やっと行けたと思ったら、超現実的じゃん。これどうすんの?
あれから、何度あの出来事が起こったのか。
もはや数える気にもならない樽金一典。
何故か、自室のベッドに居る時に、よく分からない穴のような暗闇に落とされる。
そして今、又も一典は落とされていた。
(…………もう、やめてくれ…………)
そう思うのも無理は無い。何度もこの現象に遭いながら、毎度毎度、痛い目にばかり遭わされる。
しかも、ほとんどがちょい役ばかり。
一番酷い時などは、訳も分からず、柄の悪い男達の中に居て、訳も分からず、いつの間にか、主人公なのか誰なのか、気合のような力で、吹っ飛ばされていたりした。
その間、約1分くらい。
しかし吹っ飛ばされて、痛い思いだけ残しつつ、現実へ返されていたりした。
名前すらない完全な敵のモブキャラ。
(……主人公になれたのは、あの一回きりだしよ……)
しかし、それすらもあっという間に終了してしまっていた。残ったのは痛みだけ。
それから、何ヶ月が経ったのだろうか。
痛い思いしかしないこの現象。
一典にとっては、既に苦痛の世界と化していた。
(……もう……痛いのは……嫌だ……)
暗闇の中でそう思う一典。
次の瞬間、出口に出ていた。
(き、来た! で! 次! 何で、どうやってやられるんだよ!?)
しかし、落ちた所は、ポフっと柔らかい。
「……あ、あれ?」
落ちた所を見回すが、そこは、見慣れた自分の部屋だった。
(……む? も、もしかして……今回は、不発……?)
毎回毎回、落ちる所は、自室では無い何処かだった。
しかし、今回は、自室のベッドに落ちていた。
今まで、痛い思いをして戻っていた、自分の部屋のベッド。
じっくりと、周りを見渡すが、何も起こる気配も無い。
しかし、やはり少しだけ違う。
(…………む? さっき……夜だったはず)
もう、外が明るくなり始めていた。
(って! 寝てねぇ! まじかよ!)
不思議な現象が起こる、穴に落とされ、今度はどんな痛い目に合うのか、びくびくしていた一典だったが、落とされたのは自室。しかし、外は既に朝を迎えているようだった。
『いってーん! 何やってんのー!? ご飯よー!』
聞き慣れた、母親が、一典を呼んでいた。
「……む? ……あ! 今行く!」
いつもの朝だった。
一典の部屋は、家の二階にある。そこに、朝御飯を伝える、母親の大声が聞こえる。
しかし、部屋の時計を見ると、まだ朝の五時半。呼ばれるには早い時間である。
(…………む? 今日なんかあったか?)
そうは思いつつも、二階からの階段を降りる。
いつも朝御飯を食べる、ダイニングには、少しボリュームのある朝御飯が見えた。
「おはよー。なんか早くない? ……あれ? 母ちゃん、なんで飯、こんなボリュームあんの?」
「んー? 何言ってんの。いつも通り作ったよ。足りんかい?」
いつもならば、もっと簡単な朝御飯なはず。
しかし、そこに並ぶ朝御飯は、いつもより、明らかにボリュームがある。しかも時間が早い。
「あれ? なんか今日あったか?」
「何言っとるの? 早くご飯食べなさい」
「……ん? あれ、父ちゃんは?」
「父さん、まだ寝とるよ。いいから、あんたは早くご飯食べなさい」
朝早い、朝御飯がいつもよりボリュームがある、それ以外は、変わりが無い日常である。
一典は、少し不思議に思いつつも、その朝御飯を平らげた。
「足りんかった? おかわりは?」
「む? もういいけど。でも、なんで、今日はこんな朝早いんだ?」
朝からお腹いっぱいご飯を食べて、そんな疑問を母親にぶつける。
「そう? いつもより遅くなったと思ったけどねぇ。今日も朝練あるんでしょ?」
「…………は? 朝……練?」
「あら? 今日は無かった?」
そう言われて、一典は思い直す。
自分は、帰宅部だったはず。朝練など知らない。母親は、何を勘違いしているのかと考える。
しかし、そんな事を考えていた、一典を呼ぶ声がした。
『いってーん、起きてるー?』
「む? ……誰だ?」
「ああ、やっぱり、朝練あるんじゃないの。タケシ君来たよ」
「……は? タケシ?」
一典には、普通に友人は居る。
しかし、そんな名の友人は居ただろうか、と考える。
(…………誰だ? そんなやつ居たか? て言うか、何の事だよ?)
