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やっと行けたと思ったら、超現実的じゃん。これどうすんの?

 あれから、何度あの出来事が起こったのか。

 もはや数える気にもならない樽金一典。


 何故か、自室のベッドに居る時に、よく分からない穴のような暗闇に落とされる。

 そして今、又も一典は落とされていた。


(…………もう、やめてくれ…………)


 そう思うのも無理は無い。何度もこの現象に遭いながら、毎度毎度、痛い目にばかり遭わされる。

 しかも、ほとんどがちょい役ばかり。

 一番酷い時などは、訳も分からず、柄の悪い男達の中に居て、訳も分からず、いつの間にか、主人公なのか誰なのか、気合のような力で、吹っ飛ばされていたりした。

 その間、約1分くらい。

 しかし吹っ飛ばされて、痛い思いだけ残しつつ、現実へ返されていたりした。

 名前すらない完全な敵のモブキャラ。


(……主人公になれたのは、あの一回きりだしよ……)


 しかし、それすらもあっという間に終了してしまっていた。残ったのは痛みだけ。


 それから、何ヶ月が経ったのだろうか。

 痛い思いしかしないこの現象。


 一典にとっては、既に苦痛の世界と化していた。


(……もう……痛いのは……嫌だ……)


 暗闇の中でそう思う一典。

 次の瞬間、出口に出ていた。


(き、来た! で! 次! 何で、どうやってやられるんだよ!?)


 しかし、落ちた所は、ポフっと柔らかい。


「……あ、あれ?」


 落ちた所を見回すが、そこは、見慣れた自分の部屋だった。


(……む? も、もしかして……今回は、不発……?)


 毎回毎回、落ちる所は、自室では無い何処かだった。

 しかし、今回は、自室のベッドに落ちていた。

 今まで、痛い思いをして戻っていた、自分の部屋のベッド。


 じっくりと、周りを見渡すが、何も起こる気配も無い。

 しかし、やはり少しだけ違う。


(…………む? さっき……夜だったはず)


 もう、外が明るくなり始めていた。


(って! 寝てねぇ! まじかよ!)


 不思議な現象が起こる、穴に落とされ、今度はどんな痛い目に合うのか、びくびくしていた一典だったが、落とされたのは自室。しかし、外は既に朝を迎えているようだった。


『いってーん! 何やってんのー!? ご飯よー!』


 聞き慣れた、母親が、一典を呼んでいた。


「……む? ……あ! 今行く!」


 いつもの朝だった。

 一典の部屋は、家の二階にある。そこに、朝御飯を伝える、母親の大声が聞こえる。

 しかし、部屋の時計を見ると、まだ朝の五時半。呼ばれるには早い時間である。


(…………む? 今日なんかあったか?)


 そうは思いつつも、二階からの階段を降りる。

 いつも朝御飯を食べる、ダイニングには、少しボリュームのある朝御飯が見えた。


「おはよー。なんか早くない? ……あれ? 母ちゃん、なんで飯、こんなボリュームあんの?」

「んー? 何言ってんの。いつも通り作ったよ。足りんかい?」


 いつもならば、もっと簡単な朝御飯なはず。

 しかし、そこに並ぶ朝御飯は、いつもより、明らかにボリュームがある。しかも時間が早い。


「あれ? なんか今日あったか?」

「何言っとるの? 早くご飯食べなさい」

「……ん? あれ、父ちゃんは?」

「父さん、まだ寝とるよ。いいから、あんたは早くご飯食べなさい」


 朝早い、朝御飯がいつもよりボリュームがある、それ以外は、変わりが無い日常である。

 一典は、少し不思議に思いつつも、その朝御飯を平らげた。


「足りんかった? おかわりは?」

「む? もういいけど。でも、なんで、今日はこんな朝早いんだ?」


 朝からお腹いっぱいご飯を食べて、そんな疑問を母親にぶつける。


「そう? いつもより遅くなったと思ったけどねぇ。今日も朝練あるんでしょ?」

「…………は? 朝……練?」

「あら? 今日は無かった?」


 そう言われて、一典は思い直す。

 自分は、帰宅部だったはず。朝練など知らない。母親は、何を勘違いしているのかと考える。

 しかし、そんな事を考えていた、一典を呼ぶ声がした。


『いってーん、起きてるー?』

「む? ……誰だ?」

「ああ、やっぱり、朝練あるんじゃないの。タケシ君来たよ」

「……は? タケシ?」


 一典には、普通に友人は居る。

 しかし、そんな名の友人は居ただろうか、と考える。


(…………誰だ? そんなやつ居たか? て言うか、何の事だよ?)


