかった。高い魔法を仕入れても売れなければ不良在庫だ。経営面から置かない理由は納得できる。
金を払っての魔法の取り寄せは可能かもしれない。ただ、翌日配送はないとみていい。悪魔とバレたら品物を受け取る前に村を出なければいけない。取り寄せはしてはいけない。
カタログを見ると、生活系や生産系の魔法は充実していた。買える魔法の幅がグーンと狭まる。『ヘンキョウの街』まで行けば店頭在庫がある。とはいえ、魔法を買う前に冒険者に襲われたら、悪魔生の終わりである。
「解毒系のステラゼ、回復系のヒロン、あとそれに・・・・・・」と見ていて気が付いた。
カタログの裏にセール品のページがあり、強力な魔法が存在した。
「鉄のように体を硬化させる魔法・スチルロン! これって使用しても動けるの?」
「使用すると、自分の体の好きな部位を鋼鉄の硬さにできます。調整は難しいですよ。全身を硬化させると動けなくなる欠点もあります」
セール品の中で目を惹くのはもう一つあった。
「土の中を移動する魔法のアスオクは石壁や煉瓦も通り抜けられるの?」
「魔法が掛かっている特殊な土でなければ理論上はできます」
どちらも日常の生活の中では使い所がない。戦闘でも使い勝手が悪い。だが、いかにも魔法って感じがした。無駄な金はない。面白そうな物に使うのなら無駄ではない気がした。
心惹かれていると、アンナがおずおずと止める。
「スチルロンとアスオクを修得可能なレベルに達していても、覚えることはできないと思います。おそらく、お客様の魔法記憶容量を超えます」
魔法は無制限に覚えられるわけではないと知った。
「魔法記憶容量ってどうやってわかるの」
「これに触れてください」とアンナがメモリの付いた直径二十㎝の白い球体を出す。
球体に触れるとアンナが数値を読み上げる。
「お客様の魔法記憶容量は三十六です。スチルロンで使う容量は十八。アスオクも十八です。お客様が他に魔法を覚えていない。ないしは覚えている魔法を捨てるなら可能です」
「両方ギリギリいけるけど、他が一切使えないのか」
もう一度カタログをガン見する。スチルロンを取るか、アスオクを取るかで、戦術がわかれる。
普通なら片方だけを覚えて、他の魔法を修得する。
現状では問題もある。スチルロンとアスオクはセール品だ。魔法記憶容量が増えた時にはセールが終わっている可能性もある。
特売セールそれは魅惑の囁き。下手に手を出せば痛い目も見る。だが、人も悪魔も「安い」に弱い。
箱が簡易包装や説明書が小さくてもいい。型落ちのセール品でも気にしない。問題はセールでもいい値段がするので両方買うにはお金が足りない。
セール品はたいていさらなる値引き対象外だ。だが、欲しい気持ちがあったので交渉する。
財布を開けて全財産をテーブルに並べる。
「両方欲しいんだけど、これしかないんだ。どうにかならないかな」
アンナはちょいとだけ考えて提案した。
「二つともお売りしてもいいです。ですが、私の悩みを解決してもらえないでしょうか」
交換条件なら問題ない。購入代金不足分に見合う仕事か気になる。
「内容を教えてください。中身によっては引き受けます」
「実は冒険者に迷惑しているのです」
アンナは悪魔には見えない。だからといって「貴女は悪魔ですか?」と尋ねてはいけない。違ったら魔法が買えなくなる。人間だからこそ、人間が敵となる事態は充分にある。
ユウタはアンナの仕事の中身が気になった。




