火間虫狩人
火間虫狩人
洞穴火間虫(ゴキブリ目ゴキブリ科)
体長 50〜60センチ程度
営巣場所 森林 営巣は洞穴
食性 幼虫・成虫共に雑食性
火間虫狩人ほど報われない狩人はないであろう。彼らに持たらさ
れる依頼は「駆除」又は「雌雄の捕獲」であり依頼対象は、「洞穴
火間虫」である。
火間虫いわゆるゴキブリは、小型の物は嫌悪性昆虫と言えるが、
大型になると雑食性と繁殖性から脅威と言わざるを得ない。
特に巨大といえる「洞穴火間虫」の駆除は、狩人組合に依頼が持
ち込まれた段階で「緊急依頼」として処理される。
「狩人組合としては、所属している狩人に巣穴を発見次第「報告」
することを義務づけています。
もし、部落や村から組合に巣の駆除が「依頼」とし持ち込まれた
場合はかなりの数で、繁殖している可能性が高いからです。
又、報告を怠った狩人には狩人組合では罰金、一定の兆候がある
にも関わらず依頼を行わなかった村等の代表へは、所属する領主か
ら罰則が行使される場合もあります。」(狩人組合職員談)
洞窟火間虫は、その名の通り洞窟内で繁殖する。一夫一婦制の亜
社会性の昆虫であり、親や巣立ち前の成虫は、幼虫を外敵から守る
ために一定期間、営巣地で行動を共にする。彼らは、暗く湿った場
所を好むため、一般的には森林地に存在する大きめの洞穴等を営巣
地とし好む。
営巣地である洞穴内では、最低でも三十匹、多ければ五百匹を超
える火間虫が生息している。
雌は春から秋にかけ多くの卵を産卵する。卵は卵鞘(らんしょう)
という入れ物の中に三十個程納められ、ひと月ほどで幼虫が孵化す
る。
孵化後、幼虫姿で越冬し二年ほどで成虫になる。越冬に耐えきれ
ず死亡する幼虫もいる。死亡した幼虫は、営巣内での食糧となる。
洞穴火間虫は、夜行性である。主に夜間に徘徊し食糧を探す。雑
食性で、植物性、動物性問わずに何でも食べる。毒性の植物を食べ
死んでいる姿がたまに森林で見かけられる。
さすが固い樹木は食べることはないが、朽木や樹皮等は餌となる
ようだ。捕食活動は、雄が行う。営巣地の成虫を伴い少数の群れで
行われる。一つの群れ(班)は普通五〜六匹程度である。
ちなみに雌は、営巣地で産卵活動や、幼虫を守る役割を担う。雌
や幼虫の餌は、雄の糞である。
一つの営巣地で交尾を行うのは、親のみで子は五〜六年程で巣立
ちを行い自らの巣を探す。
巣を持つ雄は昼は交尾、夜は捕食活動を行うため寝る暇がない。
その為、他の個体より強靭な場合であることが必要とされる。
たとえ巣立っても弱い雄は、雌から相手をされずに野垂れ死にす
る。営巣地では爆発的に繁殖するが、それ以外では繁殖しない主な
原因の一つとされている。
又、彼らが繁殖できるほどの大きさの洞穴を探すまでの間に、他
の生き物に捕食されてしまう場合もある。
たとえ、手ごろな大きさの洞穴を見つけたとしても先住する生き
物により追い払われたり、捕食されてしまう場合もある。
「洞穴火間虫も、捕食活動をしている班や、巣立ちで単体活動をし
ている場合は、それ程の脅威ではない。顎の力も対して強くないの
で革鎧程度の防具をしっかりと身に着けていれば致命傷に至ること
はないからな。それに、班を攻撃したからと言って、別の班を呼ぶ
ような行為もしないしな」(火間虫狩人談)
洞穴火間虫が、狩人組合から危険視される大きな理由は、高い繁
殖性である。先述の冒険者が言うように単体や班では脅威とはみな
されないが、極まれに強い雄と、繁殖性に優れた雌が番となり大繁
殖が行われる場合がある。
小さい洞穴を営巣地にした場合は、共食いが発生し繁殖が抑えら
れるが、大きめ洞穴で生殖行為が行われた場合は通常より多くの成
虫が育つことになる。
こうなると、活動する班の数が増大し、周辺の植物や小動物、鹿
等の草食動物を食い尽くし、しまいには熊や猪、そして人も襲い始
める。
大繁殖の前兆として、まず森林の朽木や植物が減り始め、いたる
