84 車
野火先輩は熱いコーヒーを啜る。湯気で眼鏡が曇り、どんよりした目が覆い隠される。それでも全身から溢れる負のオーラによって暗い雰囲気は拭えない。
この人が来るとこっちまで気が滅入るんだよなぁ。でも先輩だから強く言えないし、言うとさらに悪化するから言うべきではない。
「今朝、車のボンネットで猫が寝ていたんだ」
「あ、はい」
「僕は車に乗りたくてドアを開けた。すると猫は逃げていった。僕のせいで……猫の安らぎを邪魔してしまった……」
相変わらずのネガティブっぷり。つーか車持っていたんですね。
「それは仕方ないですよ。先輩は悪くないです」
「違う、僕が車を陽の当たる場所に駐車したせいなんだ……猫の睡眠を妨げてしまった……そうだお詫びに僕が永眠しよう……」
「あなた死にたいだけでしょ」
死にに行く理由に他人を使うなよ。この台詞を実際に言えるとは思ってなかった。
ブツブツ言って落ち込む野火先輩。今度は優しい言葉をかけてみるか。
「先輩は猫が起きるまで待っていたんでしょ? 出来るだけ待って、仕方なく車に乗った。十分に優しいですよ」
「いや割と露骨に舌打ちして手で追い払った」
「そのくせして自虐的なこと言ったのおぉ!?」
イラついているやん、猫に対してかなりイラついているやん!? 自分が追い払ったくせに落ち込んで死のうとしたの? ネガティブになる要素ゼロだろ。
「でも僕が我慢して車に乗らなければ良かったんだ。僕が徒歩でガソリンスタンドまで行けば良かったんだ……」
「まぁそうかもしれませんけど。あと先輩、徒歩でガソスタ行ってどうするの。ガソリン飲むの?」
「あぁ死にたい……ハイオクを一気飲みして死にたい」
「何ちょっとリッチに死のうとしてんだよ」
「ちっ、猫ウゼェ……」
「あなた割と性格悪いですよね!?」




