争いは醜いものだ。だから殴らないで
「アイエエエ!!!」「シュルルルルォ!」
奇声を上げながら駆け抜ける丸腰と、身体をくねらせながら這い回る大蛇。
最初の街近辺でレベ上げに励むプレイヤーは大蛇の出現によって、みな街へ我先にと引っ込んでしまった。
長閑な草原に似つかわしくない1人と1匹による命懸けのレースにより、最早原型を留めていない草原が事態の大きさを物語っている⋯⋯。
まあ俺が当事者なんだけど!
「おかしい! 明らかにおかしい! コイツ絶対序盤にいちゃダメなやつだろ!」
真っ先に逃げてった明らかに高ランク装備だったやつ、覚えてろよ⋯⋯。
俺に出来ることは逃げることしかない⋯⋯。というのに、何故かこの蛇は俺を執拗に追いかけてくる。
そしてやはりレベル差というのは残酷で、段々と距離が縮まっている。
逃げている最中に偶然見つけた、STRのせいでウサギ跳びの方が速いという発見も、圧倒的レベル差の前では無力だ。
このままでは数秒後には追いつかれるだろう。
反対側へ切り返したところで、蛇特有のしなやかさで対応されるのは目に見えている。
ならば、と短刀を構える。
絶体絶命だろうが一矢ならぬ一刺しだけでも報いてやろうではないか、と覚悟を決めて振り返ると───。
「おっ、レアモンスめっけ」
茶髪のショートを靡かせて大戦斧を振り下ろす少女の姿が、大蛇の顔の間から見えた。
くりくりとした可愛らしい目と視線がぶつかり───俺は逃げ出した。
───なんでいるの。バグだろバグと言え。あのクソ蛇絶対許さねーからな。蛇と共闘して仕留めればよかったのでは。ダメだ、俺もさけるチーズになっちゃう。
「どこ行くの」
おかしいな?
全力疾走中なのに隣から声がするぞ。幻聴だ。病院行ってくるので落ちますね^^
「いいから止まれって言ってるの」
あ、はい。
諦めて足を止め恐る恐る振り返ると、爬虫類が獲物を見つけた時のような目が。
⋯⋯このゲームのグラ凄いっすね。
レアモンス(らしい)が即死だった事といい間違いない、コイツが魔王だ。
なんで俺の家の近くに2人も魔王がいるんだ?
もう1人?姉。
この世界歪んでるぜ。
とりあえず元のコケティッシュな目に戻ってくれよ魔王さん。
「それで何の用だよ」
「おっ、やっと観念して話を聞いてくれるようだね。全く、いくら私が優しいっていっても我慢に限界はあるんだから」
フッ。
鼻で笑ってやった。殴られた。
「そういうとこだよ君」
「だってお前に優しさなんてどこにもグフッ」
「私は、優しい。オーケー?」
「お、オーケー」
「よろしい」
俺は鳩尾がよろしくない。
しかし無情。世の中は男性に厳しいのだ。
「いやー、それでね。ここにいる理由なんだけど、君がこのゲーム始めたって勘が言ってたから、レクチャーしてあげようと思って。
そしたらレアモンス見つけてついでに倒したら君がいたんだよ。君運がいいね」
悪いの間違いでは?
その勘も絶対呪われてるから、早くお祓いしないと災厄に見舞われるよ。主に俺が。
「レクチャーとかいらん。だから早くログアウトして現実に戻るんだ。さもないと(俺が)痛い目にあうぞ」
「わかった。それじゃあまず街を回ろっか」
? 日本語が通じないだと!?
「ハウス!」
「全くほんとに君は⋯⋯」
一体何に呆れているかのは知らんが、とりあえず頭掴むのやめてください割れてしまいます。
「大体そんな初心者丸出しな格好してたら、最初の街で燻ってるような初狩りに絡まれるよ?」
「あ、それもう絡まれたわ」
「えっ? あっ、君よく見たらもうレッドネームになってるじゃん! そんな簡単にPKしてたらPKKに狙われるよ?」
「えー、めんどくさい」
「面倒臭いとかじゃなくてまずPKをやめなよ⋯⋯」
「⋯⋯? お前がPKをやめろだなんて殊勝な事を⋯⋯さては偽物だな? あいつがそんなまともなことを言うわけがないだろ!