ところで毒草を食べた洞穴火間虫の死骸を見るようになる。
次第に骨のみが残され様々な生き物の遺体が見受けられるように
なる。
このような段階になると、森林内のどこかの洞穴で大繁殖が発生
していることがほぼ確定する。耳人族はこう語る
「私達耳人族が管理する大森林において、洞穴火間虫の大発生は考
えられない。いくら夜に行動することが多いからと言っても、定期
的に森の様子を見れば火間虫の死骸の量の違いなんてすぐに分かる。
大発生が起こる原因は森林管理がずさんだということだ」
(旅の耳人談)
洞穴火間虫が嫌われる大きな理由は、やはり「見た目」による嫌
悪感である。又、表皮に油分を多く発生させ、滑りやすく、触れた
後もベトベトとした油がつくことも嫌われる理由だ。
「一度、複数の班に遭遇して戦闘になったんだが、奴ら単体じゃあ
襲い掛からず必ず班単位で飛びかかるんだ。
それに、明かりに向かって飛ぶ習性があるから松明持ちに群がり
やがって、こっちは明かりを見失うはめになっちまう。
撃退には成功したけど、松明持ちだった奴は、防具のない部分を
噛みつかれてケガはする。
それに、死骸からとれる素材もありゃしないから、あんときゃあ、
踏んだり蹴ったりだったぜ」(冒険者談)
そんな嫌われ、厄介な洞穴火間虫を主な狩りの対象とする火間虫
狩人。彼らの狩りは比較的単純と言えよう。昼間の間に、営巣地で
ある洞穴を見つけ出し、洞穴の出入り口を全て土魔法で塞ぎ、わず
かに開けた穴から松明を放り投げるだけである。
この時、洞穴の少しの隙間でも全て探し出し確実に塞ぐことが重
要だ。これを怠ると塞ぎ損ねた隙間から一斉に洞穴火間虫達が逃げ
出し周囲に拡散し逃げられてしまう。
「一番重要なのは、火起こし前の念入りな調査と言えよう。これを
怠ると巣穴の駆除は確実に失敗する。巣の駆除の時は、組合に所属
する火間虫狩人総出で行う。
火間虫狩人以外の狩人や冒険者が、我々を真似て同じことを試み
ると大抵、隠れた出入り口を見逃して、そこから波のごとく奴らが
拡散をしてしまう。
まあ、だいたいその光景を一度見ると、次からは真似ることはな
いようだがな。拡散しても朝までにはまた巣に帰ってくるから、出
てきた出入り口を塞げば、再度失敗する事はないのだがね」
(熟練火間虫狩人談)
「一度、見よう見まねで、洞穴火間虫狩りをしたことがあるんだが、
こっちとしては確実に全ての出入り口を塞いだと思っていたんだ。
だけど奴ら、見た目の大きさと違ってちょっとしたスキマみたいな
ところからも、えらい勢いで逃げだせるんだ。
大発生しているだけあって、見逃した隙間から次から次へと湧い
て出てくる。こっちは、もうその光景に足がすくんで動けなかった
よ。もし、夜間のように奴らが襲い掛かって来ていたら命はなかっ
たろうね。」(若手冒険者談)
ちなみに、「雌雄の捕獲」を条件とした狩りをする場合は、夜間の
巣立ちをしている雌を見つけ捕まえるのが基本である。
雄は、捕食活動で年中夜間に巣穴の外で活動をしているため、捕
獲はいつでもできるが、巣立ち以外に営巣地から出る事のない雌を
捕獲するのは多少根気がいる狩りになるとのことだ。
無理をして巣に入り込むと多数の洞穴火間虫にたかられる危険が
伴われるので、そのような狩りをする狩人はいないとのことだ。
洞穴火間虫の駆除依頼は、洞穴火間虫狩人に限定され出されるた
め他の昆虫駆除よりやや高額な依頼料が支払われる。そのため、理
解をしていない冒険者が依頼人に直接交渉して狩りを引き受け、先
述のような失敗をすることがあるようだ。
しかし、大繁殖は数年に一回ほど発生する程度であり、彼らが生
活していくのは困難だ。又、火間虫を狩るため偏見も大きく、一般
人から嫌われていることも多い。狩人組合の関係者はこのような差
別的行為に対して強く語る
「たまに、都市部の飲食店から火間虫狩人の立ち入りを断られると