「あ、タケシ君、おはよう。今日も悪いねぇ。一典、今、朝御飯食べたから。もう行くよ。ほら、一典、準備して、早う、行きなさい」

「……準備?」


 一典には覚えが無い。しかも準備とは何の事なのかも分からない。しかし、母親から言われる。


「ああ、一典。道具は、昨日、父さんが手入れしてくれていたよ。お礼言っときなさいよ」


 そして、母親から急かされ、学校に行く支度をして、玄関に向かうと、見慣れない物が置いてあった。


(…………何だ? これ)


 玄関には、一典には見慣れない、しかし知っている道具。

 それは、バット、グラブ、スパイク、そして、ボール。


(…………は?)


 そして、玄関に人が入ってくる。


「おはよう、一典。じゃ、行くぞ」

「…………へ?」


 見たことの無い、人物。しかし、明らかに、スポーツマン、と言った同年齢くらいの人物。

 おそらくこの人物が、タケシなる人物。そして、自分が呼ばれていて、目の前にはその道具があり、朝練がある。

 嫌な連想を思い浮かんだ一典。そして、その連想の通りに、その人物に言われる。


「よし。じゃあ、まずグラウンドまで、土手を走っていくか」

「……ちょ! ま!」

「頑張ってきなさい。地区予選まで、もう時間無いんよね? 母さんも父さんも応援してるからね」


 母親に後押しされてしまう。

 しかし、これまで、不思議な現象に何度も遭ってきた一典は、気が付いた。


(ちょ! 待て……これってあれか!? スポーツ漫画か、何かって事かよ!?)


 そして、高校球児と言う設定にされてしまった一典。

 はっきり言って、一典は、球技が苦手である。


「い、いや! 俺! 野球は――」

「俺たちの夢だよな! 甲子園!」

「母さん達も応援してるからね。頑張ってきなさい。あ、これ弁当ね」


 ここまで、非現実的な、変な世界にばかり飛ばされ、しかもそれがモブキャラばかりだった事により、色々疑心暗鬼になってしまっていた、一典であるが、さすがに両親まで出されてしまうと、あまり強くも言えない一典。

 しかも、母親は、その為に朝早く起きて、朝御飯や、弁当を作っている。今までには無い光景である。

 父親は、その為に、夜遅くまで、道具の手入れをしてくれていたと言う。そんな事をやるような父親だっただろうか。


 そんな現実と、非現実がごっちゃになってしまい、つい、この見知らぬ人物について行ってしまった一典だったが、すぐに後悔した。


「いってーん! もっとペース出せよ! まだアップだぞ? これから柔軟体操してから、走り込みしてから、出来れば投げ込みもしたいんだよ!」


 見知った土手を走りながら、先に走る人物に言われる。


「……はっ!……ふっ!……ぶふっ! ま、まじでか……!?」


 一典の通う高校は、正直野球は弱い。それだけは覚えている。だから、甲子園など夢の世界のはず。しかし、そのタケシとやらは先を走りながら言う。


「おーい! 先行っちゃうぞー!? 早く来いよー! 予選大会まで時間無いぞ!?」


 そして、一典は思う。


(……これ! まじ! 現実的だけどさ! 俺! 野球の経験とかねぇよ! なんでこんな朝っぱらから走らされるんだよ!)


 インドア派の一典。いや、普通くらいの体力は、まだあるかもしれない。しかし、こんなスポーツマンのような生活は送っていない。そして、実際にそんな体力は無い。

 そして、学校にようやく着いてから、グラウンドに行かされる。だが、グラウンドには、数名しか居ない。


「はひぃー……ふひぃーっ…………なんだよこれ……」

「じゃあ、柔軟体操するかー!」


 元気良く、そのタケシが言うが、そもそも一典はその人物を知らない。更には、そこには見知らぬメンバー。しかし、人数は少ない。


(……おい。……野球ってよ。もっと人数居るんじゃないのか……? 足りねえだろ! これ!)