本物の外道を返⋯⋯さなくてもいいや。やっぱそのままでいて」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯君のレッドネームも解除出来るし今ここで殺───」
「おっとレディ。早く街を回ろうか」
目が本気だったぜ。
◇◆◇
「はあぁぁぁぁあ!? 君もうへパイスさんの作品持ってるの!?」
「誰だへパイスって」
「えっ、いやその短剣鍛った人だけど。柄にサイン刻まれてるじゃん」
あぁあのオッサンへパイスって名前なのか。
オッサンでいいや。
「名前は知らなかったけど店で受け取ったやつだな。それがどうした?」
「どうしたもこうしたもないよ! へパイスさんの作品は売られること自体少ないから、滅多に出回らないんだよ!?
値段なんて最低でも8桁はくだらないくらいに」
マジで?
「あのオッサン普通にナイフ出来上がるまで貸してやるってくれたけど」
「オッサン!? というか武器鍛って貰ってるの!?」
「ええい! うるさい。詰め寄ってくるな」
「私だってそんないい武器持ってないのに⋯⋯」
ほー、勝手に怯えて鍛ってくれることになっただけなんだがなぁ。
これは職業殺人鬼の恩恵か?
「⋯⋯」
むっ、俺の第六感が嫌な反応をしている⋯⋯。これは退散す「ガシッ」べき。
六感さんもっと早く反応して。
「⋯⋯勿論親友である私の分も頼んでくれるんだよね?」
「わかったから離して死んじゃう」
親友は人の肩を握り潰さないと思います。
「さっすが! 頼んだよ! なんで君の依頼は受けるのかわからないけど」
「あー、そりゃ多分職業のせいだな」
「職業? そういえば何選んだの?」
「殺人鬼」
「は?」
「殺人鬼」
「馬鹿?」
なんだとこの野郎。
・レベ上げ⋯⋯レベル上げの通称。作業ゲー辛い⋯⋯辛くない?
・ラスダン⋯⋯ラストダンジョンの略。ゲーム終盤にある高難易度なことが多いマップ。
・ポップモンス⋯⋯所謂湧きモンスター。
・ウサギ跳び⋯⋯STRがAGIより高い場合に起こる現象。走る分にはAGIが適用されるが、ジャンプなどのアクションに分類されるウサギ跳びはAGIよりSTRの方が適用され、結果的に走るよりウサギ跳びの方が速くなる。クイナ以外にも気付いている人はいるが、誰も公表していない。ヒントは羞恥心。
・レアモンス⋯⋯数日に一度しか湧かないモンスター。強さは場所に限らずランダム。強さに応じてレアなものをドロップする。
・グラ⋯⋯グラフィックの略。人の目の虹彩なんかも再現するこのゲーム凄いなー(棒)
・ラスボス⋯⋯ラスダンに出現する物語上最後のボス。
・ログアウト⋯⋯ゲームの中断方法。「落ちる」というスラングがあるので、「落ちます」と言われたら、ゲームに限らず退出しますの意だと捉えてよい。
・初狩り⋯⋯初心者を標的にした悪質プレイヤー。
・レッドネーム⋯⋯プレイヤーの上に表示されているネームが赤色になっていること。PKをすると赤くなる。キルされるか、カルマ値を上昇させないまま一定時間の経過で元に戻る。
・PKK⋯⋯プレイヤーキラーキラー、もしくはプレイヤーキラーキルの略。PKをする悪質プレイヤーを専門に狩る人達。なおPKKの場合はカルマ値が貯まらず、レッドネームにもならない。
・カルマ値⋯⋯読んで字のごとく、業の深さを示す値。あくまで明確に表記されるわけではないので何となくの判断。プレイヤーやNPCの殺害が最もカルマ値が貯まる。なお殺人鬼は最初からカルマ値が高く設定されているので怯えられる。キルされるか、善行を積むと無くなる。
・へパイスの作品⋯⋯店がとんでもない程奥にあるうえ、へパイス自身気に入った者にしか作品を売らないため所持者が少ない。欲に目が眩んだプレイヤー達が数人オークションに流して売ってもらえなくなった。自業自得。なお最高額は7億。