第十二話 狂人の聖典『マジピム・ロジデン』
視界の暗転は数秒で済んだ。
目を開けると、檻の向こう側から同志たち『ポイズン・ゾンビ』が心配そうな顔で覗き込んでいた。ユウタは立ち上がり宣言する。
「心配するな同志たちよ。僕は目覚めた。僕は仲間だ。ともに、悪しき企業は破壊して世界を正しい形に戻そう」
『ポイズン・ゾンビ』が「わあああああ」と歓声を上げて歓迎してくれた。
カランと地面に片手斧が落ちる音がした。見ると、プラテスが片手斧を落として泣いていた。
「おお、神よ。偉大なる知恵の王よ。決起するにあたって。私の理解者を送り込んでくれた状況に感謝します」
「泣くな。プラテス。全ては悪しき元凶も破壊してからだ」
部屋に突如、警報が鳴り響く。警報が危険な状態を知らせる事態だと、ユウタでもわかった。
プラテスが涙を拭いて、怒りの声を上げる。
「製薬企業の奴らだ。我らの崇高なる使命を挫くために、兵隊を送り込んできた」
「どうする? 奴らは武装しているし、数も多いぞ」
「こうなれば計画を早めるしかない。同志と共に討って出る」
プラテスが檻の扉を開けると、『ポイズン・ゾンビ』が次々と檻から出てきた。
『ポイズン・ゾンビ』は、プラテスやユウタをおそうような真似はしなかった。黙々と部屋から出て、階段へと続く扉を潜っていく。
プラテスも片手斧を手に、勇ましい顔で発言する。
「リーダーたる俺が、ここでじっとしているわけにはいかない。俺も外へ出て戦う」
「プラテス、僕も戦うよ」
「ユウタはここで『マジピム・ロジデン』を守ってくれ。あの聖典を製薬企業に渡すわけにはいかない。あれはこの街の希望だ」
プラテスと一緒に革命を起こした。部屋に誰もいなくなった隙に聖典を奪われていけない。誰かがやらねばならないのなら、自分がやるとユウタは決めた。
「わかった。成功を祈る」
ユウタが敬礼をすると、プラテスも敬礼を返してから、戦いに赴いた。
『ポイズン・ゾンビ』が次々と出て行き、部屋にユウタがだけが取り残される。
五分、十分と経つと段々不安になった。外に戦況も見に行きたいのだが、『マジピム・ロジデン』を守らなければいけない。誰がこの至宝を盗みにくるかわからない。地下室から動くわけにはいかなかった。
「不安だ。外はいったいどうなっているんだ? 戦況はどうなんだ?」
ユウタの不安に呼応するように『マジピム・ロジデン』が光った。
部屋に不思議な直径五十㎝の鏡が現れた。鏡には外の映像が映っていた。戦いは病院の正面入口で行われていた。
映像を見て愕然とした。戦況は圧倒的にプラテス側が不利だった。『ポイズン・ゾンビ』は、あらかた討たれ二十を切っていた。プラテスも病院正面で立ったまま槍を突き刺され、絶命していた。
「まずい。このままでは、負ける。街を浄化する革命の火が消える」
「私を使いなさい」と『マジピム・ロジデン』が呼んでいる気がした。
『マジピム・ロジデン』を使えば逆転できる気がした。
だが、ユウタには使い方がわからなかった。ユウタは悲しくなった。
「こんなところで、僕は何もできずに終わるのか」
突如として『マジピム・ロジデン』の使用法を閃いた。
「そうだ。魔力だ。魔力を注いで『マジピム・ロジデン』を活性化してやればいんだ。そうすれば奇跡が起きる」
方法はわかった。だが、肝心の魔力に自信がなかった。不安に思ったその時、ユウタの右手が熱くなった。本来では出せない力が出せる気がした。熱くなった右手で『マジピム・ロジデン』を思いっきり殴った。
体から急速に魔力が抜けていく。思わずその場にへたりこんだ。
一分間ほどその場にへたり込んだ。どうにか立ち上がり魔法の鏡を覗く。奇跡が起きていた。
プラテスが蘇った。プラテスの下半身にバラバラに破壊された『ポイズン・ゾンビ』の肉片が集まり、身長十二mの強大な人肉ゴーレムを形成していた。
人肉ゴーレムは強い。攻撃を受けても再生しながら、企業の私兵たちを次々と葬っていく。
あまりの強さに、企業私兵たちは逃げ出した。
「いいぞ、同志プラテス! そのまま製薬企業の工場を壊すんだ。街に平和を。世に祝福を!」