「おつかれさま、タケシ君。一典君。早くメンバー揃うと良いね」


 そこには、可愛い女子。ここのマネージャーだろうか。その女子も、一典の記憶には無い人物だった。


「そうだなー。でも、一典も今日は調子悪そうなんだよな……」

「え? でも、人数ぎりぎりだし、一典君が居ないと……」

「ああ。一典が居ないと、地区予選突破も厳しいよ。でもこいつが居ればなんとかなるさ。なあ一典」


 タケシと親しげに話をしている、その女子の目は、明らかに、そのタケシを意識している目である。


(……じゃあ、なんだ? 俺は、そのサブメンバーって事かよ……そんで、こいつとこの子の恋愛とかのサポートって事かよ!)


 もう、早く終わって、いつもの日常に戻してくれ、と早くも思い始めた一典だったが、練習は続く。


「よーし、じゃあ柔軟体操からやるか。ケンジは? 来れそうなんだよな……」

「……うん。きっと間に合うよ」


(話が見えねえよ……)


 そんな事を思いつつ、柔軟体操をやらされる。


「いて! いててててて!」

「おい、一典。なんか硬くなってないか? この後走り込みだぞ!?」

「……い、いや、俺は! 野球は――」

「始業前に、ランニング3本と、スクワット200回を4セットと――」

「出来れば少し、投げ込みもしときたいんだよ。一典、受けてくれよ?」

「い、いや、待て! 俺は――」


 一典は、自分の立ち位置が少しだけ分かってきた。

 要するに、一典はキャッチャー。そして、このタケシなる人物はピッチャーなのだろうか。


「そうだよ。一典君の言う通り、今は基礎をメインでやった方がいいよ」


 マネージャーらしき女性に言われる。


「ちが! ちょ! 基礎!?」

「んー……、それは分かるけどなぁ……」


(そして! 俺はそんな事は! 言ってねぇ! そして痛えっ!)


「じゃあ、ランニング5本にしとくか」


 そして、朝練と言うには、とてもハードな基礎体力の練習を延々とやらされ続けた一典であった。


(なんで……野球部のくせに……こんな……走ってばっか……そして待て…………俺はそもそも! ……球技は!)


 哀れ、一典。野球漫画の何かに迷い込んだ挙句、延々と基礎体力作りをやらされる。

 しかも、今回は長い。そして、こんな漫画あったかどうかも覚えていない。


 一日で終わると思ったのに、次の日も、またその次の日も、それは続いた。

 いつか終わるはず、そう考えて、とりあえず、付き合った野球だった。

 しかし、一向に終わりが見えない。


(ふともも……痛てぇ……きつ過ぎ……これ、いつ終わるんだよ……)


 朝、母親に早く起こされ、朝練をやり、放課後、練習をやらされる。

 これまで帰宅部だった一典。

 しかし、そのうち終わるはず、そう思って続けていた。


 そして、一典の知らないところで、高校球児の青春と恋愛が、このタケシとマネージャーのリカコという女性の中で繰り広げられていた。

 本来はそんな漫画だったが、やはりサブキャラだった一典。しかし、練習メニューは変わらない。


 更に、いくつか、今までならあり得ない事が起こっていた。

 このタケシが、何時の間にやら、同じクラスに居たのだった。今まではそんな人物は居なかった。


 そして、母親も父親も、その自分の後押しをしている。

 帰ったら帰ったで、父親に、バッティングの練習をさせられる日々。


「一典! どうした!? スウィングが鈍ってんじゃないのか!?」

「ちょ、待て、父ちゃん……俺は、いつから野球やってたんだよ……?」

「はぁ!? 何言ってる! 昔からやってただろうが! メンバーも揃ってきたんだろ? お前とタケシ君で引っ張っていかんでどうする!? さあ! 続きだ!」


(……俺の、……父親は、……こんな、……熱血だったか!? ……って、昔っていつだよ……)


 一典は、確かにこれまでは、帰宅部で、家でごろごろと漫画やゲームをやっていたはず。それなのに、あの出来事から、世界は一辺した。小さな事ではあるが、小さな現実を生きている一典には、青天の霹靂である。

 しかし、両親もそれを応援している。その為に、色々やってくれている。

 投げ出したいとは何度も思ったが、それを無下に出来るほど、一典も落ちぶれてはいなかった。

 だが、これもいつか終わるはず、そう思って、続けてしまった。


 そして、その不思議な現象から、一ヶ月が経とうとしていた。その頃には、一典も、それなりに野球が出来始めてきていた。それまで、基礎体力の練習ばかりだったので、体力もつき始めていた。