「あ、タケシ君、おはよう。今日も悪いねぇ。一典、今、朝御飯食べたから。もう行くよ。ほら、一典、準備して、早う、行きなさい」
「……準備?」
一典には覚えが無い。しかも準備とは何の事なのかも分からない。しかし、母親から言われる。
「ああ、一典。道具は、昨日、父さんが手入れしてくれていたよ。お礼言っときなさいよ」
そして、母親から急かされ、学校に行く支度をして、玄関に向かうと、見慣れない物が置いてあった。
(…………何だ? これ)
玄関には、一典には見慣れない、しかし知っている道具。
それは、バット、グラブ、スパイク、そして、ボール。
(…………は?)
そして、玄関に人が入ってくる。
「おはよう、一典。じゃ、行くぞ」
「…………へ?」
見たことの無い、人物。しかし、明らかに、スポーツマン、と言った同年齢くらいの人物。
おそらくこの人物が、タケシなる人物。そして、自分が呼ばれていて、目の前にはその道具があり、朝練がある。
嫌な連想を思い浮かんだ一典。そして、その連想の通りに、その人物に言われる。
「よし。じゃあ、まずグラウンドまで、土手を走っていくか」
「……ちょ! ま!」
「頑張ってきなさい。地区予選まで、もう時間無いんよね? 母さんも父さんも応援してるからね」
母親に後押しされてしまう。
しかし、これまで、不思議な現象に何度も遭ってきた一典は、気が付いた。
(ちょ! 待て……これってあれか!? スポーツ漫画か、何かって事かよ!?)
そして、高校球児と言う設定にされてしまった一典。
はっきり言って、一典は、球技が苦手である。
「い、いや! 俺! 野球は――」
「俺たちの夢だよな! 甲子園!」
「母さん達も応援してるからね。頑張ってきなさい。あ、これ弁当ね」
ここまで、非現実的な、変な世界にばかり飛ばされ、しかもそれがモブキャラばかりだった事により、色々疑心暗鬼になってしまっていた、一典であるが、さすがに両親まで出されてしまうと、あまり強くも言えない一典。
しかも、母親は、その為に朝早く起きて、朝御飯や、弁当を作っている。今までには無い光景である。
父親は、その為に、夜遅くまで、道具の手入れをしてくれていたと言う。そんな事をやるような父親だっただろうか。
そんな現実と、非現実がごっちゃになってしまい、つい、この見知らぬ人物について行ってしまった一典だったが、すぐに後悔した。
「いってーん! もっとペース出せよ! まだアップだぞ? これから柔軟体操してから、走り込みしてから、出来れば投げ込みもしたいんだよ!」
見知った土手を走りながら、先に走る人物に言われる。
「……はっ!……ふっ!……ぶふっ! ま、まじでか……!?」
一典の通う高校は、正直野球は弱い。それだけは覚えている。だから、甲子園など夢の世界のはず。しかし、そのタケシとやらは先を走りながら言う。
「おーい! 先行っちゃうぞー!? 早く来いよー! 予選大会まで時間無いぞ!?」
そして、一典は思う。
(……これ! まじ! 現実的だけどさ! 俺! 野球の経験とかねぇよ! なんでこんな朝っぱらから走らされるんだよ!)
インドア派の一典。いや、普通くらいの体力は、まだあるかもしれない。しかし、こんなスポーツマンのような生活は送っていない。そして、実際にそんな体力は無い。
そして、学校にようやく着いてから、グラウンドに行かされる。だが、グラウンドには、数名しか居ない。
「はひぃー……ふひぃーっ…………なんだよこれ……」
「じゃあ、柔軟体操するかー!」
元気良く、そのタケシが言うが、そもそも一典はその人物を知らない。更には、そこには見知らぬメンバー。しかし、人数は少ない。
(……おい。……野球ってよ。もっと人数居るんじゃないのか……? 足りねえだろ! これ!)
