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第十話 元気になる薬その名は『ホンポン』

 途中、野営しながら三日を掛けて『ジョウバンの街』に到着した。


『ジョウバンの街』は、高さ十五mの石壁に覆われていた。街の周囲は幅八m、深さ四mの空堀に囲まれていた。地図によれば街は広く、人口にして三万人は住んでいそうだった。


「かなり厳重な防衛態勢だな。隣国が攻めてくるか、恐ろしいモンスターの襲来でもあるんだろうか?」

 門衛は立っていたが、人は全て素通りさせている。門衛にやる気が全く見られなかった。


 人の出入りは多い。出てくる人も入る人も、後ろめたそうに全員が覆面頭巾で顔を隠している。


「前の街は、モヒカンに肩パットの衣装が流行(はや)っていたけど、この街では覆面頭巾が流行っているのか? それとも、空気が悪い街なのかな?」


 空を見上げるが、天候は晴天で、(ほこり)っぽさは感じない。空気が悪いようには感じなかった。


 気にせずに歩いて街の門を潜る。石壁の厚さは四mと厚く、やはり戦いに備えていた。街の中にはいたるところに無気力な人間が転がっている。


 商店などは普通にやっており、やたら威勢がいい。無気力な住人と元気な住人の差が激しい街だった。


 人の流れを見ると、街に入ってきた人間の向かう先は決まっていた。覆面頭巾をして街に入ってくる人間は、街の北側に向かう大通りを歩いている。


 街の北側に向かう大通りには警備員がいる。軽装の鎧を身に纏い、戦斧(せんぷ)で武装した人間が二人一組になり十m間隔で立っていた。通りにはいたるところに赤黒いシミがあり、血の臭いがしていた。


 ユウタは別段に人間の血の臭いを不快に思わなかった。むしろ、花の香のようにすら感じていた。


 街の北側に向かって進んでいく。街の北には、お城でも、市長舎でも、冒険者ギルドでもなく、大きな工場が建っていた。


 工場は横幅だけでも二㎞以上あった。奥行きは不明だが、かなり広そうだった。地図で確認すると、工場は街の北側の大きな部分を占めていた。


 工場の前には店が八店舗ほどあり、大盛況だった。覆面頭巾の人間の目当ては工場の品だった。


 店舗へと続く列に並んでいる人に尋ねる。

「この列の先の店舗で、何を売っているんですか?」


 最初の覆面頭巾の客には無視された。二人目のお客に話し掛けても無視された。

「感じ悪い街だな」


 三人目のお客に尋ねると、覆面頭巾で顔を隠した客が目だけ笑って教えてくれた。


「ここでは、ホンポンを売っているのさ。使うと、疲労や痛みがすーっと抜けて最高の気分になれる、神の薬さ」


 麻薬系の薬だと即座に理解した。大手を振って商売しているので『ジョウバンの街』では合法扱いだ。

 列を成す人間は他の街の人間で『ジョウバンの街』でホンポンを仕入れて、転売して儲けている人間だ。


 これだけ大勢の人間が買い付けに来ているので、儲かる品だとは思う。だが、売買ルートも持たずに売り(さば)けるとは、ユウタは考えなかった。


 儲かりそうではあるだけど、一人でやる商売ではないな。他の場所に行けば縄張があり、ライバル組織が利権を、がっちり押さえている。


『狂人』になる前のユウタなら麻薬で儲ける商売を嫌悪した。今のユウタに嫌悪感はなかった。 儲かる匂いはする。だが、どうやって金に換えるか、ユウタは悩んだ。


 悩むとお腹が空く。保存食ではなく、まともな飯を喰いたかった。飯屋を探す。飯屋を探して少し裏通りに入った。


 一人のふらふらした男が、立ち上がって寄ってくる。

「なあ、あんた、持っているんだろう、ホンポンを? ホンポンをくれよ」


 男は食事をまともにしていないのか、痩せていた。それでいて、目には異様な光が宿って、口から(よだれ)を垂らしていた。


 見た目からホンポンに体と心をやられていた。戦っても余裕で勝てそうだった。だが、勝ったところで得るものはない。


 ユウタはホンポンにやられた人間に対して、先ほどのものものしい人間がどう対処するのかが気になった。


 ユウタは逃げると、中毒者の男は「ひゃひゃひゃ」と奇声を上げて追いかけてきた。


 大通りまで中毒者の男が来ると、警備の人間は反応した。警備の人間は中毒者の男に近付き容赦なく戦斧を叩き付けた。血飛沫が飛び、骨の砕ける音がする。警備の人間が中毒者の男を殺害すると、笛を吹いた。