 

 「それじゃ、皆、集まって下さい」


 監督だと言われた人物が居た。こんな人物で大丈夫なのか、と一典は思ったような気弱そうな中年男性の監督だったが、タケシは信頼しているようであった。

 もちろんその人物も知らなかったが、この一ヶ月で、知った人物であった。


「今月、練習試合を行います。相手は、正栄徳高校です」


 それを聞いたメンバーが、ざわつき始めた。


「ま、まじですか監督! あの、有名な野球の名門校の?」

「はい、そうです。その名門校です」

「そ、そんなとことやったら、ぼろ負けするに……」

「そうですかねぇ? そんな事は無いと思いますけどねぇ」


 一典が、この奇妙な体験をしはじめてから、気が付いたことがあった。

 それは今ここに居る、自分の高校の野球部は、かなりの弱小校だという事。

 だが、それ以前の記憶でも、自分の高校が、野球が強いという記憶は無い。帰宅部だった一典は、その程度しか覚えていない。

 そして、その名門校は聞き覚えがあった。確かテレビで見た記憶がある、と一典は思い出す。


(そんな所は、変わってないのかよ……)


 あの現象が起きて変わった事は、タケシとリカコ、あと監督が増えた事。

 そして、両親が一番変わっていた。性格はあまり変化は無いが、野球の為に色々やっていた事が、一典にとっては、最も身近に変わったと感じる事であった。

 それ以外のメンバーは、どこかで見たような記憶がある人物達だった。しかし、クラスも違うし、話をした事も無かった人達である。

 彼らが野球をやっていた事も、当然知らなかった一典。


 そして、そんな日々が過ぎ、練習試合の前日にベッドで考える。


(それにしても……これ、いつ終わるんだ……? もしかしてこのままだったりするのか……?)


 もう一ヶ月弱、あれから時間が経過していた。

 一典は野球初心者だったが、多少は出来るようになったと感じていた。ルールぐらいは知っていたし、友人と昔はそうして遊んだ事もあった。

 しかし、自分が本格的に野球をやるなどとは、考えていなかった。


(でもよ、俺、あんま自信ねぇぞ?)


 当然である。

 他の人達は、小さい頃から、あまり強くは無くとも、野球に慣れ親しんだ人達。

 そして、タケシは、ピッチャーとしてもバッターとしても、非凡な才能と実力を持った人物であった。


 しかし、ここ一ヶ月弱やっていたのは、ほとんど基礎体力作りばかりだった。

 その為、ほとんど自信は無い。だが、一ヶ月とは言え、これまでやってきた事をふいにするのも少し悔しく感じる一典。

 だったのだが……。

 起きてしまった。


 ベッドに寝転がっていた時に、暗闇が辺りを囲った。


「……は!?」


 予想しない時点で起きてしまった。

 一典は、これまでの経験から、もうこの現象は嫌だと思っていた。

 そして、先程まで、その現象により、その生活を送っていた。つらい事が多かった。きつかった。そこが一番正直な感想だった。だが、少し、楽しくなりかけていた所でもあった。


「……なっ! 待て! 明日練習試合! ……せめてそこまでやらせろよ!」


 今まで、この現象に遭い、そんな事を思った事も、言った事も無かった。

 ようやく戻れる。それが一番多く思った事だった。


 そんな一典の願いが届いたのか、直ぐに辺りは明るくなった。


「いてっ!」


 落ちたと思った箇所は、ベンチだった。


「一典! 頼むぞ!」

「…………は?」


 突然声をかけられた一典。その人物を見ると、タケシだった。


(…………これは? む!? 試合!?)


 辺りを見回す。そこは球場らしき場所。


「さあ、お前の番だ。いつも通りやれば良い」


 監督にそう言われ、一典も気が付いた。

 今、練習試合が進んでいて、自分の打順の番なのだろう。ほんの一日だけ、時が進んでいた。だが、何故そこを飛ばした、と思う一典が見た状態は、信じられない現状であった。


(…………む? 九回裏!? ……で、……あ。三塁に一人居て……一点負けてるし…………って、待て! じゃあそこで……俺!?)