「おつかれさま、タケシ君。一典君。早くメンバー揃うと良いね」
そこには、可愛い女子。ここのマネージャーだろうか。その女子も、一典の記憶には無い人物だった。
「そうだなー。でも、一典も今日は調子悪そうなんだよな……」
「え? でも、人数ぎりぎりだし、一典君が居ないと……」
「ああ。一典が居ないと、地区予選突破も厳しいよ。でもこいつが居ればなんとかなるさ。なあ一典」
タケシと親しげに話をしている、その女子の目は、明らかに、そのタケシを意識している目である。
(……じゃあ、なんだ? 俺は、そのサブメンバーって事かよ……そんで、こいつとこの子の恋愛とかのサポートって事かよ!)
もう、早く終わって、いつもの日常に戻してくれ、と早くも思い始めた一典だったが、練習は続く。
「よーし、じゃあ柔軟体操からやるか。ケンジは? 来れそうなんだよな……」
「……うん。きっと間に合うよ」
(話が見えねえよ……)
そんな事を思いつつ、柔軟体操をやらされる。
「いて! いててててて!」
「おい、一典。なんか硬くなってないか? この後走り込みだぞ!?」
「……い、いや、俺は! 野球は――」
「始業前に、ランニング3本と、スクワット200回を4セットと――」
「出来れば少し、投げ込みもしときたいんだよ。一典、受けてくれよ?」
「い、いや、待て! 俺は――」
一典は、自分の立ち位置が少しだけ分かってきた。
要するに、一典はキャッチャー。そして、このタケシなる人物はピッチャーなのだろうか。
「そうだよ。一典君の言う通り、今は基礎をメインでやった方がいいよ」
マネージャーらしき女性に言われる。
「ちが! ちょ! 基礎!?」
「んー……、それは分かるけどなぁ……」
(そして! 俺はそんな事は! 言ってねぇ! そして痛えっ!)
「じゃあ、ランニング5本にしとくか」
そして、朝練と言うには、とてもハードな基礎体力の練習を延々とやらされ続けた一典であった。
(なんで……野球部のくせに……こんな……走ってばっか……そして待て…………俺はそもそも! ……球技は!)
哀れ、一典。野球漫画の何かに迷い込んだ挙句、延々と基礎体力作りをやらされる。
しかも、今回は長い。そして、こんな漫画あったかどうかも覚えていない。
一日で終わると思ったのに、次の日も、またその次の日も、それは続いた。
いつか終わるはず、そう考えて、とりあえず、付き合った野球だった。
しかし、一向に終わりが見えない。
(ふともも……痛てぇ……きつ過ぎ……これ、いつ終わるんだよ……)
朝、母親に早く起こされ、朝練をやり、放課後、練習をやらされる。
これまで帰宅部だった一典。
しかし、そのうち終わるはず、そう思って続けていた。
そして、一典の知らないところで、高校球児の青春と恋愛が、このタケシとマネージャーのリカコという女性の中で繰り広げられていた。
本来はそんな漫画だったが、やはりサブキャラだった一典。しかし、練習メニューは変わらない。
更に、いくつか、今までならあり得ない事が起こっていた。
このタケシが、何時の間にやら、同じクラスに居たのだった。今まではそんな人物は居なかった。
そして、母親も父親も、その自分の後押しをしている。
帰ったら帰ったで、父親に、バッティングの練習をさせられる日々。
「一典! どうした!? スウィングが鈍ってんじゃないのか!?」
「ちょ、待て、父ちゃん……俺は、いつから野球やってたんだよ……?」
「はぁ!? 何言ってる! 昔からやってただろうが! メンバーも揃ってきたんだろ? お前とタケシ君で引っ張っていかんでどうする!? さあ! 続きだ!」
(……俺の、……父親は、……こんな、……熱血だったか!? ……って、昔っていつだよ……)
一典は、確かにこれまでは、帰宅部で、家でごろごろと漫画やゲームをやっていたはず。それなのに、あの出来事から、世界は一辺した。小さな事ではあるが、小さな現実を生きている一典には、青天の霹靂である。
しかし、両親もそれを応援している。その為に、色々やってくれている。
投げ出したいとは何度も思ったが、それを無下に出来るほど、一典も落ちぶれてはいなかった。
だが、これもいつか終わるはず、そう思って、続けてしまった。
