2-1蜘蛛狩人
蜘蛛狩人
糸巻き蜘蛛(クモ目コガネグモ科)
体長 二十センチ程度
営巣場所 森林
食性 動物食性
蜘蛛狩人が主に捕獲するのは『糸巻き蜘蛛』である。二十センチ
程度と蜘蛛の中では大きい部類に入るが、巨大とは言えない。牙に
麻痺系の毒を持ち、自分の大きさより大きい生体を捕獲する事もあ
る。しかし、人を襲い捕食することはない。
糸巻き蜘蛛は、麻痺をさせた生物を尻から出す糸で繭玉状に覆う。
その後、巣である樹の洞に持ち込み、繭玉の中でゆっくりと食事を
行う。
蜘蛛の出した糸は強靭で、人の力では割けないくらいだ。麻痺を
受けた生物は、例え中で麻痺の痺れが解けても繭の糸を引き裂き、
外に出ることは困難であろう。
「糸巻き蜘蛛の痺れ毒は強力だ。耐性の低い奴らが、蜘蛛に噛まれ
ると、かなりの確率で痺れて動けなくなっちまう。獣でも、人でも
同じにな」(熟練狩人談)
「前に御貴族様の護衛依頼をした時、連れてた猫が逃げ出して糸巻
き蜘蛛に捕まっちまったことがある。まあ、運よく捕食前に助け出
せたんだがな。ただ、繭玉から助けるのは手こずった。手じゃあ繭
が割けねえんで、鉄の短剣で中の猫傷つけないように繭玉切るのは
面倒だったぜ」(冒険者談)
冒険者の話から分かるように、繭玉を切るには最低でも鉄系の道
具が必要となる。それを使用したとしても、すんなりと切れるわけ
ではなく、結構な力を要するようだ。
糸巻き蜘蛛は動物食性で、基本的に成虫になった後は単独生活を
送る、亜社会性の生物である。森林地帯を主な営巣地とする。巣は
大樹の洞や、岩の隙間にできた空間等を利用する。糸で巣を張り、
獲物を待つことはせず、隙を見て捕食対象に素早く襲い掛かる行動
で獲物を仕留める。
雌は受精後、営巣場所に複数の卵を産み、幼虫が成虫になる間ま
で世話をし、成虫後は速やかに巣立ちをさせる。残念なことに、雄
雌雄の判別については、現状では判明されていない。又、そのこと
に伴い受精方法についても謎に包まれている状態だ。
糸巻き蜘蛛は中々見つかりにくい生き物である。狩りはとにかく、
広範囲の森林の中を散策し対象を見つけることに費やされる。一ヶ
月に一体の捕獲ができれば良い方だという。見つからない時は、二
〜三ヶ月は見つからないこともあるとのことだ。よって、糸巻き蜘
蛛の組合での取引単価は高い部類に入る。
この蜘蛛がなかなか見つからない理由として、獲物を捕獲する為
に身を潜めている時間が多いことと、獲物を狩るために気配に敏感
なこと、単独生活を送っているために敵意に対して敏感なことと、
複数の要因が挙げられる。冒険者の間では「斥候蜘蛛」と呼ばれる
こともあるそうだ。
これらの要因に対応するため蜘蛛狩人は捜索技術や、気配を遮断
する技術に比較的優れている。そのため、他の狩人の狩りに同行を
依頼されることも多いとのことだ。逆に、他の者の気配を悟られる
ことを嫌うため、蜘蛛狩りは単独で行われることが一般的である。
「もし、糸巻き蜘蛛が身を潜めている状況で発見したとしても手を
出してはいけない。例え、俺が気配を消して近づいたとしても、奴
らは敏感に反応して逃げてしまう。基本、捕獲するのは相手が獲物
を捕えて糸をある程度巻いた段階だ」(蜘蛛狩人談)
ちなみに、繭玉を作り上げ運ぶ段階の方が捕獲は楽に思えるが、
