3
ばり。ばりばりばり。
「ふーん、チキュウのニッポンね」
「ああ」
ばりばりばり。
異世界に来ても、腹は減る。女装した男がバリバリ何やら赤い尖ったものを食べ始めたので、こちらも
負けじと続いた。色は妙だが、何だか食べ慣れた味がした。ものすごく体に悪いスナック菓子の味だ。
「聞いたこともないなぁ。どうやって、ここに来たの」
「どう、って」
こっちが聞きたいくらいだが、顔をしかめると、男が顔を上げた。
「じゃあ、ここに来るまでの経緯を教えてよ」
「ああ、それなら」
しかし、まあ。経緯を話すとなると、生い立ちから話さないと、辻褄が合わなくなる。初対面の-おまけに
女装した男にぶちまける話ではないが、初対面だからこそ、逆に大丈夫な気がした。
「産まれた直後に施設前で捨てられ、そこからは割と平凡に生きてきたんだが、ある日、いないと思っ
てた父親から連絡があってな。金がないから、貸してほしんだと。当然断ったら、その日の内に怖いお兄
さんたちに羽交い絞めにされて、保険金かけられて、海に突き飛ばされた。以上」
我ながら、すごい経緯だ。嘘がないのが泣きたくなる。いっそ他人事だったらいいのに、遊馬が遠い目
をしていると、目の前の男が引きつって笑っていた。同情して泣いてほしいわけではなかったが、さすがに
ちょっと腹が立った。
「は、波乱万丈すぎ…っ」
「笑い過ぎだろ、お前」
しかし本当に妙な話だが、他人とはいえ笑い飛ばされたら、本当に、笑える話のように思ってきた。沸き
あがるような怒りも、とっくに、最初からなかったもののようになった。
「お前じゃない。草詩だよ」
「草詩か。まあ、よろしくな」
繋いだ手は固く結ばれ。
また妙な話だが。何だろう、この手は離したらいけないような気がした。
「よろしく次いでに先にゲロるけど。そんな前例は聞いたことはないし、帰り方も検討がつかない。けど、
ここにいれば、国中の情報が入るし、君を飢えさせることが決してない。何より僕が面白い」
「最後のが本音だろ」
「まぁね。もう一個、面白い話。これを知ってるのは、僕と、ごく一部の人間だけなんだけどね。僕も、君と
同じかもよ」
「は?」
「14年くらい前かな。腕から血だらだら流して、この城の近くに転がっていたんだ。記憶もないから城に
厄介になってる。僕も、君と同じ世界で死に掛けたか、もしくは死んだかもねぇ」
まるで物語を話すような口調。現実感がない上に、信用を持たせない話し方をわざとしているのではな
いかとさえ思ってしまうような声。それでも、その言葉を信じさせる何かがあった。これこそ魔法かもしれな
い。
14年、という言葉が遊馬に、どん、とのしかかってきた。
元々家族なんていない。世界規模で恋しがるほどの友もいない。仕事もそれほど思い入れがあったわ
けではない。何も未練もないのに、生涯帰れないとなったら、急に恋しくなってきた。最後に吉牛食べてお
けばよかった、なんて、牛丼一杯で解決するような恋しさなのに。
まぁ、それはそれとして。切り替えも早かった。
「じゃあ、ここは死後の世界ってことか」
「ああ、それはないと思うよ。僕も年を重ねるし、周りだってそうだ。死んでいく人も見たことがある。ま
あ、何かは分からない。ただ、魔法があって、人がいて、生活している。それで僕の魔法がぴか一だった
から、こうして王女になってるわけ」
「なんで王女なんだ」
「最初に来たとき、怪しい奴だからとりあえず殺されそうになってさ。わぁ、こんな可愛い女の子を、って
言ったら、みんな信じちゃってさ。それ以来。僕は絶世の美女ってわけ」
「分かったような分からんような」
つうかそのまま甘んじるなよ-言いたいことはあったが、魔法に関しては疑う理由もなかった。さっきか
ら草詩がテーブルを叩く度に菓子が増えていく。沸いて出てきているのではないかと思うほど。
「それで、俺を帰せないのか」
「やってみようか」
草詩が菓子のカスがこびりついた指を舐め、そのままその手を遊馬にかざした。
「元いたところへ還れば」
それは投げやりすぎて、もっと気の利いた言葉はないのかと言いたくなるほどだったが、確かに、なんと
なくではあったが、空間が揺れたような気がした。しかし、どれだけ待っても、周りは城だし、目の前には
草詩しかいなかった。
「駄目だ、効かないや。やっぱり君には魔法が効かないみたいだね」
「らしいな…それで、何が望みだ」
「え?」
「身の内晒して、寝床確保して、俺は何をすりゃあいい」
「話が早いね」
にこっと笑った草詩の顔はそれはそれは胡散臭く、早くも後悔した。
「僕と結婚してくれないかな」