そして、その不思議な現象から、一ヶ月が経とうとしていた。その頃には、一典も、それなりに野球が出来始めてきていた。それまで、基礎体力の練習ばかりだったので、体力もつき始めていた。
「それじゃ、皆、集まって下さい」
監督だと言われた人物が居た。こんな人物で大丈夫なのか、と一典は思ったような気弱そうな中年男性の監督だったが、タケシは信頼しているようであった。
もちろんその人物も知らなかったが、この一ヶ月で、知った人物であった。
「今月、練習試合を行います。相手は、正栄徳高校です」
それを聞いたメンバーが、ざわつき始めた。
「ま、まじですか監督! あの、有名な野球の名門校の?」
「はい、そうです。その名門校です」
「そ、そんなとことやったら、ぼろ負けするに……」
「そうですかねぇ? そんな事は無いと思いますけどねぇ」
一典が、この奇妙な体験をしはじめてから、気が付いたことがあった。
それは今ここに居る、自分の高校の野球部は、かなりの弱小校だという事。
だが、それ以前の記憶でも、自分の高校が、野球が強いという記憶は無い。帰宅部だった一典は、その程度しか覚えていない。
そして、その名門校は聞き覚えがあった。確かテレビで見た記憶がある、と一典は思い出す。
(そんな所は、変わってないのかよ……)
あの現象が起きて変わった事は、タケシとリカコ、あと監督が増えた事。
そして、両親が一番変わっていた。性格はあまり変化は無いが、野球の為に色々やっていた事が、一典にとっては、最も身近に変わったと感じる事であった。
それ以外のメンバーは、どこかで見たような記憶がある人物達だった。しかし、クラスも違うし、話をした事も無かった人達である。
彼らが野球をやっていた事も、当然知らなかった一典。
そして、そんな日々が過ぎ、練習試合の前日にベッドで考える。
(それにしても……これ、いつ終わるんだ……? もしかしてこのままだったりするのか……?)
もう一ヶ月弱、あれから時間が経過していた。
一典は野球初心者だったが、多少は出来るようになったと感じていた。ルールぐらいは知っていたし、友人と昔はそうして遊んだ事もあった。
しかし、自分が本格的に野球をやるなどとは、考えていなかった。
(でもよ、俺、あんま自信ねぇぞ?)
当然である。
他の人達は、小さい頃から、あまり強くは無くとも、野球に慣れ親しんだ人達。
そして、タケシは、ピッチャーとしてもバッターとしても、非凡な才能と実力を持った人物であった。
しかし、ここ一ヶ月弱やっていたのは、ほとんど基礎体力作りばかりだった。
その為、ほとんど自信は無い。だが、一ヶ月とは言え、これまでやってきた事をふいにするのも少し悔しく感じる一典。
だったのだが……。
起きてしまった。
ベッドに寝転がっていた時に、暗闇が辺りを囲った。
「……は!?」
予想しない時点で起きてしまった。
一典は、これまでの経験から、もうこの現象は嫌だと思っていた。
そして、先程まで、その現象により、その生活を送っていた。つらい事が多かった。きつかった。そこが一番正直な感想だった。だが、少し、楽しくなりかけていた所でもあった。
「……なっ! 待て! 明日練習試合! ……せめてそこまでやらせろよ!」
今まで、この現象に遭い、そんな事を思った事も、言った事も無かった。
ようやく戻れる。それが一番多く思った事だった。
そんな一典の願いが届いたのか、直ぐに辺りは明るくなった。
「いてっ!」
落ちたと思った箇所は、ベンチだった。
「一典! 頼むぞ!」
「…………は?」
突然声をかけられた一典。その人物を見ると、タケシだった。
(…………これは? む!? 試合!?)
辺りを見回す。そこは球場らしき場所。
「さあ、お前の番だ。いつも通りやれば良い」
監督にそう言われ、一典も気が付いた。
今、練習試合が進んでいて、自分の打順の番なのだろう。ほんの一日だけ、時が進んでいた。だが、何故そこを飛ばした、と思う一典が見た状態は、信じられない現状であった。
(…………む? 九回裏!? ……で、……あ。三塁に一人居て……一点負けてるし…………って、待て! じゃあそこで……俺!?)
