第十四話 ゴブリンの出るような田舎の村
夜通し空を飛んだが、『哲学デーモン』の羽は疲れることがなかった。昼過ぎまで飛ぶ。下を見ると木の看板が道の分岐点にあった。下りて確認すると古い道標だった。
片方が『ドイナカ村』。もう片方が『ヘンキョウの街』を指していた。
「村と街どっちに行こうか? どっち行ってもあまり変わりないかもしれないけど。別に目的地がある旅でもない」
経済規模が大きい街の魔法屋のほうが魔法の品揃えが充実している。仕事もあるのでお金も稼ぎ易い。街に行けばもう村へは行かないかもしれない。
「街についての情報を得るために先に村に寄るか。何もなければ引き返せばいいだけだ。六レベル悪魔の体なら苦にならない」
悪魔の姿で移動して人間に見つかると面倒だ。人間の体を意識すると尻尾と羽が縮んで体内に収納される。体も二回り小さくなった。手足を見るが毛は生えていない。体毛が消えている。
体は筋肉がしっかり付いている。顔を触った。皺があるので老人の顔だ。髪の毛を一本抜くと真っ白だった。健康な老人の体だ。
「悪魔の身体能力が元になっているから着痩せマッチョだな。顔は老人だから、顔と体がアンバランスだな。慣れるまで仕方ない。引退した武道家の旅人の設定でいこう」
袋から白いユッタリした服を出して着た。旅人用サンダルを履いて身なりを整える。
バックパックを背負い直す。ユウタは気分よく『ドイナカ村』に向かって歩き出した。
街道を歩いて行く。天気がよく気持ちがよい。こうして、道を歩いていくだけでも気持ちが上向く。
「狂人の時に『ジョウバンの街』がなんで心地よく思えたのか謎だった」
道を進んでいくと前方に荷馬車が見えた。荷馬車はわだちに車輪が落ちて動けなくなっていた。青いつなぎの服を着た三十代くらいの農夫がいた。どうにかわだちから車輪を出せないか、と農夫とロバが悪戦苦闘していた。
農夫はユウタを見ると一瞬期待した顔をしたが、老人だと見るとすぐにがっかりした。
明らかに助けてほしそうなのでユウトから声を掛ける。
「どうしました? こんなところで」
ユウタの言葉に農夫は不機嫌に怒鳴った。
「見りゃわかるでしょう。わだちに車輪が落ちて荷馬車が動けないんですよ」
荷馬車を近くで確認する。荷馬車は縦三m、幅二mの小さな造りだった。ロバが一頭で牽くタイプだ。縦長の桶が二十積んであったが中は空だ。車輪を確認するが壊れてはいない。
荷物を下ろす。轍を抜ける。その後に積み直せば、動けるが時間がかかる。
農夫は弱りきった顔で嘆いた。
「この辺りじゃ最近だとゴブリンが出るって話だった。さっさと通り抜けたかったのになんて不運だ」
ユウタは叢に隠れる存在に気付いていたので、草むらを指さす。
「ゴブリンってあれ?」
「あん?」と農夫は首を傾げる。農夫は叢に隠れている存在に気が付いていなかった。
ユウタは石を拾うと、隠れている存在に目掛けて全力で石を投げた。
「ギャ!」と声がして、叢から革兜とボロボロの鎧をきた緑の小鬼が出てくる。
「ゴブリンだ!」と農夫が驚き腰を抜かしそうになる。石をぶつけられたゴブリンは怒って短剣を抜きユウタに襲いか掛かってきた。ゴブリンの動きは非常に緩慢に見えた。
ゴブリンが短剣を振り上げた。先にユウタのパンチがゴブリンの顔を打った。
ユウタの一撃でゴブリンは倒れて動かなくなった。自分の拳をみながら心の中で評価する。
「レベル二程度の強さならこの程度なんだな。人間形態でも一撃だな」
農夫が恐る恐るゴブリンを確認する。農夫の顔が青ざめる。
「まずい、こいつは噂に聞いた『スカウト・ゴブリン』だ。こいつが見張っていたのなら、すぐにこの場を立ち去らないと危険だ。何十とゴブリンが寄ってくる」
農夫はロバを切り離し、荷馬車を諦めようとした。ユウタは農夫を止めた。