 1対0で現状は負けている。しかし、今、九回裏、ツーアウト、三塁。

 そして、そこで一典の打順と言う、上手くいけば、美味しい役回りのはずである。


「い、いや! 俺じゃなくて! 代打とか……」

「何言ってるんだよ。誰がお前の代わりができるってんだ!」

「樽金君……お願い……このチームを勝たせてあげて」


 タケシとリカコに反対されてしまい、そんな現状のバッターボックスへ急いで行かされた。


(……普通違うだろ!? 何でそれなら今、俺はベンチに居たんだよ……ウォームアップくらいさせろよな……)


 そんな事を思いつつも、バッターボックスに行くと、相手のピッチャーから、剛速球が飛んできた。


「ストラーイクッ!」


(…………は? 早すぎじゃね!?)


 とても早い球だった。しかし、見えない訳でもない。


(くそ! 一ヶ月半くらい無理やりやらされて! なんで一日飛ばした! で、早すぎだろこれ!)


 しかし、そんな事を思う一典にも気が付き始めた事があった。

 それは、本来なら、昨日で終わりだったはずなのだ。だから、現実に戻る現象が起きたのである。

 この一ヶ月、気になって、少し漫画を漁った。しかし、それは出てこなかった。だから必死で思い出していた。

 今、一典が居るこの物語は、確かに野球も扱った漫画であったが、メインは、あのタケシとリカコの恋愛の短編の物語なのだった。

 だから、恋愛が成就し、その二人が共に甲子園を目指す、と言う所で話が終わってしまう。

 その終わりの場面こそが、この練習試合の前日だったのである。

 しかし、そういったシーンには一切登場しない一典。昨日ベッドで寝転がっていた際に、別のところで、この物語は終わっていた。


(でもよ! だからって!)


「ストラーイクッ、ツー!」


 一典は必死にバッドを振ったが、空振りしてしまった。


(少しばっかりだったかもしれんがなぁ!)


 剛速球の球に一典のバッドが当たった。しかしボールは、ファールになった。


(無理やりだったけどよぉ!)


 思いっきり、しかし、これまでの短期間を思い出しつつ、バッドを振る。


(それでも! 俺的には頑張ったほうなんだよぉ!)


 そして、一典の振ったバッドが、ジャストミートした。一典は、バッドを投げ、一塁へ走った。

 しかし、打ったボールは、高く、高く、舞い上がり、最後には、外野の野手のグローブへ収まった。


(ああ……それでも取られるのかよ…………)


 一塁で、それを見終えた一典は、そこでブラックアウトした。


☆☆☆☆☆☆


 気が付くと、自分のベッドに戻っていた一典。

 今回は、きつかったし、辛かった。しかし、痛い思いをした訳ではない。そして、とても長かった。


(………………もう、帰ってきたんだよな…………)


 これまでの経験から、そう分かる。

 そして、その理由を探し、本を漁る。そうすると、出てきた。


(……これだったんだな……)


 それは、先程まで、長い事経験していた漫画。一巻で完結してしまう物だった。

 一典は、その漫画を開こうとしたが、それを止め、漫画を本棚に戻してから、カーテンを開けて外を見る。

 外は、もう、白じんでいる。朝になる時間だった。

 そして、あの道具が無いか探すが、部屋には無かった。


(やっぱ……ねえか)


