37 変な子
「味噌バター飯塚さんがサボる時は休講になるってジンクスがあるの。だから味噌バターさんは毎日サボれば良いと思います」
安土さんと知り合って数日。二回目の来訪となる安土さん、今日も奇天烈なトークは健在。理解不能な話をしている。
「味噌バター飯塚さんって誰」
「三日尻君知らないの? じゃあモノマネしてあげますね」
「いやしなくていいから」
「味噌バターだからって必ずコーンがトッピングされていると思わないでよ!」
「す、すいません」
「あっ、ダブルクリック東さんがこの前ね~」
基本的に安土さんはフリーダムだ。勝手に話をして突然違う話題に変える。俺は混乱していく一方だ。
「ね、ねぇ安土さん」
「そしたら東さん歯が全部取れて……ん、何?」
今すっごい話をしてたっぽいね。なんで歯が全て取れたのか気になるが他にも気になることはある。
「前回聞きそびれたけど、なんで俺と会いたいと思ったんだ?」
最初は慎重にいこうと計画していたがもうどうでもいい。単刀直入に聞いてみた。
「知りたいです?」
「そりゃまぁ」
「じゃあお題。歯が取れた直後にダブルクリック東さんが放った一言は?」
なんで大喜利みたいなノリになっているんだよっ。面白い回答すれば教えてもらえるのか?
「あー……やったね、私がゾンビになっても噛めないから感染しないよっ」
「ワンワンミラキュルバチコーン」
「すいません呪文かけるのやめてください」
気に食わない回答だったらしく、安土さんは何やら念を込めた手を俺に突き出してきた。
「テンポが悪いし分かりにくい。もっとシンプルで言葉のインパクトを重視してみよう」
おまけに割とガチの講評をされた。何この子、キャラが全然掴めない。
「三日尻君、歯磨き粉を貸してもらえないでしょうか。新しい呪文を作ろうと思いまして」
「ご、ごめん俺ちょっと電話しなくちゃ。歯磨き粉は洗面台にあるの使っていいよ」
電話なんて嘘だ。俺は部屋を出てアパートの廊下にしゃがみこむ。
……全く意味が分からん! なんだあの子、頭のネジが取れてるってレベルじゃないぞ!
おいおいこれは現実か。ミスコンで優勝してキャンパス内を歩けば全員見惚れてしまう、そんは超美人の安土桃香さんが! 頭がおかしいなんて、嘘だろ……。神様、確かにパラメーターの平均化は大事ですがこれはあんまりだよ。
「結局どうして俺と会いたいのか理由聞けてねーし。はぁ、早く帰らねーかな」
最初は浮かれまくっていたが今となっては悩みの種でしかない。安土さんと部屋で二人きり、誰もが羨むシチュのはずなのにね。
「戻るか……」
気持ちを整えて部屋の中へと入る。安土さんはテーブルの上に歯磨き粉を塗って魔法陣を描いていた。
「あ、シャイニング三日尻君っ。見てくださいこの魔法陣、上手く描けました~」
変なあだ名がついてしまったことは嘆かわしいが無視しておこう。俺はタオルでテーブルを拭く。
「あ~、せっかく描いたのに……なんてことをするんですかシャイニング!」
「うるせー、絵の具みてーなノリで全部使いやがって。歯磨き粉は歯のないダブルクリック東に借りてこい」
「え、シャイニング三日尻君はダブルクリック東さんのこと好きなのですか?」
「なんでそうなるんだよ。頭の回路ショーしてんのか。このショートストップ安土」
「……」
あ、ヤベ。思わず五月女と話す時みたいな言い方をしてしまった。安土さんは俺の方をじっと見つめており、あぁやっぱ美人だなぁと思う一方で怒らせてしまったかと不安で……
「そろそろ帰ります」
「お、おう」
やっぱ怒っているよな……うぅ。いくら頭おかしい奴とはいえ、ほぼ初対面の女子に対する態度じゃなかった。しかも相手は美人さん。
「三日尻君」
落ち込む俺に声がかかる。振り向けば、靴を履き終えた安土さん。その顔は、笑っていた。
「とっても楽しかった。また遊び来ますねっ」
「へ?」
ドアが閉まって安土さんは帰っていった。怒っていないのか?
いやそれよりも。端麗な顔で無邪気に笑う安土さんの姿が目に焼きついて頭から離れなかった。やっぱ超美人だよな……頭おかしいけど。