1対0で現状は負けている。しかし、今、九回裏、ツーアウト、三塁。
そして、そこで一典の打順と言う、上手くいけば、美味しい役回りのはずである。
「い、いや! 俺じゃなくて! 代打とか……」
「何言ってるんだよ。誰がお前の代わりができるってんだ!」
「樽金君……お願い……このチームを勝たせてあげて」
タケシとリカコに反対されてしまい、そんな現状のバッターボックスへ急いで行かされた。
(……普通違うだろ!? 何でそれなら今、俺はベンチに居たんだよ……ウォームアップくらいさせろよな……)
そんな事を思いつつも、バッターボックスに行くと、相手のピッチャーから、剛速球が飛んできた。
「ストラーイクッ!」
(…………は? 早すぎじゃね!?)
とても早い球だった。しかし、見えない訳でもない。
(くそ! 一ヶ月半くらい無理やりやらされて! なんで一日飛ばした! で、早すぎだろこれ!)
しかし、そんな事を思う一典にも気が付き始めた事があった。
それは、本来なら、昨日で終わりだったはずなのだ。だから、現実に戻る現象が起きたのである。
この一ヶ月、気になって、少し漫画を漁った。しかし、それは出てこなかった。だから必死で思い出していた。
今、一典が居るこの物語は、確かに野球も扱った漫画であったが、メインは、あのタケシとリカコの恋愛の短編の物語なのだった。
だから、恋愛が成就し、その二人が共に甲子園を目指す、と言う所で話が終わってしまう。
その終わりの場面こそが、この練習試合の前日だったのである。
しかし、そういったシーンには一切登場しない一典。昨日ベッドで寝転がっていた際に、別のところで、この物語は終わっていた。
(でもよ! だからって!)
「ストラーイクッ、ツー!」
一典は必死にバッドを振ったが、空振りしてしまった。
(少しばっかりだったかもしれんがなぁ!)
剛速球の球に一典のバッドが当たった。しかしボールは、ファールになった。
(無理やりだったけどよぉ!)
思いっきり、しかし、これまでの短期間を思い出しつつ、バッドを振る。
(それでも! 俺的には頑張ったほうなんだよぉ!)
そして、一典の振ったバッドが、ジャストミートした。一典は、バッドを投げ、一塁へ走った。
しかし、打ったボールは、高く、高く、舞い上がり、最後には、外野の野手のグローブへ収まった。
(ああ……それでも取られるのかよ…………)
一塁で、それを見終えた一典は、そこでブラックアウトした。
☆☆☆☆☆☆
気が付くと、自分のベッドに戻っていた一典。
今回は、きつかったし、辛かった。しかし、痛い思いをした訳ではない。そして、とても長かった。
(………………もう、帰ってきたんだよな…………)
これまでの経験から、そう分かる。
そして、その理由を探し、本を漁る。そうすると、出てきた。
(……これだったんだな……)
それは、先程まで、長い事経験していた漫画。一巻で完結してしまう物だった。
一典は、その漫画を開こうとしたが、それを止め、漫画を本棚に戻してから、カーテンを開けて外を見る。
外は、もう、白じんでいる。朝になる時間だった。
そして、あの道具が無いか探すが、部屋には無かった。
(やっぱ……ねえか)
野球の道具。それは無くなっていた。
もしかしたらと思い、部屋を出て一階に下りる。
すると、一ヵ月半前はそうしていたのであろう、母親が起きて、朝の支度をしていた。
「あら、一典。早いんね。もう起きたの? 今日なんかあったかねぇ?」
「なんも無い。……なぁ母ちゃん、タケシって知ってるか?」
「んー、誰だったかね。お友達かい?」
「いや、そんなやつが居ったから。母ちゃん知ってるかと思っただけ」
そして、少し早めの朝食を取る。
それは、パンとサラダ、それから牛乳と言う、一ヶ月半前までのメニューだった。
当然、朝、タケシが呼びに来る事も無い。しばらくしてから、父親も起きて来た。
「一典、珍しいな。もう朝御飯食べたのか」
今まで通り。あまりやる気の感じられない父親だった。この一ヵ月半は、とても熱血に指導をしていた父親。しかし、そちらの方が、本来の父親ではないのだ。
それから一典は、学校へ向かった。少し早かったが、この一ヵ月半はもっと早かった。
しかし、家を出る前に見た物は、さらに一典を困惑させた。
