3-1 剣士笹
剣士笹
イネ科ササ属
最大高 二メートル前後
生育環境 山岳部の麓から中腹
花が咲く時期 冬場
山岳部の麓から中腹の限られた場所に掛けて群生している。とき
おり道に迷った旅人が、剣士笹の群生地に迷い込んでしまい死んで
しまうこともある。
又、知識の乏しい新米冒険者等が群生地で採取に夢中になり、奥
に入り込みすぎて抜け出せなくなり、無理やり通り抜けようとして
傷だらけになり治療費が嵩むハメになるようだ。
原因は、この笹の特徴、葉の部分の切れ味にある。
剣士笹の葉の硬さは他の笹類に比べても硬い。肌人種の指の爪程
度の硬さはある。肉厚な葉は細い樹木を切れるほどになる。色は縁
が濃い目の緑色で、中央部が灰色になる。
「剣士笹の群生地なんて、山岳地域で生まれ育った連中なら大概は
知っている。ガキの頃は親から危ないから近付くなと言われている
から近付かないだけだ。
だから、街に出て冒険者になって金が尽きそうな時に、ふと思い
出して意気揚々と刈りに行ったんだ。
夢中になって採っていたら、いつの間にか群生地の真っただ中に
いた。周りは全て剣士笹。どこを、どう来たのかも判らない状態だ。
慌てて、元来た道を探したけれども判らない。仕方なく、手にし
た短剣で笹を切り払いながら進むが、次第に身にまとった厚手の布
服はボロボロになり、むき出しになった肌は傷だらけ。
群生地を抜け出たころには血にまみれた襤褸を纏う姿になってい
た。意識が朦朧とした状態でどうにか街まで戻ったよ」
(元冒険者の労働者談)
剣士笹は群生をしているため、見つければ多くの採取が可能だ。
新米の冒険者が日銭稼ぎに採取に向かい、先述の元冒険者のような
状態で街に戻ることが後を絶たない。
「剣士笹を採る時のの注意点は『欲を掻かないこと』に尽きるの。
手前の方を程々に採取する。通年を通して採れるのに、一日で済ま
せようと欲を掻くから痛い目を見る。群生地が枯れるほど採る馬鹿
はおらん。そもそも、生命力の強い笹は滅多に無くならんよ」
(老植物狩人談)
剣士笹は冬場においても枯れることがなく群生をしている。この
笹は迷い込んだ生き物を傷つけて流れ出た血や死体を養分にして生
育するようだ。
春から秋にかけては、常時芽吹く。この笹も他の笹類と同じよう
に、新芽は柔らかく食べられる。小動物が新芽を狙って笹の群生地
に潜りこみ息絶える。
寒くなる時期には花が咲き、小さい実が生る。実は冬場を通して
生り続け、地面に落ちる。餌の無い時期であるため、多くの生き物
がその実を求めて群生地に入りこみ土地の養分へと変わっていく。
笹は小動物も、ヒトも分け隔てなく迷い込んだものを土地の養分
へと変えてしまうため『白き大地を赤く染める笹の剣士に慈悲はな
し』とまで謳われる。
このように切れ味の鋭い剣士笹の葉は武具や道具の素材として引
き取られることが一般的だ。主に、鏃や調理用の刃物として用いら
れることが多い。
「鏃の先としては使い勝手が良い。甲殻類や、固い甲羅を持つ昆虫
には歯が立たないが、森林烏賊や皇帝蝗を狩るには十分だ。木の先
を削って尖らせただけだと仕留め損ねることもあるが、剣士笹の葉
を付けておけば良い感じに傷を与えることが出来る。多少狙いが逸
れても身体を掠めて傷をつけることもある」(烏賊狩人談)
「まあ、年中露店で出回っているから安く買える道具の一つよね。
加工する職人の腕にあまり左右されることもないのよね。切れ味が
悪くなれば、直ぐに買い換えればいいのよ」(中年婦人談)
調理用の刃物として扱う場合は、木製の柄を用意して先端に切り
込みを入れて差し込み、細い麻紐等で固定するのが一般的だ。鏃と
して扱う場合においても棒の先端に同じように取りつける。
鉄や石の鏃に比べて硬度は劣るが、軽いため取扱いが容易で弓矢
を用いる狩人は大抵、剣士笹の鏃を保持している。
「前は、自分で群生地で刈りに行ったこともあるけど、最近は、露
店で売っている笹の葉を買い取ることが多いかな。油断すると手や
腕が傷だらけになって痛いから、いちいち採りに行くのは面倒だよ」
(烏賊狩人談)
「まあ、この笹を狩るのに技術はいらんよ。茎の部分を根元から丁
寧に刈ればいいだけじゃ。始めに言ったように、多くを望まん事だ」
ついでにと老植物狩人は一つ面白い情報を貰えた。秘匿するよう
な情報ではないから周りにも教えてやれと、笑いながら語ってくれ
た。
「お主も飲んでいる茶は、剣士笹の葉を湯がいた後に、刻んで鍋で
炒ったのを煎じたものじゃよ。結構良い味じゃろう? 刻む時に笹
の葉で、自分の手先を傷つけないようにするのが手間じゃがのう。
死んだ女房が月のものが来た後によく飲んでいた。ワシも血が足
りんと思った時によく飲むのじゃよ」
この茶は老狩人の知人に譲る程度で市販はされていないと言う。
お茶の色は薄い赤だ。味は苦味の後に甘味が出ると言った感じだ。
後味に鉄臭さを感じることから鉄分が豊富なのではないかと思われ
る。老狩人が言うように血が足りない時に飲むのはうってつけだろ
う。
但し、その鉄分は多くの生き物の血を笹が土地から吸い上げた結
果なのかも知れない。