いった行為が、組合側に報告されます。組合としては、そのような
差別的行為に対しては断固として抗議を行っています。
担い手が少ない、貴重な専門狩人で、狩りの料金も単純なわりに
高額なように見えますが、綿密で迅速かつ確実な調査を必要とする
ため、難易度の高い狩りとして認められているからです。」
(狩人組合幹部談)
「実際のところ、俺たち別狩人の意見としちゃあ、「火間虫狩りの奴
らは、よくやるな」としか言いようがないね。料金は高額だが、捕
れる素材もないし、駆除前の調査に掛ける人員を考えると、割りに
合わないんじゃないかと思っているんだ。」(狩人組合所属狩人談)
では、彼らは生活するためにどうしているのか。実は、洞穴火間
虫の生態調査と研究を常に狩人組合から委託されているのである。
そのため、彼らは居住区から離れた場所に住み、日々、洞穴火間虫
を捕獲し、研究しているのである。
「彼らは住居に他人が入ることをひどく嫌がるんだ。そのせいで、
研究資料を盗まれることを気にしているとか、実は研究費を蓄えて
結構いい暮らしをしているとか、色々と変な噂が流れるんだけど。
そん時は、手が空いていた俺を、雌の捕獲時の護衛に雇った狩り
の帰りで、手間取ったから少し遅くなっちまたんだ。
まあ、彼としてはさすがに夜の森を一人で帰れとは言えないわけ
で、不本意だろうけど家に招いてくれたんだ。
石組みで、大きめの丈夫そうな家なんだけど、窓がない。中に入
って、油照明の明かりをともして見た中の様子には、身が震えたね。
棚には、書類がぎっしり。壁には、虫篭に入った、洞穴火間虫がガ
サガサ蠢いている。彼には悪いけど、さすがにゆっくりと寝ること
はできなかったよ。」(冒険者談)
最後に狩人組合の関係者はこう語った。
「洞穴火間虫は確かに個体としては弱い部類の生き物です。大発生
も事前に防げれば被害は少なく済みます。ではなぜ、狩人組合でも
注意を必要としているのか?
実は、過去に起こった一つの事件が切っ掛けとなっています。
洞穴火間虫の大量発生に対して駆除の処置を行わなかったため、
洞穴周辺の餌の対象をあらかた食い尽くした洞穴火間虫の群れが、
森林近くの村を襲ったのです。
寝ている間に家屋の隙間から忍び込み、一斉に襲い掛かられたた
めに多くの住人が被害にあいました。残念ですが、その村は放棄さ
れることになりました。」
その事件の駆除に携わった火間虫狩人は当時の状況を教えてくれ
た。
「駆除で駆け付けた際、洞穴にいる奴らの駆除はいつも通りにでき
たんじゃ。しかしのう、こっちも当時は思いつかんことじゃったが、
奴ら村襲った時、巣立ちもしていたみたいじゃ。
駆除した後、又、奴らの姿を多く見かけると連絡があったが、ど
こをどう調査しても、近くに手ごろな洞穴はない。
そこで、危険を覚悟で、夜の間も調査を続けたんじゃよ。そした
ら、やつら襲った村の住居の中から湧いて来おった。昼の明かりが
差し込みにくい、住居も奴らにとっては住みやすい環境なんじゃと
その時になって気づいたんじゃよ。」
もう一つ、知己となった火間虫狩人から教えられたことがある。
「実は、最近の研究で分かったことがある。これは、火間虫狩人、
狩人組合、国の関係者だけが知っていることだ。秘密事項ではない
し、知られたところで、まあ、なんてことはない。
実は洞穴火間虫から取れる素材があることがわかった。
……奴らの油だ。
一匹当たりから取れる量はたかが知れている。しかし、量が集ま
れば取引は可能だ。
我々が使っている、油照明の油、実は奴らから捕れる油なんだ。
まあ、狩りで取れるだけ火間虫の量じゃ間に合わないので繁殖性を
利用して、養殖場を作ることを提案している。」
「成功すれば、定量の油の確保、我々は養殖場の管理の仕事にあ
りつける。まあ、見れた場所ではないだろうがね」と、彼はそう締
めくくった。近いうち市場に出回る油の値段が安くなったら、彼ら
の目論見が成功したと考えるべきであろう。