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凍てつくような氷の魔法。自分は、これがどれほど恐ろしいものを知っている。心臓より大切なものを、目の前で奪われた恐怖が、今も。
「 」
拳に、焼きついている。
「先生ぇええええええ!!」
男の悲痛な叫び声で遊馬が我に返る。雪の魔法を使える男は一瞬で吹っ飛んでしまった。殺してしまったかもしれない。汗ばむ遊馬の前に、いつの間にか躍り出て、回復魔法をかけているのは草詩だった。
「これは、君を人殺しにしないためだから」
「…草詩」
「どうしたの?お腹痛い?城帰る?」
「いや、悪い、大丈夫だ…さて。薬草を寄越」
「動くな!これが目に入らないか!」
うげ、と草詩と遊馬が動きを止める。仮面をかぶった男が羽交い絞めにして、首元に刃を当てられているのは一縷だった。ふっりふりのドレスを着ているから誰か分からなかった。
「私だって、こんなことはしたくはない!早く、帰ってくれ!」
ん、と、遊馬が顔をしかめる。この声は―
「一縷さん!」
「…っ、斑殿!!」
騒ぎに駆けつけてきた斑と溌を見て、仮面の男は一縷を付きとばし、その隙に逃げていった。待て、と、叫ぶ頃には、誰もいなくなっていた。動きが早すぎる。
「一縷さん、怪我はありませんか!?」
「大丈夫だ、心臓は張りさけそうだが!斑殿が抱きしめて口づけてくれればきっと治る!」
「斑ちゃん、パパ、向こう向いてるからな!」
「しないよ!!」
「…元気そうで何よりだな。薬草は」
「駄目。金目のものはいつでも持っていけるようにしてるんだろうね。馬鹿は馬鹿なりに、素早い。それよりさあ…ゆーちゃん、気付いた?」
「ああ」
2人の視線の先には、溌の背中があった。
「よーし、今から、強盗団を更に強盗しに行くぞー」
「何かもっと言い方ないのか」
張りきる草詩を押さえつけていると、ふと、そわそわしている斑に気づいた。肩を叩くまで、こちらの存在に気付いてないくらい。
「斑、薬草は俺たちに任せろ。お前、いっぺん城に帰れ。奏が心配なんだろう」
「…っ、で、でも」
「そんな心配した顔してちょろちょろされたら、邪魔だって言ってんの」
こいつはもっと他に言い方ないのか、遊馬が睨んでいると、草詩は顔を反らし、下手くそな口笛を吹いている。斑はかなり迷った様子だったが、頭を下げた。
「すいません、僕、帰ります」
「でっ、では、我が送ろう!」
「まあ、それがいいかな。けど、そんな服で飛んだらパンツ見えちゃうよ、一縷ちゃん」
真っ赤になった一縷が、慌ててスカートを押さえていると、向かいの斑が苦笑していた。
「ごめんね、せっかく、可愛くしてくれていたのに。また今度、ゆっくり見せて」
「…お、おおおおお!もちろんだとも!!」
「どうしよう、あなた、息子の男前スキルがあがっていくわ」
「これは、あんたに似たのか?」
からかうつまりで溌を見ると、彼は、顔を青くしていた。父親としての愛情を疑っているわけじゃないが、彼は奏を心配しているだけじゃないだろう。遊馬の視線に気づき、溌が顔を上げた。
「で、では、私も一緒に」
「あんたは残れ、お父さん。気ぃ使ってやれ」
「…っ、そうですね…」
「では!行って参ります!」
ふわっ、と、斑を大事そうに抱きしめて(いつの間にか着替えた)一縷が舞い上がる。
「まままま斑殿!私は初めては空中では構わないぞ!」
「えー!?」
「斑ちゃん!若いからって妙な気、起こすなよ!まともにしないと、変な癖つくぞ!」
父親としての叱責はそれでいいのだろうか、ともあれ、遊馬と草詩が溌を見る。土下座しようとする溌を遊馬が止めた。
「申し訳ない…あの仮面の男は…間違いない、『私』です」
「だろうな…声がちょっと若かったが、あんただった」
「これは一体…どういうことでしょうか…奏が赤子のまま、斑ちゃんが大きくなってないまま、私だけが年をとったのと、何か関係が」
この話は草詩にさせた方がいいだろう、遊馬が見やると、面倒くさそうだが口を開いた。
「じゃ、説明するよ。全部、仮定だけどね」
仮定だが、それでもつじつまのあう話を一通り終えると、溌は、ただ、頷いていた。
「信じられない…けど、それなら、説明がつきますね。私も斑ちゃんや奏に会いたいと思っていましたから、そのせいで、時空が妙なことに」
