101 クリスマス後
「ぐぽぽ……」
白目を剥いて涎を垂らす垂水が立っている。ただのホラーである。
「こいつどうしたん?」
「僕に言われてもねぇ」
玉木に助けを求めるが玉木も訳が分からないと肩をすくめるばかり。
「おい、垂水?」
「げれげれ、あぎぎ」
会話ができている気がしない。たまに脈打つかのように体を震わせて舌を吐き出す垂水。ヤバイよこいつ。レッドピラミッドシングに遭遇した以来の衝撃だ。
「意外な一面ってレベルじゃないぞ……な、なぁ何か言えよ」
「びびぎぎひぬぬぇ」
「ごめん一旦奇声をやめようか。本気で怖い」
突如部屋にやって来たと思えば直立したまま動かない。意識があるかさえ定かではない。
「玉木、お前行けよ」
「えぇ~、なんで僕が」
「一応お前の先輩にあたる奴だぞ。後輩として話しかける義務がお前にある」
「学年的にはそうだけど僕は垂水を先輩として見たことは一度たりともない」
「じゅじゅ、ででへぬへぬっ」
「おいおいなんか唱えているぞ玉木が失礼なこと言うから!」
「微振動して涎がスプリンクラーのように飛び散っているよ!?」
何をするか分からない恐怖に慄きながらも玉木は意を決し垂水に近づく。俺は呪いを受けたくないので部屋の隅に移動する。作戦、自分の命だけは大切に。
「垂水~?」
「ぎゃぎゃ」
「何かあったのかい?」
「けょすづぷぷり」
「え、そんなことが」
なんか会話が成立してるっぽいけど? なんで玉木はあのモンスターと意思疎通できてるの!?
「るらひねこまんたった」
「ふむふむ」
「しーじっぶぁっぷつつ」
「なるほど」
「てっからどがふこぽぽぉふひぃ」
「え、今ならスタンプカード提示で大盛り無料なの?」
「どんな会話してんだよ! 絶対おかしいよな!?」
その後も会話は続き、玉木はこちらへと帰ってきた。
「一通り聞いてきた」
「本当かよ……」
「昨日のクリスマスで隣の部屋がずっと騒いでいたらしい。男女数人の楽しそうな笑い声を一人寂しく聞き続けた垂水は心を失ったんだってさ」
「がぎぎ、そのとおり、びぐく」
「あいつちょっと喋ってない!?」
と、ともかく事情は把握した。要はリア充達のハッピークリスマステンションを夜中じゅう食らって垂水の自我は崩壊したってことね。てゆーか訳した玉木が何気にすごい。
「それは気の毒だったな。ケーキ余ってるけど食うか?」
「……こぽぽぉ」
「僕もいただいていい?」
昨日食べきれなかったケーキを二人に差し出す。垂水は渡しても微動だにしない。
「た、食べないん?」
「僕が会話してみるよ」
ありがとう。もう玉木なしでは垂水と会話することも出来ないのか。一人の友を失ったようだよ。
「すーぬんすーぽぶひひぃ」
「ケーキを顔面にぶつけてくれってさ」
「本当かよそれ!?」
「よーし任せて。僕はパイ投げの名手と呼ばれ、たらいいのになぁ」
「ただの願望じゃねーか!」
「一日遅れのメリークリスマァス!」
玉木はノゴロー君並みの勢いで垂水の顔面にケーキを投げつけた。パァン!と衝撃音や生クリームが飛び散る。
「……」
「……」
「……め」
め?
「めりーくりすます……こぽぽぅ」
「「お、おう……」」
垂水の悲しげな声に、俺らはそっと頷くしかなかった。そんなクリスマスの翌日。