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奏も斑も無事に戻ったというのに、城の中の空気は明るいものではなかった。あの一縷でさえ、斑に声をかけられず帰ってしまった。放っておこうかと思ったが、そうも出来なかった。遊馬が斑の部屋を訪ねると、彼は眠った奏を抱いたまま小さく震えていた。顔が真っ青だ。
「遊馬さん…僕のせいかもしれません…五年前の父がいなくなったのは…彼は、今の父よりも若くて…ずっと話しが通じなくて…邪魔だなって、思ってたかも…いえ、思ってました。僕、僕の魔法のせいで、人一人」
「そうだな。じゃあ、俺らは、お前に嫌われないように気をつけないとな」
「…っ…それは…大丈夫です…大好きなので」
「はは、草詩に言ってやれ。喜んで踊るぞ」
「ふふ、それは見なきゃ…な…」
ぼす、と、斑が倒れこむように寝る。日付が変わると同時に眠る魔法というのは、ある意味残酷かもしれない。悩む暇さえ与えない。斑が突然眠ったため、驚いた奏が目を覚ました。慌てて抱きあげると、余計泣かれた。泣き声を聞きつけた大倉が走ってきてちょっとあやすとすぐに収まった。かなり傷ついた。
さて自分も寝ようと斑の部屋を出ようとしたそのとき、大倉ではない影に気づいた。
「だってよ。良かったな」
「何か話してたの?僕、今、この部屋の前通ったんだけど」
「カップの紅茶がなくなりかけ、更に顔赤いぞお前」
指摘してやると、照れ怒った草詩が紅茶のマグカップを投げかけ、止めた。気に入っているもののようだ。
「溌を消したの、お前か」
「かもねえ。無意識魔法説が有力なら、俺、かなり、あっちの父ちゃん邪魔だと思ってたからね。なんたって俺、世界一の魔女だし」
「もうここまで来ると、お互いお互いが信用出来なくなるよね。身内で殺しあったりして」
「止めんか、笑えん」
「俺、即効部屋に籠るタイプだよ。『こんな殺人鬼と一緒にいられるか!』」
「それ、完全に死亡フラグじゃねえか」
笑って、笑って、安心したように息を吐く。お互いの軽口と、体温に救われる。依存する。
「ゆーちゃんは、俺が要らなくなったら魔法じゃなくて口で言ってね」
「言ったらいなくなってくれるのか」
「聞くと思う?」
「思わねえ」
笑いながらお互いの顔を合わせていると、室内でいちゃつけと佐倉から教育的指導をお見舞いされた。人形がどんどん人形でなくなっていく気がする。
翌朝、日が昇ると同時に巫女塔内の巫女たちが目を覚ましていく。塔内でも一番大きな像に常盤が祈りをささげていると、耳のすぐ近くで声がした。
「大声を出すな」
ふっと集中が切れ、恐怖で汗が吹き出す。祈りの形のままの両手が小刻みに震える。ふり返らなくても、声の主は誰か分かっていた。
「どうやってここに…いえ、そんなことよりも。ここは巫女塔です。殿方は」
「黙って、この水晶を見ろ」
「え?」
目の前に差し出された水晶の中の映像が、どんどん鮮明になっていき、やがてそこには、笑いあい顔を寄せ合う遊馬と草詩の姿が映し出された。常盤がたまらず悲鳴を上げると、その口を後ろから男が塞いだ。
「騒ぐな、じっとしておけ。ほら、これが、こうなる」
「んむっ…」
無理やり水晶の中を見せられていると、遊馬の向かいにいた草詩が、だんだんと常盤の顔になっていく。2人の唇が重なりかけた瞬間、常盤は泣き叫んだ。
「大声を出すなと言っている」
「いや、もう止めて下さい…あんな、はしたない!あなた、私に何の恨みが」
「恨み?とんでもない。これはお前の願いの形だ。それを叶えてやろうというのに、何の不満がある」
「あなた…っ」
ふり返って目の中に入ってきた男は、雪の冷たく、雪のように美しい。その悪魔のような囁きに、ちょっとでも精神がぐらついてしまえば、何もかも頷いてしまいそうだ。
「これ以上、何かおっしゃると、人を呼びますわよ」
「この場所に倒れている男を助けろ。ほおっておけば死ぬ」
「え?」
男は常盤の言葉には反応せず、一枚の地図を投げ渡す。ここから歩いてそう遠くない場所だ。
「どなたが…倒れているんです。何を企んでるんです」
「そうすれば、君の願いが叶うよ」
「願い―」
「そこで何をしているんです!!」
先ほどの自分と遊馬の映像を思いだし、かっと赤くなった常盤が我に返る。先輩巫女が駆け寄ってくると、男は溶けた雪のように消えていってしまう。
