94 モスキート音
暇すぎてエアコンのフィルターを掃除する俺。
と、どこからか蚊の鳴く声が聞こえてきた。今の季節に蚊だと?
いや待て、そもそもこれは蚊ではない。なんか電子音っぽい高音が響いている。
「野火先輩の仕業っすか?」
「そうだよ」
振り向いた先、野火先輩が携帯を片手に寂しげな表情をしていた。
携帯……あぁ、もしかして、
「今のはモスキート音ですか」
「光一君は聡明だね。そして耳も良い」
聴力検査で使われるモスキート音。今時はモスキート音を聴くことの出来るアプリがある。
ここで気づいたことがある。モスキート音を鳴らした野火先輩の顔色が優れない。まぁいつもなんだけどさ。察するに、
「先輩は今のモスキート音聴こえなかったんですか?」
「そうなんだよ……二十代なら聴こえる周波数なのに……僕には聴こえない……」
ネガティブというよりは純粋に落ち込んでいるだけの野火先輩。
モスキート音が聴こえなくて悲しいのは分かる。でも俺的には……え、これ聴こえないの?
「今の結構うるさかったですよ」
「え……そ、そんなにハッキリと聴こえたのかい……こ、これだよ?」
「はいハッキリと。うるさいです」
「そうか……僕では聴き取れない音が、若い光一君にとってはうるさいのか……僕は後輩に嫌な思いをさせてしまった……」
「出たよネガティブ。別に先輩は悪くないでしょ」
「いや僕が悪いんだ……今日だって聴き取ろうと何度もモスキート音を鳴らしたんだ……電車の中や研究室とかで」
「……それ大丈夫だったんですか?」
「電車の中ではヤンキーの高校生に胸ぐらを掴まれ、研究室では教授に舌打ちされたよ……」
あー……なんというかドンマイですね。つーか教授聴き取れたのかよ、教授っておっさんやジジイばかりだろ? なんで聴き取れるんだよ。なんで二十代の野火先輩が聴き取れないんだよっ。
「モスキート音を聴けない僕の耳はこの世には不必要なんだ……死のう……」
また出たよ、すぐ死のうとしやがって。本当に死にたかったら今すぐ死んでみろよこの口だけ根暗野郎。
こんなこと言えば野火先輩のゲキ弱メンタルは崩れ散るので口には出さず、代わりに励ましの言葉をかけよう。
「そんなに落ち込まないでくださいよ。ほら、他の周波数の音なら聴こえるかもしれませんよ?」
「他の……? 分かった、やってみよう……」
野火先輩は携帯を操作する。たちまち俺の耳を襲ったのは金切り声のような高くて劈く音。うるさっ、めちゃくちゃうるさいんだけど! でもこれだったら野火先輩も……
「今のは聴こえた」
「やりましたね」
「うるさかった……イラッとする、あぁストレスで死にたい……」
どっちにしろこうなるのかよ!




