19 パソコン
珍しく今日は誰も家に来ない。久しぶりの一人ぼっちだ。一人暮らしなのに一人自由に過ごせる時間がないってどういうことだよー。なんでだよー。
よし、今日は一人の時しか出来ないことをやろうではないか。え、何って? そんなの決まってる。
「げへへ、パソコンを……ん、電話?」
ワクワク気分でパソコンを起動していると携帯が震えた。画面に映る『五月女乙葉』の文字。
スピーカーをオンにして通話を開始。テーブルに置いた携帯からは五月女の声が聞こえてきた。
『やっほー、三日尻君元気っす~?』
「電話なんかしてどうした?」
『三日尻君の声が聞きたかったっす、きゃー!』
「あぁ、暇なんだな」
『むぅ、三日尻君はノリ悪いっすね』
姿は見えないのに、五月女が頬を膨らませて半目で睨む姿が頭に浮かぶ。まぁこいつの声は喜怒哀楽の判別がしやすい。
俺は通話を続けつつパソコンでの作業も始める。脳内での処理的にはパソコンと五月女の比率は7:3ぐらいの配分。
「今日はウチに来ないんだな」
『今、友達とレポートやっているんっす。全然終わらないっすぅ」
ふーん。友達と集まってレポート作業しているが終わりが見えず、一旦休憩しようとなって今ダラダラしているんだろうな。
「友達といる時に自分から電話かけるなよ。嫌われるぞ」
『……ん、そうだよ。うん、三日尻君と話している……えへへ』
あれ、これは……あぁ。どうやら向こうで友達と会話しているらしく、五月女の声と微かに他の女子の声が聞こえる。
電話かけたくせに俺放置かよ。だったら俺もやりたいことやろう。慣れた手つきでお気に入りの動画サイトへアクセス。
『ん、大丈夫だよ。今日はレポート終わるまで行かないって決めたの』
何やら向こうで盛り上がっている。俺も早く盛り上がりたいよ、アソコ的な意味で。サイテーっす~。動画を探すっす~。
「おい五月女、用がないなら切るぞ」
『あー! 待つっす待つっす、もっと話すっす』
「いや俺とじゃなく友達と話せよ。もしくはレポートやれ」
『三日尻君はホント冷たいっすね』
「あのな、俺だって色々と忙しいんだよ」
忙しいから切るな、と言うつもりだった。
しかし不意にパソコンの再生ボタンをクリックしてしまった。部屋に響く、女性の喘ぎ声。そりゃ甲高い声でエロティックで……
「はっ!?」
携帯から、何か不穏なオーラが発せられている。し、しまった……スピーカーの状態だから今の音が……
『三日尻君、なんすか今の声』
「な、何のことだよ。気のせいじゃないか?」
『忙しいって、何っす? 今、何をしているんっす?』
五月女の喜怒哀楽は分かりやすい。だけど……こ、こんなにも怒っている声は聞いたことがない。重くて低い、唸るような声。途端に俺の汗は止まらない。
『みんな、私帰るね。今すぐ行かないといけない場所があるの』
「落ち着け五月女ぇ! 何もないなら、何もやってないから、まだ厳選しているだけだからーっ!」
『三日尻君、そこから動いちゃ駄目っすからね』
ブッ!と通話が切れる。あ、ああ、うわああぁ……俺は今からどうなってしまうんだ……!?
震える体と止まらない汗、大きく息を吸い込む。もう逃れようがないか……。俺は諦めてパソコンを閉じて玄関の前で正座をすることにした。