 どこからか、茶の頭巾と茶の服を着た四人の男たちが板を持ってやってきた。男たちは死んだ中毒者の男を乗せて運んでいく。


 男が消えると、警備の人間は何事もなかったのかかように持ち場に戻っていく。

「これが大通りに付いていた赤黒いシミの理由と、血の臭いの理由か」


 人の流れを観察する。ホンポンを買う人間は決して裏通りに入らない。警備の人間の眼が届く大通りの店で食事していた。


 オープン・カフェで高いサンドイッチを食べ、カフェオレを飲んでいると、向かいに腰掛けてくる男がいた。男は、年齢が三十代くらい。


 精悍(せいかん)な顔の男性で、茶色のボサボサ髪と茶色の瞳をしていた。男は簡素なクリーム色の服を着て、布の靴を履いていた。


 男が理知的な顔で話し掛けてくる。

「私の名はプラテス。少し話がしたいが、いいかい?」


 一見すると男は麻薬中毒者ではなく、悪人でもないように見えた。見えると、そうではないは違うので、用心した。『強欲読心』を失った状態では、人間の心はわからない。


「少しでいいなら、話を聞きますが。御用件は何でしょうか?」


 プラテスが街を見渡し、険しい表情で語る。

「この街は、製薬企業が発明した麻薬のホンポンが蔓延(まんえん)して崩壊寸前だ」


「さっき街に来たばかりですが、見ればわかりますよ。無気力な人間と異常に陽気な人間が、街に溢れている」


 プラテスが難しい顔で語る。

「行政は機能しておらず、街の治安は製薬企業の私兵が守っている」


「大通りで麻薬中毒患者を戦斧で撲殺していた人間を見ました。彼らは企業の私兵なんですか?」


 プラテスが厳しい顔で淡々と話す。

「製薬企業の私兵は、街の門から続く薬の販売所までしか守らない。守り方は容赦がない」


「裁判もなく、警告もせず、平気で殺していましたもんね」


 プラテスは凛々しい顔で頼んだ。

「そこで、俺は街の有志と一緒に、街を改革するために立ち上がる。君も協力してくれないか」


 プラテスの言葉は滅茶苦茶怪しい。ユウトは心の中で警戒した。

「今日、会ったばかりの人間に、街を救ってくれなんて頼むか? 普通は言わない」


 ユウタは正直に断った。

「僕は今日、街に来たばかりですよ。しかも、旅人ですよ。街の改革なんて無理ですよ」


 プラテスは困った顔をして、なおも頼んで来た。

「私が信用できないのはわかる。だが、有志を除いて街の人間は信用できない。私には街の利権構造に染まっていない人間が必要なんだ」


 街の内部の人間は当てにできないから外部の人間を頼る作戦は有りだ。だが、街の中のカフェでの勧誘はどうかしている。周りの人間にはプラテスの話は筒抜けだ。


「僕としては、街を出て次の街に行けばいいだけの話ですからねえ」

「もちろん、タダとは言わない。報酬は出す」


 ユウタの心が少しばかり動いた。

「ちなみに、どれくらいですか?」


 プラテスは真剣な顔で保証する。

「製薬企業を倒せれば、望みのまま出すよ」


 増々持って信用できない。凄く怪しい話だった。望みのまま、と謡っているがプラテスは王様ではない。金を持っているようにも見えない。だが、興味のある話でもあった。


 もし、プラテスが本当に製薬企業を倒そうとしているなら、プラテスの情報が製薬会社に売れる。あくどく儲けている企業なら報奨金も期待できる。


 狂気は人に正当性を与える。ユウタは思考する。


「麻薬を売り捌いて金を稼いでいるのが人間なら、それは人間の業だ。悪いのは人間なので、どうなろうと、知ったことではない。人間が人間の欲に溺れて破滅する事態に何ら良心は痛まない」


 もしこれが悪魔の仕業でも、問題なかった。


「悪魔やモンスターは、人間とは敵対する存在。人間がモンスターを狩るのに理由が要らないように、悪魔が人間を狩るのに道理は要らない。人が家畜を処分するがごとく、葬ってやればいい」


 ユウタの心は前と違う。歪んでいた。だが、ユウタには心の歪みに気付けない。むしろ、ユウタは気分が良かった


「僕、頭いいな。今、凄く冴えているよ」


「頭のおかしい人は、たいてい俺は正気だと思うものよ」のラーシャの言葉は、既にユウタの頭には、なかった。ユウタは方針を決めた。プラテスの計画を探る。


「いいでしょう。協力しましょう。街から悪を一掃しましょう」


 プラテスは力強く発言した。

「ありがとう、わかってくれて嬉しいよ」

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