ユウタの声が聞こえたように、人肉ゴーレムと残った『ポイズン・ゾンビ』は企業に向かって行進を始めた。
『ポイズン・ゾンビ』は途中で麻薬で無気力になった人に噛み付く。仲間を増やして、数を増やして行く。
『ポイズン・ゾンビ』に襲われて『ポイズン・ゾンビ』になった人が新たな犠牲者を求めて歩く。
ユウタの眼には、同志に説得されて立ち上がる街の人の姿と、だぶって見えていた。
ユウタには人肉ゴーレムと『ポイズン・ゾンビ』により滅び行く街の姿に感激した。街の人間が立ち上がって、悪の製薬企業を倒す光景にしか見えていなかった。
ユウタは、自分が元悪魔なのにもかかわらず陽気に叫ぶ。
「やはり正義は勝って、悪は滅びる運命なんだ。進め我らが希望よ!」
二時間後、人肉ゴーレムと化したプラテスの活躍により勝利が確定した。製薬企業の工場と店舗は破壊された。
プラテスを取り込んだ人肉ゴーレムは製薬企業を破壊して動きを止めた。
まともに動ける人間は街を捨て脱出する。無気力で街から出られなかった人間は『ポイズン・ゾンビ』になった。こうして、麻薬で栄えた街は廃墟となり、『ポイズン・ゾンビ』だけが活動する街になった。
ユウタは大きな仕事をやり遂げたので、ご機嫌だった。ユウタはそれから少しの間、街に住み続けた。
『マジピム・ロジデン』の影響下にある『ポイズン・ゾンビ』はユウタを襲わなかった。
ユウタは『ポイズン・ゾンビ』に会うたびに挨拶をする。
「こんにちは、リチャード」「ごきげんよう、フランソワーズ」「天気がいいね、アンソニー」
ユウタは別に『ポイズン・ソンビ』を見分けて声を掛けているわけではなかった。ただ、目に入ってリチャードだと思った『ポイズン・ゾンビ』がリチャードで、フランソワーズだと思った『ポイズン・ゾンビ』がフランソワーズだった。
製薬企業が倒れて七日後にユウタは跡地に探検に行った。街の復興資金のためと思い、金目の物を探したが、銀貨を十数枚ほど見つけただけだった。
日が暮れてくるので帰ろうかと考えると、ユウタは金庫を発見した。金庫を前に悪戦苦闘すると、日が沈む前に金庫が開いた。
中には全長三十㎝の黒檀の像が入っていた。
「何か意味ありげな像だな」ユウタは戦利品を手に病院の地下室に帰った。
きちんと戸締まりする。気配を感じて振り替った。
全身が黒い甲冑に身を包んで仮面を着けた男がいつのまにか背後に立っていた。
ユウタが身構えた。男はユウタの態度を気にすることない。悠然とユウタを見下して発言する。
「小僧、お前は『アニマニテの像』を持っているな。大人しく渡してもらう」
ユウタは帰り際に手に入れた像を指していると悟った。
相手は物凄く腕が立つと直感したが、素直に像を渡す気にはならなかった。
「いやだ。これは街の財産だ。これは街の復興に使うんだ」
男が呆れた口調でぼやく。
「これだから狂人は嫌いだ。自分の立場も、何をすべきかも、わかっていない」
「僕はまともだ。狂ってなんていない」
男は穏やかなか声で懐柔する。
「わかった。なら、像を買い取ろう。金貨百枚ではどうだ」
街の財産を独断で処分する行為に躊躇いがあった。
拒否しようとすると、男が人差し指をユウタに向けた。すると、気分ががらりと変わった。
「もう駄目だなこの街。ここにいても未来はないや」
男はやれやれの態度で諭す。
「どうだ。これで、まともな思考ができるだろう」
頭が冴えると現状を認識できた。
レベルアップのチャンスだった。ここでレベルアップしたほうがいい。次の街なり村に行ったほうが賢い。
プラテスに協力したので、街の惨状に後ろめたい気はあった。だが、『ジョウバンの街』がこのまま麻薬を供給していけば、いずれは滅びた。
「像を買い取ってください。あと手数料が少し掛かっていいので、レベルアップのための悪魔神官を呼んでもらっても、いいですか?」
男は軽い調子で承諾した。
「いいだろう。素直に『アニマニテの像』を渡せば、サービスで悪魔神官を呼んでやろう」
ユウタは『アニマニテの像』の像を渡して、金貨百枚を受け取る。男が軽く口笛を吹くと、むっとした顔のラーシャが現れた。
男に礼を言おうとしたが、ラーシャに視界が一瞬いった隙に男の姿は消えていた。




