対人はスリルがあっていいね
尻餅をついて逃げ出そうとしている浮浪者を見て、俺は頭をかく。
⋯⋯これ職業の影響だよな? もし俺の顔が怖くて怯えてるっていうなら1週間は立ち直れないぞ。
「ヒ⋯⋯ヒィッ───ッ!」
浮浪者が大声で叫ぼうとしたので、口を急いで塞ぐ。
流石にゲーム開始10分でお尋ね者なんて笑えない。
俺は争いごととは無縁の一般ピーポーなんだ。異論は認めない。
「いいか、落ち着け。俺は何もしない。というか何もしてない。
なんでそんなに怯えるんだ?」
ゲーム内でのファーストコンタクトが物騒すぎる。
せめてもう少し砕けばよかったか。
敵愾心をじゃないよ? 口調だよ?
「───むぐっ! ⋯⋯目と威圧感だよ。アンタ平気で何人も殺してそうな目してるし⋯⋯ひっ! しょ、正直に話しただけだろ! そう殺気立たないでくれ!
⋯⋯なぁもう理由を話したしいいだろ? 何もしないって言ったろ? 逃がしてくれよ」
「わかってる。何もしないから早く行け」
元より害する気なんてないからな。
許可を出した途端に逃げ去っていく浮浪者を見ながら、ため息をつく。
想像以上にデメリットが大きいな。
目つき? 殺人鬼には補正がかかるんでしょ。間違いない。
にしてもNPCに会う度にあんな反応をされるのか。
なかなか面倒だなおい。
だが今の話を聞いて対処法も何となく思いついたな。
今の怯え方からして何か理由があって怯えていたわけじゃなさそうだ。
俺の本質を知ってもらえばきっと友好的な関係になれるはずだ。
つまりOHANASHIだな!
そうと決まれば早速中央通りに⋯⋯!
っと、そういえばさっきから視界の端に何か点滅してるな。
なになに? チュートリアル?
悪いな、俺は説明書を読まないタイプなんだ。他を当たってくれ。
ピコンピコンと主張が激しくなったような気がするが気のせいだろう。
お前が必要なプレイヤーはもっと他にいるさ。早くいなくなるんだ。
とりあえずメニューのアイテム欄から初期装備の布服と果物ナイフを身につけておこう。
ほら、殺人鬼とかうろちょろしてる可能性もあるしな。
備えあれば憂いなしってやつだ。
やってきました中央通り!
途中、道を訊ねたお姉さんが恐怖を顔に貼り付けていたが、OHANASHIで和解出来た。何も問題ないね。
にしてもほんと広いなここ。
決して俺が避けられてて周りに人がいないとかそういうわけではない。
さて行き先だが、こういうのはまず武器屋と相場が決まっている。
俺のゲーマー歴5年の勘がそう言ってる。
きっと武器屋なら厳つい顔のおっさんがいて逆に俺を威圧してくることだろう。
そうと決まれば即行動だ。
フットワークのクイナと名乗ろう。
◇◆◇
「なぁ嬢ちゃんよぉ。お前初心者だろ?
それなら俺達中堅プレイヤーへの礼儀ってモンをよぉ、見せてくれねーと! ひひっ」
フットワークガバガバじゃねーか!
どうしてこうなった?
数分前に戻ろう。
行き先を決めたはいいが、どこにあるのだろうか。
武器屋の位置が分からなくて、また裏路地に入ってしまったところでちょうど武器屋を見つけた。
こんな裏路地にあるんだ。きっと掘り出し物もあるだろうと入店したら、髭面の筋肉達磨がカウンターで暇そうに剣を磨いてた。
やはり俺の予想通り武器屋には堅気じゃないおっさんだ。あれで堅気だってんならこの街はイかれてる。
そんなおっさんに武器を見繕って貰おうと話しかけた。
「ちょっといいか」
「うおッ! 誰だ! 急に脅かすんじゃ⋯⋯ヒィ!」
ん?
「た、頼む! 武器でも何でも打つから殺さないでくれ! 孫もいるんだ!」
こんなマフィアのボスみたいなおっさんなのに孫がいるのか。
じゃなくて怯えすぎだろ!
いい歳したおっさんの命乞いなんか見たくなかったわ!
「初対面でいきなり殺すわけないだろ! 失礼なジジイだ!
そんなことより、武器を買いたい⋯⋯と言いたいとこだが、さっきの武器を打ってくれるというのは本当か?」
「あ、あぁ。裏に鍛冶場が併設してある」
ほう。これはいきなり当たりを引いたのでは?
店内を見る限り、置いてある武器も強そうだし。素人目だけど。
「それじゃあ頼めるか? ククリナイフみたいなのがいいんだが」
「ふ、ふむ。ククリナイフか。あいわかった。ちょいと手を出してくれ。お前さんに合うように測る。
───よし、明日また来てくれ。それと明日まで何も無いと不便だろう。こいつを持っていけ」
そう言って渡されたのは、装飾のないシンプルな短剣だった。
最初怯えていたくせに客だと分かると急に優しくなったな。
代わりの武器も貸してくれたし。
そしておっさんはそのまま鍛冶場の方へ消えてしまった。
⋯⋯値段の交渉とかしてないけどいいのだろうか。
初期支給の1000Gしかないのだが。
まあ呼びかけても返事がないし、明日にでも考えよう。
最初からツイてる、と浮かれながら店を出ると視線を感じた。⋯⋯仮想空間なのに何故視線を感じとれるのだろうか? これが恋?
