79 野火太郎
カタカタ、カタカタ。パソコンのキーボードを叩く音が止まらない。たまに混じって聞こえてくる声は暗くネガティブだった。
「卒論が終わらない……やはり僕は駄目人間だ……そうだ死のう」
「人の家で自殺しないでくださいよ野火先輩」
俺はパソコンと向き合う男性に注意する。
この人は野火太郎(のびたろう)先輩。同じ学科の先輩で四年生だ。ボサボサ頭、不健康な白い肌、くぼんだ瞳、と見た目はかなり根暗っぽい人だ。そして性格はもっと根暗。常にネガティブ発言を呟いている。
「死ぬならどの方法にしようかな。他の皆様には迷惑がかからない方法が良い」
「死ぬ前提ですか。いいから頑張って卒論終わらせましょうよ」
「待てよ……もし僕が亜人だったら死ねない……それどころか政府から拘束されて一生研究材料にされる……!?」
「何そのピンポイントな不安。そんなことありえないから大丈夫ですって」
「そっか、そうだよね。じゃあ安心して死ねる」
「ですねー……っていや死なないで! 思わず大丈夫って言った俺が悪かったです!」
野火先輩は自嘲癖があり、放って置いたら一人延々と鬱なことを言っている。その姿はあまり暗くて空気をどんよりさせるため、同じゼミの教授や仲間からも距離を置かれている。そんな空気不清浄機は今日も盛大なため息を吐く。
「卒論も終わらないし僕の人生もしばらく終わらない……いつ終わりを迎えられるんだ。そうだ自ら終わりにしよう」
「ネガティブやめてくださいよ。ほら作業進めましょう」
「僕、この卒論終わったら死ぬんだ……」
「死亡フラグっぽく自殺予告するんじゃねぇ!」




