33 さらば実家、さらば垂水
リュックサックの底に単行本の束を入れ、その上から持ってきた着替えの衣服を押し込む。他に持って帰る物は紙袋に詰め込むか。よし、帰る準備は大体整ってきた。
「三日尻やっほー! 今日も遊びきたよ」
「帰れ」
今日も遊びきたという言葉が今の俺にどれだけのストレスを与えていると思う。昨日の合コン練習で俺に腹を蹴られたことはもう忘れたらしく、垂水は元気いっぱい遠慮なくベッドの上に腰かける。
「三日尻知ってるか? 玉木の家は結構デカイんだ。両親もアホじゃなかった」
「そういや玉木は?」
垂水は二日前から玉木の実家に泊まっている。昨日は二人揃ってウチに来たのに、今日の来訪者は垂水一人のみ。
「昼に中学の同級と遊ぶんだとさ」
「ふーん」
「だから今日は二人で遊ぼうぜ!」
「帰れよ」
何して遊ぼうか。鬼ごっこする?と子供みたいなウキウキぶりで垂水は話してくる。目を輝かせているところ悪いが、俺は垂水の前に立つ。
「帰れ」
「なんでだよ~。せっかく俺がこんな田舎まで来てやったんだぞ」
「帰る」
「……ん? どゆこと?」
見て分からないか。リュックサックを背負って両手に紙袋を持つ俺の姿を見て分からないのか? だったら口で教えてやるよ。
まさに今、嫌な予感がするんだけどな表情をする垂水に向けてズバッと言い放つ。
「俺は今からアパートに戻る。だから垂水、今すぐ俺の部屋から出ていけ」
「も、もう帰るのか? 普通帰省したら最低でも一週間はいるだろ。俺去年は一ヶ月は実家にいたぞ」
そうか垂水の家は一ヶ月も滞在を許してくれるのか。生憎だが三日尻家は滞在四日目の息子に対して舌打ちをするんだわ。
「とにかく決定事項だ。従え」
「ま、待てよ。俺は今、玉木の部屋を宿にしている」
知っている。それがどうした。
「荷物は玉木の部屋に置いてあって、玉木が外出中の今は家に入ることが出来ない。だから荷物を回収出来ない」
「何が言いたい?」
「この部屋を追い出されたらマジで行く場所がない……。マジで」
垂水の顔は深刻そのもの。頭を深々と下げて本気の懇願をする始末。
「せめて玉木が帰ってくるまで居させてくれ。頼む!」
この部屋は小学生の頃から使ってきた馴染み深い部屋なんだけどさ、まさかこの部屋で土下座を見ることになるとは考えてもみなかったよ。垂水の土下座は良いフォームで、金髪を床にこすりつける様は無様を通り越して哀れだった。
……俺は荷物を下ろすと、垂水のそばに寄る。垂水は俺や玉木に会いに、遠い見知らぬ土地にまで一人で来たんだよな。友達として、こいつを見捨てるのは、
「垂水」
「お、おぉ三日尻ぃ……!」
ピロン、と送信。俺は垂水に向けて携帯画面を見せる。鼻水を垂らす垂水が見つめる画面には、ネットカフェのホームページ。
「近くにあるネカフェのURL送ったから。じゃ、そゆことで」
「お前見捨てるのかよぉ!」
当たり前だろうが。こちとらお前や玉木の顔が見たくないから一足先にアパートへ帰るんだよ。あ、一番近いネカフェを教えたけど交通機関使っても一時間以上かかるから頑張って。
「ほらさっさと出ろ」
「い、嫌だぁ! もっと三日尻と遊びたい!」
それこそ嫌だわ馬鹿。これに懲りたら大人しく自分の実家に帰れ。
泣きわめく垂水を玄関から叩き出した俺は全速力で走る。そりゃもう本気で走って逃げる。とても帰省した大学生のすることじゃない。
「ま、待てよ三日尻!」
「待つかバーカ!」
この辺の地理は断然俺の方が詳しい。曲がり角を駆使したり、昔使った近道やご近所さんの庭を通って垂水を撒く。そして丁度良いタイミングでバス停へと向かって、
「ぜぇ、ぜぇ……あっ!?」
俺がバスに乗り込んだところで垂水が追いついた。だが遅い。垂水はバス停から遥か遠くの曲がり角にいる。もう、追いつけない。
「じゃあなー」
「うわああぁぁん!」
バスは発車し、垂水の姿は点になっていく。逆ドナドナの気分だ。逆ドナドナって何? ぶはは。
さてと、アパートに戻りますか。




