運命と再会2
目が覚めると明るい陽光が少年の顔を照らしつけていた。久々に感じたまぶしさに思わず顔を手で隠す。指の隙間から細目を開けると木枠に囲まれた窓と穏やかな風になびく遮光の布が見えた。
「ここは…どこだ?」
戸惑いながら起き上がると自分がベッドで眠っていたことを知る。自宅の物とは違ってふかふかだ。
「気がついたか?」
いつの間にかベッドの脇にあの大男が立っていた。
「国の兵舎小屋の一室だ。私はこの国で仕事をする時はここを定宿にしていてな…」
少年は無言でうつむく。
大男はその反応に困ってか用意していた食事を少年に進める。
「とりあえずこれを飲め。」
湯気の立つ皿が差し出される。中にみただけで味が分かる程の美味しそうなコーンスープが入っていた。
「いらねぇよ」
つっかえそうとしたがそれより先に腹が鳴った。
「腹は正直だな。金の心配はしなくていいからまずはたっぷり栄養をとれ。その様子だともう何日もろくにくってないだろう」
「余計な世話だ」
大男を睨みつける。怒り出すかと思っていたが、予想に反して相手は笑った。
「飢えた狼の様な目をしているな。だが強靭な生命力を感じる。」
「…うるせぇよ」
少年はしかめて横を見る。人に褒められたのは初めてだった。しかしスープは差し出されたままなので誘惑に負けてスプーンを取る。恐る恐る口にしたが人生で始めて口にする程のスープに思わず声がでた。
「うまいっ!」
「そうか…なによりだ。」
少年の反応に大男は目を細め、微笑んだ。こいつ…悪いやつではなさそうだ。
「あんた、名前は?」
「おれか?俺の名はクライゼル。みての通りの傭兵崩れだ。」
クライゼルは両手を広げると丁寧に自己紹介する。傭兵だから荒くれ者とばかり思っていたがクライゼルは割と礼儀正しいらしい。
「…さっき丘の上でいっていたよな。スラムの子供達を引き取ってるって…ありゃどういう意味だ?」
少年は気を失う瞬間まで心に引っかかっていた疑問をクライゼルに投げかける。針の様に鋭い口調だが、クライゼルは怯みもせずに真っ向から受け答えた。
「言葉通りの意味だ。俺みたいのが活躍する戦争中の国っていうのはどうしても孤児がでるもんだ。」
「はっ!…そんな事をしてあんたになんの得があんだ?」
「物質的な得はない。ただ親を無くし、辛い思いをした子供が日々の生活に苦労せず、笑ってくれりゃ俺はいいんだ…。」
「…本気でいってるのか?」
「嘘いってどうする…。」
「……。」
少年は鋭い視線をクライゼルに向ける。刃のように鋭い視線にクライゼルは微動だにしない。
「そうか…わかったぜ」
クライゼルの言葉に嘘はない。幼くして人生の修羅場をくぐってきた為、少年には目を見れば相手の真偽を判別できる能力がみについていたのだ。
「おどろいたよ…世の中にはおかしな奴がいるもんだ。」
「俺も38だ。傭兵家業なんざあと10年もできやしない。だから最後の稼げる時に子供たちに投資して次の世代に夢をみながら老後を過ごしたいのさ」
「夢…。」
偶然でた夢という事は少年の胸に答えた。マイカには夢があったのだ。少年は記憶を探り、過去の光景へと沈みこんだ。
ぱちぱちと弾ける暖炉の 炎、その明かりに当てられて普段はもの静かなマイカが珍しく自分の思いを語っていた。
「お兄ちゃんが羨ましい」
「なんで?俺の取り柄なんて風邪をひかねぇぐらいだぜ。お前は頭がいいしがんばって勉強すりゃ世界を股にかけるような大商人にだってなれるさ」
「商人かぁ…わたしもいつか…」
マイカは遠い目をして呟いた。一体なにをいいかけたのか?さらに追憶を深めようとした少年だったがこれ以上はどうしてもおもいだせない。
「どうした?難しい顔して」
代わりに浮かんだのはマイカの最後の表情だった。
「おい、しっかりしろ」
クライゼルに抱きかかえられるようにして少年はよろよろとベッドから 這い出した。クライゼルは少年を支えつつ、口をひらいた
「……おれはお前にきかなきゃならない事がある。何故俺の金をぬすんだ?」
「それは…。」
いい淀む少年にクライゼルは真剣な眼差しをむける。
「答えろよ」
いい逃れが許される雰囲気ではない。少年はポツリポツリと語った。
妹のマイカが流行り病にかかった事、妹を医者に見せる為には大金が必要だった事を正直に話すしか無かった。
「そうか…。」
少年の答えを聞いて腑におちたようにクライゼルは頷いた。
「やむ負えない事情があるのは薄々は感じてた。だが人の金を取るのは良くない。それはわかっているんだろう?」
「あぁ、マイカ…妹は昨日結局死んじまった。俺ももうどうなってもかまわねぇ。街の警備兵にでも突き出せばいいさ。」
投げやりな少年の言葉にクライゼルは首を横に振った。
「そんな事じゃねぇかとは察してたよ。」
「なんだって?」
「あの時のお前の顔は必死だった。自分の私腹を肥やす為ではなく他の誰かの為だとすぐにわかったさ。お前みたいな子供は何人も見てきてるからな。」
そしてクライゼルは黙って部屋の戸を開け、身振りで少年に出ていくように示す。
「俺を見逃すのか」
「お前はもう自分の罪以上の悲しみを背負ってんだ。これ以上は責めるつまりはねぇよ。妹…マイカっていったか…気の毒だな。ご冥福を祈るよ」
クライゼルに哀悼の意を示されると少年のまぶたに再び涙が盛り上がってきた。
「くっ!」
少年はクライゼルに叫ぶ。
「あんたに何がわかるってんだ。マイカの事を知りもしないのに神妙な顔しないでくれ!」
いい終える前に少年は後悔していた。クライゼルは悪くない。感情を抑えきれない自分が子供すぎることはわかっていた。
おれはこれからどうすればいい?
少年は泥で汚れた自分の手をじっと見つめる。自分にはなんの技能もない。日々の駄賃を稼ぐために使い走りをして、これから一生をこの街で過ごすのか?後悔の念に苛まれつつマイカの墓を眺めながら。
そんなの…いやだっ!
少年は心の中で叫んでいた。髪をかきむしりながら思わずベッド脇のテーブルに手をついてしまう。偶然、そこに立てかけられている馬鹿でかい大剣が目に止まった。しっかりと手入れがされて光り輝いているそれは、今の少年には宝石の様に輝いて見えた。
長い沈黙の後…少年はクライゼルに囁く様に尋ねて見た。
「傭兵ってのはここ以外の地域にいってもやっていけんのか?」
少年はある一つの決心をしていた。




