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夢のまとめ  作者: 七色
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6



 ぱあん!!


 殴れた。間に合った。冗談みたいなタイミングで。息を切らしてやってきた遊馬を、常磐は驚いたようにも、感動したようにも、どっちつかずの顔をしていた。まだ混乱しているだけとは言えないような表情だったが、今はそれどころではなかった。

 黒い影は殴ったくらいじゃどうにもなってくれなかったらしく、吹っ飛んだ後、再度また元気にこっちに突っ込んできた。


 「ユーマ!」


 女装したヒーローは随分遅く登場し、遠くからこちらに向かって大きく手を振ったかと思ったら、いきなり高速で両手を動かし始めた。例えるなら、ピザ生地をこねくり回してるような-

 そして一見間抜けなのに変に格好よく見える仕草の後、青い煙を帯びた球体が現れ、そしてそれは草詩の腕から放たれると、慌てて避けた遊馬の足をかすめ、正面から喰らった黒い影は、跡形もなく消えた。


 「避けて」

 「遅ぇ!もう避けたわ!」

 「常磐、大丈夫?」

 「草詩様…も、申し訳ありません!」

 「常磐。俺は君が好きだよ。胸が小さくてもでかくても関係ないから」

 「…っ、草詩様!!」


 聞いてないし。常磐顔真っ赤にして、花飛ばしてるし。つうか要らなかったんじゃないか俺、馬鹿馬鹿しいとばかりに一人歩き出した遊馬の足元で、さっき吹っ飛んだはずの人形が跪いていた。本当に、何体も何体もいるらしい。


 「常磐様を助けて頂いてありがとうございました」

 「いや、別に。あの黒いの何だ」

 「国内の恨み妬み憎しみなどが形になったもの…という設定を草詩様が妄想し」

 「妄想かよ。あいつが作ったんじゃないかな」

 「かもしれません。王が望むなら、国ごと滅んでも構いません」


 人形だからかもしれないが、悲しく残酷なことを簡単に吐く。何だか上手く感情を表現出来ないが、世界単位で、滑稽だと思った。



 思えば、自分は比較的恵まれていると思う。自棄になっているわけでもなく、本当にそう思うのだ。

 まず。産まれる前に殺されなかったこと。健康体で施設に入れられたこと。それから平穏無事に生きられたこと。殺されそうになったが、結局異世界ではあれ生きているということ。

 力も政治も魔法が全て、おまけに正体不明の黒い影に怯えている世界で生きていたら、考え方も違ったかもしれない。なんて、我ながら寒気がするようなことを考えてしまうのは。暇なのだ。要するに。


 記憶が正しければこの世界に来て早十日、本当にびっくりするくらい動きがなかった。だらだらしているうちにただ時間だけが過ぎていった。戦争も災害も事件も何もない。色恋沙汰ですら、面子的に可能性が低い。

 いつの間にやら王にさせられていたらしく、豪華な貢ぎ物が届いたりするが、それだけだった。


 「暇だな」

 「だから言ったでしょう、何もしなくていいって。つうか何もすることがないってのが本当だけど」

 「黒い影が襲ってきたりしないのか」

 「あれは基本的に静かだから」


 なるほど、本当に何もすることがなさそうだ。このままでは体がなまる。おまけに肥える。それは困る。元々着ている服が着られなくなることは、何だか知らんが異常に不安だった。その服が元いた世界を繋ぐ保証なんてどこにもないのに。

 とりあえず出かけよう、と遊馬は立ち上がった。


 「どこ行くの」

 「見回り」

 「真面目だね、人形で足りてるのに…いってらっしゃい。お土産買ってきて」

 「こんだけ貢ぎ物があってまだ食うのか、お前は」



 「おはようございます」

 「おはようございます」

 「…オハヨウゴザイマス。」


 挨拶は基本だと分かっているが、未だに慣れない。住んでいたところでも職場でも、こんなに挨拶は頻繁ではなかった。こんなこと絶対に、特に草詩には言えないが、どうも気恥ずかしいらしい。

 空は青く、自然豊かで、水も綺麗だ。人も動物も平和に暮らしている。人が飛んでいても、車が走っていなくてももう慣れた。飛び抜けて豊かというわけではないが、少なくても生活に困っている様子ではなさそうだ。生活の支えの大半は農業を占めており、魔力の強い者が占いをやったり、道具を作って金にしているようだが、少しでも蓄えが多そうであれば、すぐに城に回してるようだ。怯えてる風でも、嫌そうでもなく、本当に心から喜んで、城に捧げている。これも草詩の力なのか、それとも心の底から尊敬し敬愛しているのか、どちらにしても軽く恐怖だ。


 それでもどこの世界でも馬鹿はいるようで、盗難や痴漢といった犯罪が起こらないわけではないようだが、優秀な人形たちがすぐに粛正に向かっていた。

 平和過ぎる。本当に、ただ生きていくだけの毎日だ。ここで俺は何を成すべきなんだろうか、特になかったら、もし神がいたらの話しだが、一発ぶん殴る-


 ぶちぶち言いながら遊馬が宛てもなく歩いていると、ふと騒ぐ声が聞こえた。半分野次馬根性で近づいていくと、近くを循環していたらしい人形がこちらへやって来た。


 「ユーマ様」

 「あすまだ」

 「遊馬様、ちょっとこちらへ」


 今絶対こいつわざと間違えた-しれっとしている人形にため息をかけてやりながら歩いて行くと、驚いて足を止めた。

 集落の中心地の噴水の前で、ぐったりと少年が倒れていた。見たところ外傷はないが、かなり辛そうだった。


 「医者は」

 「恐らくこちらの世界の痛手ではないでしょう、こちらで看ると騒ぎになります」

 

 こいつも異世界から-もしかしたら、自分と同じところから来たかもしれない。遊馬は迷うより早く、少年をゆっくりと背負った。


 「持って返ってもいいか」

 「あなた様のご自由に。王なのですから」


 そう言えばそうだった-忘れていたわけではないが、権力そのものには忘れてしまいそうになる。無意味に威張り散らすのは好きではないが、ワガママを言えるところはいいかもしれない。遊馬が歩き出すと、人形はもう、騒いでる人たちを宥め始めていた。仕事が早いことだ。




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