 野球の道具。それは無くなっていた。

 もしかしたらと思い、部屋を出て一階に下りる。

 すると、一ヵ月半前はそうしていたのであろう、母親が起きて、朝の支度をしていた。


「あら、一典。早いんね。もう起きたの? 今日なんかあったかねぇ?」

「なんも無い。……なぁ母ちゃん、タケシって知ってるか?」

「んー、誰だったかね。お友達かい?」

「いや、そんなやつが居ったから。母ちゃん知ってるかと思っただけ」


 そして、少し早めの朝食を取る。

 それは、パンとサラダ、それから牛乳と言う、一ヶ月半前までのメニューだった。

 当然、朝、タケシが呼びに来る事も無い。しばらくしてから、父親も起きて来た。


「一典、珍しいな。もう朝御飯食べたのか」


 今まで通り。あまりやる気の感じられない父親だった。この一ヵ月半は、とても熱血に指導をしていた父親。しかし、そちらの方が、本来の父親ではないのだ。


 それから一典は、学校へ向かった。少し早かったが、この一ヵ月半はもっと早かった。

 しかし、家を出る前に見た物は、さらに一典を困惑させた。

 なんと、あの一ヵ月半が本当に無かったからなのか、それとも戻っただけなのか、カレンダーは、あの一ヶ月半前の日にちになっていたのだった。


 学校で、タケシが居たはずの席を見るが、そこには何も無い。机も椅子も、名前も何も。

 一典は、もうすぐ、二年になってしまう。そうは思うが、少し悔しかった。


 だから、一典は、野球部へ入部した。

 あの、バッドが球に当たった感触、そして、それを取られた時の無念さ。

 周りからは、一体どうした、とか、今からじゃもう遅すぎる、とか、何かまた勘違いしてるんじゃないか、とか言われたりしたが、どうもあの生活が気に入ってしまっていた。

 そして一典は、家に帰って、父親と、母親に頼んだ。


「なあ、俺、野球やるからさ。母ちゃん、悪いけど朝飯もっとボリュームあるやつにしてくれよ。父ちゃん、悪いけどさ、ちょっと練習手伝ってくれよ」


 父親も母親も、最初は驚きつつも、それを快く了承した。

 次の日から、あの生活が戻って来た。タケシは居ないが、朝ボリュームのある食事をし、自主朝練をし、学校で授業を受けた後は、部活をし、帰ってきても、父親に手伝ってもらいつつ練習し続けた。


 元々、一典の通う学校は、やはり弱小の野球部であったようだった。部員も少ない。その為、一典がレギュラーを勝ち取るのも、それほど難しくは無かった。そもそも部員がぎりぎりなのだから。

 しかし、あのタケシは居ない。その穴を埋める人物は居ない。

 タケシも、リカコも、そしてあの監督も居ない。部員は知った顔も居たが、あの一ヵ月半に居た人物達ではなかった。

 だが、一典は頑張った。と言うよりは、あの一ヵ月半の記憶を元に、基礎体力作りを続けていた。

 延々と、一人でもやり続けた。


 そして、一典が二年になる頃には、一典の体は、見る見る逞しくなっていっていた。


 野球をやるには、遅すぎたが、体を鍛えるには、まだまだ時間はある。

 今、一典が思う事は一つ。


(今度は……ちゃんと点を取ってやる!)


 そんな一典を後押ししたのは、やはり両親だった。

 母親は、あの発言以降、朝早起きして、沢山の朝御飯を作ってくれ、弁当も夜も、バランスが良く、かつスタミナの付く料理をしてくれていた。

 父親は、あの時は、その世界だから熱血だったのか、それとも本来はそうなのかと思っていたが、どうやら後者のようであった。

 あの発言以降、厳しくも、必死に相手をしてくれた。


 そして、一典は、野球部で二年を迎えた。


 あれ以降、あの不思議な現象は起きていない。しかし、それで良いと、一典は思う。そして、もう起きなくて良い、と願っている。

 今やっている事を、ふいにされて堪るかと。そう考えている。


 今日は一年の新入部員が来る日であった。一典が思った通り、入部希望の人員は少ない。

 弱小の野球部なので仕方が無い。

 上手い人や、才能のある人間は、強豪校に引き抜かれていく。


 今年の新入部員はたったの3名。野球部としては、少なすぎる人数。


(……む。……これは、前途多難だな……)


 そんな事を思っていた、一典の所に、ここの本来の監督から、もう一人紹介された。


「あー、今年は今の所、この3名と。……あとな、喜べ、お前ら。あー、自己紹介してくれ」

「……あ、その、私、”一式 里佳子”、と言います。これから、マネージャーをやらさせてもらいます。よろしくお願いします!」


 その人物はあの”リカコ”だった。

 あの時は、同じ年だったはず、そして――

 そう思って、まず一典は聞いてみた。


「あ、よ、よろしくな。……で、ちょっと聞きたいんだけどさ」

「はい! なんでしょうか?」

「タケシって、……知ってるか?」

「……えーっと、……うーん、知ってる人には居ないと思いますけど……」


 リカコは、考え込んで、そう答えた。


 そして、一典は、その事を考える事を止めた。


(まずは、基礎体力作りからだよな)


 この後、一典がどのように過ごし、里佳子がどうなったかは、語る事ではない。


 しかし、その後、一典にあの奇妙な現象は、起きる事は無かった。



 

お読みいただき、ありがとうございます。


気晴らし書き物これにて終了です。

また別の物が書きたくなったら書きます。


それから……当方、野球の知識は、ほとんどございません!

ごめんないさいーー(((逃

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