5
朝起きて、知らない短髪の男が自身にしがみついて寝ていて、さほど驚愕しなかった。早くも脳が異世界に汚染されたかもしれない。
「起きろ!!」
並んで歯を磨く。隣の草詩の髪は、また気持ち悪いほど長い髪に戻っていた。
「カツラか、それ」
「そう。髪の長さは魔力に比例するらしいから。魔力あるくせに髪短いんじゃ気持ち悪がるってなもんで、仕方なくかぶってる」
「あーそう」
含んだ水を吐き終え、ん、と遊馬はまた違和感を覚えた。常盤の髪は、ショートボブだった。巫女の魔力とはまた違うのだろうか、と思ったが何となく聞いてはいけないことのように思った。
「どうぞ」
「…どうも。」
タオルはどこかと探していると、少年がタオルを差し出してきた。誰だ。
短い橙がかった金髪の髪と同色つなぎが鮮やかな小柄の少年。顔下半分を大きな布で覆っている。
「あさごはーん」
「はい」
草詩がそう声をかけると、別の方向から全く同じ風体の少年が飛び出してきた。双子か何かか、と振り返ると、遊馬はそのまま固まった。目の前には、一糸まとわぬ湯上りの常盤がいた。
こういう展開本当にあるんだー我に返った常盤が慌てて前をタオルで隠した為、同じく我に返った遊馬も背を向けた。
「わ、悪い」
「いいえ…だ、大丈夫、です、大したことは、はい」
「ああ言い訳になるが、ほとんど見えなかったから」
ぽと、と何か落ちる音がした。何だろうと見るとタオルを落としてしまい、常盤がまた一糸まとわぬ姿になっていた為、また慌てて背中を向けた。
「そうですね…ち、小さいですもんね…」
「…は?」
「どうせ見えないくらい貧乳ですよ!」
「いや、誰もそうは」
「うわああああああああああ!!」
泣き叫びながらどこかに行ってしまった。全裸で。格好が格好の為追いかけるわけにもいかず、遊馬は草詩が向かった部屋を目差した。
「お茶です」
「朝食です」
「デザートです」
いる。何かいっぱいいる。
召使らしき少年は双子どころか、あらゆる場面でたくさん入れ替わり立ち換わり出てきた。全く同じ姿の少年が何人もいる為気味が悪いが、怖いもので慣れてきた。かといって疑問は消えないが。
「何なんだ、あれ」
「あれ?人形」
「人形?」
「うん、そう。召使がほしいねって話になって、用事ある度、増やしてたらすごいことになっちゃって。城に入れきれない分は国の見回りをしてるよ。食事も賃金も必要ないし、聞かない限りは何も言わないし。100人いても大丈夫」
「物置かよ」
見ていてこちらが胸やけするほど甘そうなソースをたっぷりかけたパンケーキを水のように摂取していた草詩が、あれ、と呟いた。
「そういえば常盤ちゃんは」
「豊胸の丘に向かわれました」
ぼへ!!
珈琲を吹き出した。口元をぬぐった遊馬が顔を上げると、また草詩は棒読みで笑っていた。
「何でまた今更。僕とは肉体関係持たなくていいし、貧乳はステータスなのにね」
「何つう名前の丘だよ」
「その昔、貧乳で悩んだ王妃が毎日祈りを捧げて、一年後ホルスタインになったらしいよ。その王妃のお墓があるとかないとか」
「怖ぇ上に信憑性ねぇよ」
「いかがなされますか。最近はあのあたりも治安が悪いようですが」
詰まったので水を飲み干し、遊馬が立ち上がる。
「迎えに行く、場所を教えてくれ」
「え、何でまた」
「認めたくないが、俺のせいだと思う」
「じゃあ、僕も行こうかな」
これは驚いた。パンケーキを丸呑みし、どっこいしょと草詩が立ち上がる。
「お前こそ何で」
「面白そうだから」
よし、こいつは置いていこう。遊馬が走って行こうとすると、笑いながら走る草詩の方がずっと早くて、無意味に競ってしまった。
こんもりと盛り上がった丘の頂上で、常盤が一心不乱に墓らしきものに向かって祈りを捧げていた。明らかに参拝料金目当ての賽銭箱は立派だが、とうの墓は石を三つ縦に並べてるだけだった。必死に祈りを捧げる常盤を、召使人形がそっと覗き込んだ。
「常盤様、帰りましょう。効いたら怖いですから」
「黙りなさい!これは私自身の戦いなのです!」
「そうおっしゃられても、ホルスタインになられたら流石に我々もお守りできませんし」
風が、鳴いた気がした。
「…必要なかったみたいですね」
「え?」
今、正に常盤の首があったところに回り込んだ召使人形の体が粉々になり、彼女が叫ぶより早く黒い影が彼女に襲いかかった。