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86 院

 四年生は忙しい。春は就職活動に明け暮れ、それが終わってもゼミや研究室に一日中こもってひたすら作業をやり続ける。やっと全てが終われば今度は新社会人としての準備に追われるのだ。考えただけで鬱になる。


 俺が想像しただけでこのザマなんだ。現四年生で、ドがつくネガティブ精神の野火先輩の心境は、


「あぁ消えたい……今すぐ消えてなくなりたい……」


 とまぁこんな感じ。ボサボサの前髪から覗かせるくぼんだ瞳は虚ろで、ずり落ちた眼鏡はなんとかギリギリ鼻柱に引っかかっている。


「消えたい……俺、消えっから!」


「主人公っぽいですね。エボン=ジュの前に論文倒してください」


「光一君はたまに面白いよね」


 まるで大半は全然面白くないみたいな言い方。少しショックです。悲しい。

 っと、俺まで暗くなったら部屋がお通夜状態だ。気持ちを切り替えて野火先輩に話しかける。


「大分お疲れのようですね」


「研究が大変でね、実験を繰り返す日々だよ……」


「そういや野火先輩は来年からどうするのですか?」


「僕は来年もここに残るよ。院生になるんだ」


「へぇ」


「そっか、知らないんだね……そうだよね……僕みたいな根暗陰険眼鏡の将来なんて光一君には露ほど興味ないに決まっているよね……」


「単純に聞き忘れただけですって。俺は先輩に興味ありますって!」


「え、僕に興味……ごめん、僕彼女いるから……」


「そっちの興味じゃねーよっ。ただのフォローだし、今の流れであなたの体狙うアプローチするか!」


 こんな人でも彼女がいる。俺にはいない。……俺もネガティブになったら彼女できるのかなぁ。いや、それはありえない。誰だよこんな根暗と付き合う物好きは。


「大学院に行くってことは、あと二年は一緒にいられますね」


 これからもよろしく頼みますよ~。テスト対策をはじめとする実験考察やオススメ研究室、果ては卒論まで手伝ってくださいっす~。


「一緒にいられる……ごめん、だから僕には彼女がいるから」


「だからそういう意味じゃないわ! 俺をホモ扱いするな!」

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