糸巻き蜘蛛は作り上げた繭玉を放棄して逃げてしまうとのことだ。
彼らは巣に餌である繭玉を貯蔵しているため、身の危険を察知した
時は、逃げることを最優先で選択するようだ。
「あの蜘蛛は捕らえようとしても、簡単に獲ることはできないな。
旅をしている際に、まれに遠目から見かけることはあるんだが、そ
の時にはもう逃げだしている。あの大きさで鬱蒼とした森の中に逃
げられると、あえて見つけ出す気にはなれないよ」(冒険者談)
糸巻き蜘蛛が高値で取引される理湯は、名が示す通りに彼らが生
み出す『糸』にある。糸は、その強靭さから優秀な縫製の素材とし
て取り扱われる。
蜘蛛達は生きたまま捕えられ、餌を与えられ、繭玉を生産するこ
とに使われる。
「一つの繭玉の大きさは鼠位の大きさが理想的です。猫や小型の犬
位は捕食対象とする糸巻き蜘蛛ですが、繭玉の中が大きくなれば、
それだけ空洞も大きくなるので運搬の際にかさばるのが嫌がれるみ
たいですね」(糸巻き職人談)
製糸場で糸巻き蜘蛛達は大事に扱われる。個々に巣となる箱を与
えられ鼠等の生きた餌が与えられる。蜘蛛達からは虫系統の餌は好
まれないため、与えることはないとのことだ。
そして、定期的に貯まった繭玉は回収され糸巻き職人たちの手に
渡ることになる。この糸は、「養殖糸」と呼ばれ取引きされる。
生産所で飼われた蜘蛛の寿命は三年程度と短いく、糸巻き蜘蛛は
常に需要があるとのことだ。
養殖糸より、貴重な物として「天然糸」がある。これは、森林に
住む糸巻き蜘蛛の巣から取られる繭玉を加工して取られた糸を指す。
「巣を見つけることは珍しいことではない。運が良ければ繭玉の中
で食事をしている蜘蛛を同時に獲ることもできる。但し、それは大
抵夜間になるがね。日中は餌を取ることに専念し、夜間に食事をす
るのが糸巻き蜘蛛の基本だからね」(蜘蛛狩人談)
単独で狩りを行う、蜘蛛狩人は夜間に行動することはないため、
彼らが巣から蜘蛛を獲ることはない。又、巣から繭玉を取ると蜘蛛
は巣を放棄するため、定期的に繭玉を取ることは出来ないとのこと
だ。
ただ、珍しく同行を依頼した熟練の蜘蛛狩人は、森林の途中で私
に待機を指示すると、一人で森の奥に入り込み、しばらくすると幾
つかの天然繭を持ってきて持たされた篭に入れることを、何回か繰
り返した。
「わしは、巣を定期的に回って天然繭を仕入れることが出来る。や
り方は秘密じゃよ。狩人組合からも了承を得ている。あまりこの技
術が広まると乱獲の恐れがあるからなあ」(熟練蜘蛛狩人談)
天然繭で紡がれた糸を使った外套は、深い森の緑を切り抜いたよ
うな濃い翡翠色をし、非常に高値で取引される。買い取るのは専ら
王族か公爵級の貴族とのことだ。
天然繭の捕獲量から数年に一着が仕立てられるかどうかという。
養殖糸で縫製された衣類でも、貴族でなければ買えない値段で取引
きされる。
「最近は耳人族の産み出す純白のエルフ布の人気が高まりつつあり
ますが、蜘蛛糸の需要が減ったわけではありません。強靭で持ちが
良く美しい蜘蛛糸の人気は簡単に衰えるものではありません。
もし、糸巻き蜘蛛の雌雄判別や、受精方法が分かれば大きな発見
として取り扱われることでしょう。糸巻き蜘蛛はそれだけ、必要な
生体素材と言えます。ただ、狩人の方々は望まないでしょうけど」
(狩人組合担当者談)