なんと、あの一ヵ月半が本当に無かったからなのか、それとも戻っただけなのか、カレンダーは、あの一ヶ月半前の日にちになっていたのだった。
学校で、タケシが居たはずの席を見るが、そこには何も無い。机も椅子も、名前も何も。
一典は、もうすぐ、二年になってしまう。そうは思うが、少し悔しかった。
だから、一典は、野球部へ入部した。
あの、バッドが球に当たった感触、そして、それを取られた時の無念さ。
周りからは、一体どうした、とか、今からじゃもう遅すぎる、とか、何かまた勘違いしてるんじゃないか、とか言われたりしたが、どうもあの生活が気に入ってしまっていた。
そして一典は、家に帰って、父親と、母親に頼んだ。
「なあ、俺、野球やるからさ。母ちゃん、悪いけど朝飯もっとボリュームあるやつにしてくれよ。父ちゃん、悪いけどさ、ちょっと練習手伝ってくれよ」
父親も母親も、最初は驚きつつも、それを快く了承した。
次の日から、あの生活が戻って来た。タケシは居ないが、朝ボリュームのある食事をし、自主朝練をし、学校で授業を受けた後は、部活をし、帰ってきても、父親に手伝ってもらいつつ練習し続けた。
元々、一典の通う学校は、やはり弱小の野球部であったようだった。部員も少ない。その為、一典がレギュラーを勝ち取るのも、それほど難しくは無かった。そもそも部員がぎりぎりなのだから。
しかし、あのタケシは居ない。その穴を埋める人物は居ない。
タケシも、リカコも、そしてあの監督も居ない。部員は知った顔も居たが、あの一ヵ月半に居た人物達ではなかった。
だが、一典は頑張った。と言うよりは、あの一ヵ月半の記憶を元に、基礎体力作りを続けていた。
延々と、一人でもやり続けた。
そして、一典が二年になる頃には、一典の体は、見る見る逞しくなっていっていた。
野球をやるには、遅すぎたが、体を鍛えるには、まだまだ時間はある。
今、一典が思う事は一つ。
(今度は……ちゃんと点を取ってやる!)
そんな一典を後押ししたのは、やはり両親だった。
母親は、あの発言以降、朝早起きして、沢山の朝御飯を作ってくれ、弁当も夜も、バランスが良く、かつスタミナの付く料理をしてくれていた。
父親は、あの時は、その世界だから熱血だったのか、それとも本来はそうなのかと思っていたが、どうやら後者のようであった。
あの発言以降、厳しくも、必死に相手をしてくれた。
そして、一典は、野球部で二年を迎えた。
あれ以降、あの不思議な現象は起きていない。しかし、それで良いと、一典は思う。そして、もう起きなくて良い、と願っている。
今やっている事を、ふいにされて堪るかと。そう考えている。
今日は一年の新入部員が来る日であった。一典が思った通り、入部希望の人員は少ない。
弱小の野球部なので仕方が無い。
上手い人や、才能のある人間は、強豪校に引き抜かれていく。
今年の新入部員はたったの3名。野球部としては、少なすぎる人数。
(……む。……これは、前途多難だな……)
そんな事を思っていた、一典の所に、ここの本来の監督から、もう一人紹介された。
「あー、今年は今の所、この3名と。……あとな、喜べ、お前ら。あー、自己紹介してくれ」
「……あ、その、私、”一式 里佳子”、と言います。これから、マネージャーをやらさせてもらいます。よろしくお願いします!」
その人物はあの”リカコ”だった。
あの時は、同じ年だったはず、そして――
そう思って、まず一典は聞いてみた。
「あ、よ、よろしくな。……で、ちょっと聞きたいんだけどさ」
「はい! なんでしょうか?」
「タケシって、……知ってるか?」
「……えーっと、……うーん、知ってる人には居ないと思いますけど……」
リカコは、考え込んで、そう答えた。
そして、一典は、その事を考える事を止めた。
(まずは、基礎体力作りからだよな)
この後、一典がどのように過ごし、里佳子がどうなったかは、語る事ではない。
しかし、その後、一典にあの奇妙な現象は、起きる事は無かった。
お読みいただき、ありがとうございます。
気晴らし書き物これにて終了です。
また別の物が書きたくなったら書きます。
それから……当方、野球の知識は、ほとんどございません!
ごめんないさいーー(((逃




