16 ケーキ
午後九時。それは夕食を終えた後のこと。事態は深刻を極めていた。
「五月女帰れよ」
「嫌っす」
頑なに帰ろうとしない五月女。意地でも動かないとテーブルにしがみついて俺を睨んでくる。
対する俺も渾身の目力でガンを飛ばす。これは、譲れない。
俺と五月女、二人の間に置かれてあるのはショートケーキ。大きな苺が乗った、見るからに美味しそうなケーキだ。
「これは俺が買ってきたんだ。お前に食べる権利はない」
「嫌っす食べたいっす。ショートケーキを目の当たりにして大人しく帰れるわけがないっす」
「女だからって俺が甘やかすと思うなよ……!」
「そっちこそ女子のスイーツ魂を見くびらないでほしいっす……!」
かれこれ半刻は続く威嚇のやり合い。目線で火花散らす緊迫した攻防はいつ終焉を迎えるか。その終焉は果たしてハッピーか、それともバッドエンドか。
「状況を整理しよう。まず俺らは近くの定食屋で晩飯を食ってきた」
「自分はミックスフライ定食で三日尻君は焼き魚定食だったっす」
そこは別にどうでもいい。大学生の寝てねーわ自慢ぐらいどうでもいい。
「食べ終わってその場で解散するはずだった。実際解散した。それぞれ帰路に着いたはずだ」
「けど自分はピンと来たっす。コナン君のアレが降りてきたっす」
待てよ、そうか!ってやつな。あれマジで便利だよね。ってそんなこともどうでもいい! 俺は力強くテーブルを叩く。
「俺が楽しみにしていたショートケーキを冷蔵庫から取り出した時だ。お前は部屋に突入してきた。加えて当然のように『ズルイっす! 三日尻君だけ一人で何食べようとしているんすか!』と不当な文句を言ってきた」
「自分の真似っすか? 似てないし声キモイからやめてくださいっす」
いつもの元気で活発な声じゃない。低くて威圧する声で五月女。そ、そんな辛辣な言い方しなくてもいいだろっ。
五月女の冷めた半目に気圧されかけたが、再び目に力を込めて睨み直す。
「しょうがないっす」
五月女はテーブルから手を離した。やっと諦めたか? なんてのは刹那にも満たない勘違い。
五月女は小さく息を吸って吐くと俺の真横へと移動してきた。カチッ、と何かスイッチの入る音が聞こえたような気がした。
「ねぇ、三日尻君……ケーキ食べたいっすぅ。お願いっす……うるうる」
パッチリと大きな瞳はうるうる潤んで、俺の顔を上目遣いで見つめてくる。懇願するような瞳、キュッと結んだ桜色の唇、極めつけは五月女らしからぬ甘ったるくてとろけるような声。
「三日尻君、お願いっすぅ~」
「あのな、甘えるならその語尾なんとかしろよ。全然グッとこねーから」
「むぅ~、なんなんっすか!」
リスみたいに膨らませた頬はピンク色、目に力を入れすぎたせいなのか五月女の目尻からちょっと涙が零れている。
「俺には効かねーよ」
俺は迫ってくる五月女から顔を背ける。背ける。じゃないと、アレだから。
……あ、あっぶねー。何だよ今の顔……めちゃくちゃ可愛いだろ。
心臓が激しく暴れる。俺は今、完全にドキドキしていた。
「? 三日尻君?」
クールに突っぱねたけど実際はギリギリだった。あと少しで顔が真っ赤になっていたからね俺!
何さっきの上目遣い、可愛すぎるだろっ。それに、頬を膨らませる仕草で怒った感じとかさ。ぶりっ子と分かっていてもグッときたわ!
「おーい、どうしたんすー?」
一緒にいる時間が長くて忘れかけていたが、五月女って可愛いんだよな……。整った端麗な顔、大きな瞳は超キュート。
そんな子が近い距離で甘えた声と甘えたポージングしてきたら動揺しない方がおかしい。上目遣いって半端ねぇー! ああぁぁでも相手は五月女だぞっ。甘えた声だろうが……う、うぐぐっ。
「ぐおぉ耐えろぉ……!」
「ケーキ食べるっすねー」