視線を感じた曲がり角へと進む。
右折したところで、男達が出てきて囲まれた。
3人とも初心者の着てる布服ではない。
某国民的RPGで序盤にタンスから手に入るような皮の鎧みたいなものを纏っているではないか。
やってることがチンピラ地味てるから皮鎧も形無しだな。
ん? そういえばこいつらは怯えてないな。何故だ?
「なぁお嬢ちゃんよぉ。お前服装からして初心者だろ?
それなら俺達中堅プレイヤーへの礼儀ってモンがあるだろ? ひひっ」
うっわ。
こんな人種が本当に存在するとは⋯⋯。むしろレアものなのでは?
「今あの店から出てきただろ? あのクソ店主俺には売らないとか舐めたこと吐かしやがって!
嬢ちゃんそのナイフそこで買ったんだろ? そいつ寄越せば逃がしてやるからよぉ⋯⋯」
ふんふん。言動からしてこいつらはプレイヤーかな?
プレイヤーには忌避を与える威圧感は出てないようだな。
多分職業をバレないようにする措置だろう。
そもそもPKを推奨してるような職業に、そんな措置が必要あるのかどうかは甚だ疑問だが。
「おい! 黙ってないでさっさと渡せや!
PKされてぇのか!? あぁん!?」
それは兎も角、まずはコイツらへの対処だ。
「要するに、売ってもらえなかった腹いせに八つ当たりしてるのか」
嘲笑のオプションも付けてあげよう。
「あ? なんだとてめぇ! こっちが穏便に済ましてやろうと───」
「それと俺は男だ。声音で分かれ馬鹿め」
シュッ!
「───ぁえ?」
全く。誰がお嬢ちゃんだ。誰が。
目の前にいた男が首筋から赤いエフェクトを撒き散らしながらポリゴンと化す。
死体は残らず血液も流れずか。
『レベルが上がりました』
『レベルが上がりました』
『レベルが上がりました』
『レベルが上がりました』
『レベルが上がりました』
それにしてもいい切れ味だ。
それなりにレベル差と装備差があったはずだが、急所の首とはいえ一撃でキル出来たのは喜ばしいな。
きちんと急所が設定されているのかどうかは不明だったが、流石はぶっ飛んだ技術力だ。この分なら各臓器すら再現されてそうだな。
そしてこのナイフ。やはりあの店は当たりのようだ。俺の目に狂いはなかった。
「お、おい! こいつ本当にやりやがった!」
「は、早く抑え───ひゅっ」
2人目。
『レベルが上がりました』
『レベルが上がりました』
さっきの男をキルしてレベルが上がったからか、キルしやすかったな。
「ひっ。や、やめてくれ! 助け───」
うーん、プレイヤーに職業効果は効かないはずなんだがなぁ。
『レベルが上がりました』
おっ、3人キルで一気にレベルが8まで上がった。
あいつらのレベルはそれなりに高かったのだろうか。
しかしこのゲームはいいな。
ちゃんと急所を狙えば今のような格上相手の対処も可能なのだ。
リアルでの技術がちゃんと反映されるというのも嬉しいな。
これでもそれなりに体は鍛えているのだ。
ただ身体能力自体は全員統一されているようだ。
一応運動が苦手な人の為にアシスト機能とやらもあるらしいが詳しくは知らん。
『"プレイヤーキラー"の称号を手に入れました』
『"下克上"の称号を手に入れました』
『"皮の鎧" "鉄の剣" "鉄の槍"を手に入れました』
『63000Gを手に入れました』
おや? あいつらの持ち物と称号とやらを手に入れた。
というかやっぱり皮の鎧だったか。しかししょっぱいな。
だがお金、グッジョブだ。
そして称号だが、果たして何か恩恵でも受けれるのだろうか。
『プレイヤーキラー』
プレイヤーと戦闘する際、ダメージに1.2倍の補正がかかる。
『下克上』
自身より10以上レベルが上回っている相手と戦闘する際、ダメージに1.1倍の補正がかかる。
ほう。STRが高い俺と相性がいいな。
このままPKを続けたり、更に強い相手と戦えばワンランク上の称号が手に入るのだろうか。
まあいいや、このまま魔物も倒してみたいな。
いい短剣もあるし街の外に出てみるか。
・チュートリアル⋯⋯行動の初めにあることが多い、所謂初心者講座。みんなは読もうね。
・武器屋⋯⋯RPGの定番。武器屋なのに防具を売ってる場合もある。
・中堅プレイヤー⋯⋯最前線には及ばないものの、それなりの装備やレベルでそれなりの強さを持つ。この3人組は自称のため、そこまでの実力はない。
・ククリナイフ⋯⋯『く』の字に曲がっていて、生活や狩猟、戦闘などに使える汎用性の高いナイフ。扱いは難しい。
・G⋯⋯当ゲームのお金の単位。レートは日本円の10倍。1G=10円。
・PK⋯⋯プレイヤーをキルすること。またはキルしたプレイヤーを指す。忌むべき行為、人間とされる場合が多い。当ゲームでは、PKされたプレイヤーは所持しているお金の半額、持ち物が数%の確率(レア度の高い物程確率は低い)でドロップする。
・ポリゴン⋯⋯某育成ゲームに出てくる赤と青のあれではない。仮想世界を構築している全ての原子のようなもの。仮想世界で破壊されたものは全て等しくポリゴンに戻って散る。
・称号⋯⋯当ゲームでは、特定の行動をした者に与えられるもの。取得すると何かしらの追加効果が発生する。デメリットの場合もある。