25 鍋
「今日の晩ご飯は鍋がいいっす」
「このクソ暑い日に鍋だと?」
今日の最高気温は三十五度だぞ。そんな日に鍋をするなんて正気の沙汰とは思えない。
「何言ってるんすか、暑い今の時期にこそ鍋をするべきっす」
五月女はなぜかドヤ顔で語りだした。鍋は寒い冬に楽しむのが定番だと思うんだけどな。いいか、今は夏なんだ。冬じゃない。あぁ冬じゃない。季節は夏なんです。そこんとこよろしくお願いします。
確かに鍋パってのは大学生には必要不可欠な存在だ。みんなで鍋を囲んでワイワイと賑わって暖まるのは宅飲みの醍醐味だろう。ただし寒い日限定な。夏に鍋パとか聞いたことない。
「ねぇいいでしょ~、っす」
「はいはい分かったよ」
「てなわけで鍋の始まりっす!」
材料を買ってきてガスコンロと土鍋を用意。この時期にも鍋の素が売ってあるとか知らなかったわ。
「じゃあまずは鶏肉を入れて……」
「まずは冷房を入れるっす」
ピッ、の音と共に我が家のクーラーが起動する。心地良い冷風と鍋から溢れる湯気に挟まれる形に。
「冷房つけるのかよ!」
「当たり前じゃないすか、夏の鍋に冷房は必須っす」
五月女は白菜やネギをドバドバ投入しながら語る。どうでもいいけどお前雑だなっ。もっと見た目を重視して具材を入れて……あぁもういいや。
「冷たい風と鍋の熱気、このコンストラストがたまらないんすよ~。ふふっ、こりゃもう贅沢っす♪」
まぁ汗ダラダラで鍋をつつくのは嫌だからな。五月女の言い分を受け入れよう。こいつ鍋じゃなくても勝手にクーラーつけるし。ちょっと俺こいつに甘くね?
「さぁどんどん煮込んでいくっすよ!」
「おーイェーイ……ん、あ、あれ……風が来ない?」
「へ?」
鍋から上がる湯気と熱気に包まれた部屋。冬なら大歓迎だった。だが今は夏だ。
「うぅ~、暑いっす、暑いっすぅ!」
汗を流し、必死の形相で豆腐を食べている五月女。かく言う俺も汗ダラダラだ。額に滲む汗をぬぐうのが無駄だと察したのは結構前のこと。汗が雫となって頬を流れ落ちる不快感なぞ既に慣れた。
「がぁ……まさかクーラーが壊れるとはな」
クーラー突然の死。それは鍋が地獄となることを意味した。ただでさえ気温が高くて暑い部屋なのに、そこで鍋をしているんだぜ? やはり正気の沙汰じゃない。
これはもうサウナだ。豆腐やら鶏肉をグツグツと煮込むコンロの火が憎くて仕方がない。何ならガスコンロを発明した奴、果ては火を発見したことにすら怒りを感じる。人間の文明この野郎。
「もう嫌っす……暑い、熱いっす!」
「が、頑張れ五月女。あと少しで完食だ」
苦行にも似た激闘の末、鍋の材料はほとんど食べ尽くした。なぜ中断しなかったのは疑問に残るが、とにかく俺達の勝ちだ。
「……シメ」
「え?」
「まだシメの麺が残ってるっす……」
ふとテーブルを見る。うどんの麺が二つ、ドドンと置かれていて……。
俺は黙ってシャツを脱ぎ捨てた。
「うー、三日尻君だけ薄着になってズルイっす」
「薄着っつーか上半身は裸だけどな」
別に五月女相手に恥ずかしさは感じない。と言いたいがさすがにパンツ一枚や全裸は無理かも。
そもそも夏の季節に鍋をやって全裸とか謎すぎる。プールサイドで柔道着を着て将棋をやるようなものだ。例え意味不明。
「三日尻君だけズルイっす。じ、自分も……」
「やめとけって。お前女の子だろ」
「でも暑いっす!」
クーラー壊れてホント申し訳ないよ。だけど脱ぐのは勘弁してもらえますか。
「うぅ~……!」
「まぁドンマイ」
唸る五月女と共に俺はシメの麺も平らげた。そして夏の鍋は二度としないと誓った。