「いや、それは多分、斑君のせいだよ。家族に会いたい、けど、こんな危険な世界―、あんたはもちろん、奏はあんな乳飲み子だ。迷って、否定して、それでも、会いたいって深層心理がお互い勝ったんだろうね」
「…本当に…ありがたい…だからこそ…申し訳ない…魔法を覚えるために、本当に、色んな事をやってきたんです…あの仮面被っていたときだって」
「もういい、そこは責めても変わらない。おい草詩、過去の溌と今の溌が会ったら、どうなるんだ」
「さあ、何せ、僕も初めてのケースだから。時空がおかしくなるか、溌さんがおかしくなるか…まあ、とにかく今は、薬草貰いに行かないと。溌さんはどうする?城に戻った方がいいと思うけど」
「いえ、行きます…伝えたいことがあるんです。昔の自分に」
「お疲れー」
「お疲れ様です」
昔の仮面をまだ持っていた溌が、再び仮面をかぶると、薬草を持っている男たちの別のアジトにあっさり入れた。大きなマントを被り、その下には遊馬と草詩が入っている。
「狭い!けど楽しい!」
「暴れるな!ばれる!」
「お二人とも、お静かに!中年の腰が痛いです!」
などとやりながらアジトの最深部まで行き、誰もいないことを確認してマントの外へと出る。暑かった。目の前に広がる宝の山、金銀財宝を見て草詩が目を輝かせた。
「こ、これだけあれば、お菓子が好きなだけ」
「絶対、手をつけるなよ。薬草は…これか?でっかい字で書いてあって助かったな」
「馬鹿だから、すぐ忘れるんじゃないの?」
「―!草詩様!!」
さん、と、切りつけられ、かばったのは溌だった。背中から血が噴き出し、草詩が喉から叫んだ。
「…っ、にしてんの、斑君の父親なのに!!」
「草詩!いいから、回復魔法!誰っ」
確認するまでもなかった。溌だ。過去の。仮面をかぶったまま、目の前で血を流し、倒れこむ『溌』を見ている。
「…っ、な、なんだ…『私』なのか?」
「そうだ…もう、こんなことは止めろ…この先、お前は…どんな悪いことをしても、決して元の世界に帰れない…斑ちゃんにも、奏にも会えないんだ…だから、もう…家族に言えないことを重ねるのは」
ぽちゃり、と、過去の溌が涙を一粒流すと同時に、奥から男たちがたくさんなだれ込んできた。
「何だ貴様らは!」
「お、おい、溌が2人いるぞ!」
見つかった、草詩と遊馬は目で合図すると、草詩は溌を2人とも肩に担ぎ、草詩は魔法をぶち込んで道を開けた。
「帰るぞ!」
「うん!」
急いで帰った城の中は、妙なことになっった。過去の溌が、斑を思い切り抱きしめていた。
「斑ちゃ~ん」
「痛い痛い痛い!父さんが2人?!しかも、1人、血まみれだし!」
「いいなあ、過去の私いいなあ」
「ああ、お義父様が2人、我はどちらに媚を売れば」
回復魔法をかけたから特に必要ないのに、今の溌を甲斐甲斐しく看病する一縷。過去の溌に抱きしめられてる斑。それを見ながら、草詩と遊馬がばりばり菓子を食べている。
「平和だね、面白くない」
「たまには、平和を喜べ…奏は?」
「常盤ちゃんが面倒見てくれるんじゃない?僕、迎えに行ってくるよ」
薬草が効いて、すっかり元気になった奏を、常盤がまだ面倒見ているらしい。赤ん坊に目ざめたかな、草詩がこっそり覗くと、常盤がきらきらした笑顔で、奏をあやしていた。
「あーあー」
「うふふ、奏ちゃんは賢いですねー。ままって呼んでもいいですよー」
「うーあー」
「はいはい、もうすぐパパが来ますからねー」
「そのパパって遊馬のこと?」
「ふあ!?」
飛び上がるように驚いた常盤が、真っ赤な顔でふり返ると、草詩がニヤニヤしながら手を振っていた。
「そ、草詩様…い、今のはその…」
「常盤ちゃん、遊馬のこと、好きでしょう」
「まさか!私は草詩様を」
「あげないよ」
ばたり、と、扉が閉まり、常盤が崩れ落ちた。
「ちょーっと大人げなかったかなあ」
「あー、あー」
「君も泣かなきゃ、可愛いね。ねえ、ゆーちゃんって子供好きかな」
「うー、あー」
「君が斑君の妹じゃなきゃ、養子にするんだけどね…って駄目か。魔法に弱い体じゃ…早く、元の世界に」
ふわり、と、舞うように、目の前に現れた佐倉が膝まづく。奏を抱いたまま、草詩がそっと近くまで歩いていった。
「方法を探しますか」
「話、早すぎ…もし見つかったとしても、先に、僕にだけ教えてね」
「遊馬様は、残ると思いますが」
「馬鹿」




