再会と運命
降り続けていた雪は夜更け過ぎにようやく止んだ。街外れの丘の上に立ち、幾日ぶりかに顔を出した太陽の下、少年は無機質な眼差しでじっと足元を見つめていた。そこには一抱えほどの平らな石が雪の上に置かれ、名も知らぬ野花が添えられている。ここがマイカの墓だった。
妹の為に雪の降る中一晩かけてつくったのだ。素手で凍てついた雪の地面を掘ったため、指はかじかみ、感覚はなくなっていた。
少年の脳内ではずっと…妹の最後の言葉が再生されていた。
「お兄ちゃん…お願い…今日だけ一緒にいて…?」
すがる瞳で妹が最後にいった。あの言葉。それくらい聞いてやればよかった。…ただなにも出来ない自分がいやで、泥棒までやって…。俺はなんて弱虫…なんだ。
ぐっと唇を噛みしめると苦い鉄の味が口に広がる。そして乾いた少年の瞳から一筋の涙…。涙など枯れ果てたとおもっていたが、後悔に果ては無いらしかった。
「くっ…!」
少年は鼻を啜りながら今日に限って雪が止んだことを呪う。ずっと降っていたら、妹に寄り添って埋れて眠れるのに…。神がいたらどこまでも無慈悲な仕打ちだった。
さくり…さくり。
背後で雪を踏みしめる音が聞こえる…。街の外れにあるこの場所を訪れるものなど滅多にいない。だから少年は墓を立てるのをこの場所に決めたのだ。頼るものもいない兄妹二人が眠るのにふさわしいと思ったからである。しかしその願いは早くも裏切られてしまう。静寂を破る足跡は迷うことのない足取りで少年に近づいた。
「やっとみつけたぞ」
聞き覚えのある声に、背中には馬鹿でかい大剣、間違いない。そこにいたのは少年が金を盗んだ。傭兵だった。
男は30代後半、髪や口ひげには白い物が混じっており、顔には一筋の切り傷が刻まれている。
「こんな所までおってきたのか、あんたも暇だな。」
少年はなげやりにつぶやくと腰に下げていた皮袋を大男の前に放り投げた。
「ほら、返すぜ」
大男は屈み込むと拾い上げた袋の中身を確認する。一枚一枚丁寧に数えていたがやがて咎めるような目で少年をみた。
「3枚、たりねぇぞ」
「しらねぇよ、どっかで落としたのかもな」
実際少年は一銭の金すら持っていない。日々の食事にすらこと欠く有様だ。いや、もう食事なんてどうでもいいか…。
「くぅ…そいつはこまったな」
いかにも傭兵崩れという厳つい顔に始めて困惑の色が浮かぶ。
「この金は俺個人だけの物じゃねぇ、俺が引き取ってやってるスラムの子供達の生活費に必要なんだ」
「なん…だ…と」
少年の顔がピクリと動く。それに気づかずに大男は袋を腰のベルト結びつけながら続ける。
「まぁいい、こっちは急いでいるんだ。じゃあな。」
「待てよ…。」
立ち去りかけた大男の背中に少年は声をかけていた。
「今なんていった?スラムの子供を引き取ってるだと…?」
「あぁ、そうだ」
大男は足を止めると少年の問いに答える。それを聞いて、忘れかけていた怒りの心が湧きたつ。
「なに企んでのかはしらねぇが、子供を騙すような真似をするってんなら見逃すわけにはいかねぇな」
大男の言葉にマイカを失い、凍てついていた少年の心に火が灯る。生まれてこの方、他人からそこまでの温情を受けたことがなかった。なにか企んでいるに違いない。荒んだ心の少年はつっかかる。
「俺がそんな男にみえるのか?心外だな」
その大男に似つかわしくないへらっとした態度が少年の心に灯った火をより大きく燃え上がらせた、少年は拳を握り大男に駆け出す。
しかし疲労と空腹、そして極度の寒さから数歩あるいて膝が崩れ、そのまま雪に倒れこんだ。
「おい、どうした?」
大男は少年に近づき、手を差し出す。
「あんたには世話にならねぇ…ほっといてくれ…。」
少年は差し出された手を払いのけようとしたが、そんな体力も残っていなかった。冷たさのあまり、紫色に変色した手をとって、大男は驚きの声をあげた。
「ひどい凍傷だ。昨日から気になってはいたが…お前なにがあった。」
「……」
「まぁいい、事情は後でゆっくり聞いてやる、今はとにかく温めなければ」
身体を持ち上げられて、大男の肩に担がれる。少年は困窮する意識の中でマイカに会えるといいなと思いつつ、意識を失った。