「ちょっと待って、すぐ終わるから。よっこらせ」
ユウタは荷馬車に手を掛け持ち上げる。力任せに荷馬車をわだちから脱出させた。
「これで荷馬車を捨てなくていい」
農夫は目を開いて驚きの声を上げる。
「爺さん、あんた力持ちなんだな。旅の武道家かい?」
「そんなところだよ。もう引退しているけどね」
農夫はユウタの言葉に安堵した。
「なんにせよ、助かったよ。俺の名はペペ。急いでこの場を離れよう」
実力からいって襲われてもゴブリンに負ける気がしない。ユウタは勝てても、ロバと農夫はわからない。一緒にいてやったほうがいい。ユウタはペペと一緒に道を進んだ。
急ぎたいが、荷物を運ぶロバがいる。おのずと移動速度に制限がかかる。農夫の顔をチラリと見るが先ほどより怯えていない。ゴブリンが襲ってきてもユウタに助けてもらえるとの打算がみえる。
それならば報酬代わりに情報をもらおう。
「この先にある『ドイナカ村』ってどんな村ですか? 何か名産品とかありますか」
ペペは辺りに注意をしながら簡単に答える。
「『ドイナカ村』はこの辺りじゃ一番大きな村だよ。人口も三百人はいる。名産というほどではないが、生花が有名だよ。私も街に花を運んで売っていますよ」
街の近くなら、花を生産しても商売になる。荷馬車の桶は空なのでペペは帰りだ。『ドイナカ村』と『ヘンキョウの街』は意外と近いと予想できた。
早朝に出れば昼前には街に着く。花を卸してから町を出れば、暗くなる前に帰れる距離だ。
街から近いのなら施設も充実しているはずだ。村の規模を尋ねる。
「ここら辺まで足を伸ばしたことがありません。魔法屋ってありますか?」
「酒場、宿屋も魔法屋も鍛冶屋も雑貨屋もありますよ。品物もそこらの村より充実しています」
魔法屋があるのは嬉しいが、商店が充実し過ぎていると悪魔にはよろしくない。
「もしかして、寺院や冒険者ギルドとかもありますか?」
神官がいたら襲ってくる。冒険者がいたら殺しにくる。危険は事前に把握しておくに限る。
「いや、さすがに冒険者ギルドはないね。寺院はありますけど、色々あっていまは無人ですよ」
ペペが言葉を濁した点は追及しない。神官の「やらかし」程度ならいいが、宗教戦争や貴族との揉め事なら、深入りしてはいけない。重要な事なのでもう一度だけ確認しておく。
「冒険者はいないんですね?」
「常駐はしていませんよ。探せば、誰かかれか見つかると思います。村からちょくちょく依頼を街に出しますからね」
村にいる冒険者の腕前が気になった。
「村に来るなら追加報酬を払って、ゴブリンも退治してもらえばいいのではないですか?」
ペペは辛そうな顔で説明する。
「ゴブリンが出るようになったのは、ここ最近です。村ではこういう時にための基金を作っているのですが、さっさとどこかに移動してくれるかもしれない事態を願っています」
ゴブリンに勝てる冒険者は街にいる。呼べば来るが、ゴブリンの出現が一過性のものなら村は金を使いたくない。気持ち的にわかるが、危険な気がする。
ここら辺は村の政治の話なので余所者は首を突っ込まないほうが賢明だ。
その後も世間話をしていると、夕暮れには村に着いた。村に着くとペペは安堵した。ついでなのでペペの家まで行く。桶を下ろす作業まで手伝った。
桶の中には運送中に散ったピンクの花弁が落ちていた。
可愛い花びらだなと思っていると、ペペが感謝の言葉を述べる。
「助かりましたよ。良かったら家に寄っていきませんか、夕食をご馳走しますよ」
社交辞令ではなさそうだが、辞退した。
「困ったときはお互い様ですよ。宿屋と魔法屋の場所だけ教えてくだされば充分です」
ペペに魔法屋と宿屋の場所を聞いて別れる。魔法屋に近付くと、魔法屋の周りに人だかりができていた。