「常盤さん、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です。ちょっと驚いただけで」
先輩巫女が支えてくれる手で立ちあがる。先ほどの男よりも、とっさに地図を隠した自分の方が恐ろしい。こんな地図はとっとと燃やしてしまおうと思いながらも、口も足も言うことを聞いてくれない。
「すいません、ちょっと気分が悪くなってきました。外の空気を吸ってきます」
「一人で大丈夫ですか?」
「ええ、近くにしか行きませんので」
あくまで笑顔のまま、常盤が塔から出ていき、先輩巫女の目がそれたことを確認したところで走り出す。地図の示す場所へ。本当に怪我人がいたら大変だと、誰に言い訳しているのか。
走って、走って、やがて地図が示していた場所に辿りつくと、常盤は喉の奥で悲鳴を上げた。血まみれの男が、本当に倒れていた。
「もし、大丈夫ですか、もし!!」
声をかけるが返事はない。そうとうの重傷だ。素性も分からないが、ことは一刻を争う。常盤が懸命に治療呪文をかけ続けていると、やがて、男がゆっくりと目を覚ました。
「う…」
「あ、良かった!良かった!」
意識が戻った、常盤が微笑みかけ、手を取ると男はゆっくりだが体を起こした。姿形から見て魔法使いだ、草詩の知り合いだろうか。
「大丈夫ですか?」
「お嬢さんが治してくれたのか?」
「はい、少しですけど…まだまだ酷い怪我ですね。良ければ、私と病院に」
「ありがとう…これで、敵討が出来る…あの恩知らずのクソ弟子が!!」
「えっ」
男がすごい早さで飛んでいたのは、草詩の城の方角だ。常盤はすっと顔を青くすると、その場にへたりこんだ。
「はは、奏、そんなに服引っ張るなよ。痛いって」
「あー、うあー」
斑と奏の様子を見ていた溌が、ふっと目を細めて立ち上がる。もう斑は大丈夫のようだ。名残惜しいが、それではいつまでも切りがない。
「じゃあ、お父さんたち、そろそろ帰るから」
「…えっ…帰るって、どうやって」
「もうこんなに魔法が使えるんだ。なんとかなるだろ」
「ぼ、僕はっ」
「斑ちゃんは帰りたいときに帰りなさい。もう無理やり連れて帰ろうなんて思わないよ」
「そんな…僕は…」
だらん、と、斑が両腕を下げる。彼の腹にしがみついていた奏も、空気が変わったことを察したのか2人の顔を見比べている。そんな2人を、溌が同時に撫でた。
「じゃあ、帰るのは夜にしよう。それまでに決めなさい」
「お父さん!」
「いいね」
父から珍しく強めに言われ、斑は言葉を返さずに座りなおした。考えるも何も、答えが決まりきってる自分が嫌だ。こんな感情は、こんな恋は狂っている。斑は奏に涙があたらないように、静かに少しだけ泣いた。
「草詩様、ちょっとよろしいですか?」
「はいはーい」
草詩が軽く返事すると、溌が膝をついて入ってくる。
「お父さんじゃん。どうしたの」
「そろそろ、元の世界に戻ろうかと思いまして」
「…どうやって」
「あなた様の魔法で」
「俺は遊馬も斑君も戻せなかったんだよ?」
「私なら可能でしょう。嫌われてますからな」
驚いて目を丸くした草詩が、すぐに目を細めて笑った。
「ごめんね」
「いえ。王は素直で助かります。どうか息子のことをよろしくお願いしま―」
じわり、と、溌の額に汗が吹き出す。
「王、避けて下さい!」
「えっ」
言われ、咄嗟に椅子から飛び出すと、今座っていたあたりに魔法弾がぶちこまれた。口笛を吹いた草詩の前に踊り出たのは、溌の元師匠である、魔法使い。
「あら残念、生きてたの」
「ああ、おかげさまでな…よう、弟子。ちょっと聞いてたが、元の世界に帰るつもりらしいな。そんなに帰したきゃ帰してやろう、死体になってn」
ばごお!!
草詩の放った、より強力な魔法弾で魔法使いが吹っ飛ぶ。あまりの威力とそのタイミングに、溌は思わず笑ってしまった。何から何まで、型破りの王だ。
「王様、せめて、決め台詞くらい言わせてあげれば」
「やだ、ああいうのが一番むかつく」
「くっそお…死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑!!」
鼻血を出しながら、涙目で魔法使いが叫び散らすと、後ろからどっと魔法兵が出てきた。魔法で動かしている人形だ、意識はない上に魔力も弱いが、数が多すぎる。
「うわ、無理。ちょとうざすぎ。助けてあなたー」
「はーい」
嘘だろう、溌がふり返ると本当に遊馬が立っていた。そして、魔法使いを見るなり、溌も少し震えるほどに遊馬の殺意が湧いたのを感じた。




