なにも知らない
空港、そこには一組の夫婦が降り立つ。
久しぶりの日本に、二人は笑顔だった。
「千羽蓮司様、奈央様ですね」
一人の女性は自ら千羽夫婦を出迎える。
突然の予想外に、夫妻は目を丸くした。
「私、高木ホールディングスの高木瞳と申します」
ニコリと笑み、瞳は名刺を出す。
その途端、プライベートだった蓮司は仕事の顔に切り替わる。
「これはどうも。こちらは名刺が無いものですみません」
契約期間を終え今は無職状態、これから吟味する予定だった。
「一応契約依頼は出したのですが、やはり直接お会いしたくて…これから食事でもどうですか?実は料亭を用意しているんです。勿論、奥様の分も」
「まあ、料亭!」
駆け引きが始まっているのだと知らない奈央は、久しぶりの和食に目を輝かせる。
「申し訳ありませんがお断りします、仕事の話は後日にお願…」
「仕方ありませんね、とても有名な落陽というお店を用意していたのですが…」
「落陽!」
それは、夫妻が予約しようとして出来なかった店だった。
予約は先まで埋まり、キャンセル待ちも多い。
「蓮司さんお願い、行きたいわ」
奈央の懇願に蓮司は弱い。
蓮司はどうするか考えると言葉を紡ぐ。
「契約の話はしないこと、それでもよろしいですか?」
「勿論、構いませんわ。ではうちのリムジンまでご案内致します」
後ろを向いた瞳はニヤリと笑った。