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習作

ネジの山

作者: 宮原太聖
掲載日:2017/03/04



 かんからりんこん、りんりんこん。



 神楽鈴を思わせる音があなたの鼓膜を撫ぜた。


 ゲレンデに埋まったかのような白銀の光が目覚めたばかりのあなたの網膜を刺激し、あなたは立ちすくむ。

 粉雪のように足元へ舞い降りたそれはネジであった。

 無数のネジが新雪のように辺り一面を覆っている光景に、あなたはたじろぐ。

 ネジの玉砂利が踏みしめられ鈍い音を発した。


 あなたはしゃがみ込むと積み重なったネジの一群に手を伸ばす。

 大きいもの小さいもの。長いもの短いもの。

 先端が尖っているもの平らなもの。ネジ山があるもの無いもの。

 頭の形もそこに刻まれた溝も、それぞれのネジがそれぞれに異なっていた。


 洞窟に垂れる一滴の雨水のような、あるいは、ひと夏の風鈴のような音が反響する。

 奏でられた鉄琴曲によって、あなたは、また一本、ネジが降ってきたことに気付く。



 かんからりんこん、しゃんしゃんこん。



 遠くから錫杖を突くような音が聞こえた。

 目を凝らしたあなたは、雪原の先に黒点を発見する。

 その点はやがて紺色の人影となり、次いでその人間が作業着を着ていることがわかった。

 あなたは作業着姿の人物にここはどこかと尋ねる。


 北海の水底のような色をした作業帽を深く被ったその人は、ツバを純白の軍手で触った。

「ここには、ネジが落ちてくるのです」

 砂浜を漂う泡沫のような要領の得ない回答に、あなたは再び口を開こうとする。

 その時、あなたの足元に新たなネジが舞い降りた。

 作業員はそのネジを拾って、あなたの質問に再び答えた。

「外れた頭のネジは、このようにして世界の裏側に落ちてくるのです」



 からりんかん、こんこんしゃん。



 頭のネジ、という言葉にあなたは当惑する。

 帽子を深く被り、その顔も性別も年齢すらも窺い知ることができない。

 彼あるいは彼女は、錆び付いた雄ネジを愛おしそうに触った。

 頭のネジという言葉があなたの思考を掻き乱し、あなたは狂気という概念を想起する。

「たとえば、このネジ」

 冬の夜のように静まり返った空間に、作業員の声が静かに響いた。

「このネジは、ある人があとから付けようとしたネジです。付けるために相当な無理をしたのでしょう。あちこちが痛んでいます」

 例えばここと、ネジの溝を指さした。潰れかけた溝と傷だらけの頭があなたの目に入った。

「本人がやったのか、他人に強要されたのかまではわかりませんけれどね。どちらにしても、要らぬ努力だったようです」

 作業員は視線を足元へ向けた。所々酸化したネジの上に、まだ新しそうなネジが数本転がっていることに、あなたは気付く。

 寄り添うように転がるそれは強引にネジ止めをした際に外れたのだろうか。あるいは、傷だらけのネジが外れた拍子に、共に抜け落ちてしまったのか。



 かんからりんこん、こん。



「このようなネジも、よく落ちてくるのです」

 作業員はポケットから一本のネジを取り出した。数センチにも満たない、何の変哲もないただのネジに見える。

「周りの人間よりネジが多いとか、他の人間と違う場所に付いているとか、そのような理由で外されたネジです。きっと自ら外したのでしょう」

 あなたにはそのネジは、ごく普通のありふれた小さなネジにしか見えない。

「もともと、一人ひとりネジが付いている場所や数は違うのですがね。時計を構成する歯車に同じ形の歯車が少ないように」

 他人には取るに足らないむしろ無駄なネジは、そのネジの持ち主にとっても不要なものだったのだろうか。

 あなたは作業員から受け取ったネジを掌で転がす。十字に掘られた頭の溝が妙に深く感じる。


 あるいはこういうものもありますと、作業員は別のネジを手に取った。

「他人と違う自分になりたい、変わったことをして他人に評価されたい、そのような欲求を満たすためにネジを外す人も多いようです」

 いつか、このようなネジが必要な時が来なければ良いのですけれどと、作業員は言った。反対の手には別のネジが握られていた。途中で折れていることにあなたは気付く。後から取り付けた代替品は往々にして大きさや強度が異なっているのだそうだ。

「そのような訳で、結局、外れてしまうことが多いのです」

 作業員は言い、再びネジをポケットに戻した。



 しゃん。しゃーさぁ。



 唐突に吹いた風に、あなたは思わず身を屈める。

 小さなネジは容易に吹き飛ばされ、音を立てながら光り輝いた。降り積もったネジの山は均され、風紋が形成されていった。

 あなたは作業員に尋ねる。今までの話の根拠はどこにあるのかと。作り話ではないのかと。

「それは、簡単ですよ」

 そう言って作業員は微笑み、あなたの頭を掴んで優しく持ち上げる。

「ここにいる皆様から、直接、伺ったのですから」

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