26
朝。
寝苦しさに遊馬が目を覚ますと、いつもより余計に草詩がしがみついて眠っていた。起こさないようにゆっくり解いてようやく自由になると、足の間に違和感があった。何だと覗きこむと、そこにあるものを見てまだ夢を見ているのかと思った。が、目の前にいるものはまんまるい目をさせて自分に触ってきた。
「あー」
赤ん坊だ。まだ歩けないのだろう、よちよち、はいはいしながら自分に近づき、頬を叩いてくる。素っ裸のため女だとすぐに分かった。目がでかくて可愛い。いや、この際見た目はどうでもいい。どうしてこんなところに赤ん坊が―とりあえず風邪でも引かれたら困る、急ぎ自分の羽織っていた毛布にくるむと、ノックと供に佐倉が入ってきた。
「王、フレンチトーストが冷めます―」
佐倉はこちらをじっと見るなり、何を理解したのか大きく頷いた。
「跡取りの誕生祭を開く準備を」
「絶対言うと思った。産まれるわけねえだろ。朝起きたら、布団の中に」
「…何、何の騒ぎ…」
ようやく、よろよろ眠そうに起きた草詩が周りを見て、状況を見て、寝起きとは思えない頭の回転の速さで、吐くふりをし始めた。
「う、つわりが」
「草詩様、大丈夫ですか。今、医者を」
「それ、産んだ後に出るもんじゃねえから。とりあえず、服持ってこい。赤子の服」
寝室から出たら、とんだ茶番になっていた。服を着せた赤子を、倉トリオが泣いてもいないのに懸命にあやしている。そしてその中央で、赤子をにたにた草詩が眺めている。
「見れば見るほど可愛いなあ。まつ毛の長さなんて、ゆーちゃんにそっくりじゃん」
「それはほとんどの人類にそう差がねえよ…つうか。俺っていうより、斑に似てねえか?そいつ」
「え…そう?あれ、ほんとだ、言われてみれば」
草詩が赤子の顔を確かめるため高く抱くが、乳臭いとすぐに離して御倉に押し付けた。飽きるのが早すぎる。
「ふわ…おはようございます…」
「おお起きたか。おはよう斑」
おはようございます、と、くっしゃくっしゃの頭の斑が赤子と目が合う。すると、瞬間、赤子が火がついたように大泣きした。それは斑の顔を見て怖がっているというより、会いたかった母親にようやく会えたような泣き方だった。震える斑が慣れた手つきで赤子を抱くと、ようやく泣きやんだ。
「え、それ、マジで斑君の娘?」
「いえ…見間違いでなければ…僕の妹の奏です」
驚く遊馬と草詩の向かいで、奏を抱く、ようやく震えが止まった斑は、見たことがない優しい顔をしていた。
斑を見て安心したのか泣きやんでいたが、またすぐ泣きだした。どうもお腹が空いたらしい。赤子の泣き声もでかいが、それを五月蠅がる草詩の声ももっとでかい。
「五月蠅い!至急巨乳を5人くらい連れてきて!」
「そりゃ、てめえの趣味だろうが!斑、こいつ、粉ミルクでいいのか!?」
「はい、粉ミルクでいいんですが…どうしよう、奏、決まったとこのじゃないと飲まないんです…こっちの世界で売ってるのかな…」
「これ?」
しゅるしゅる、と、草詩が宙に向かって指を動かすと、ぽろん、と、間抜けな絵が描かれた粉ミルクの袋が現れた。それが目当てのものだったらしく、喜んだ斑が勢いあまって草詩に飛びついた。
「すごい!やっぱり草詩さんすごい!ありがとうございます!これで奏が飢えずに済みます!」
「痛い痛い痛い!離れて乳臭い!!」
「息子の株が上がって良かったなあ、草詩…おい、佐倉、お湯沸かしてこい」
「御意」
ミルクを飲ませ、げっぷをさせ、眠るまであやしていた。その慣れた一部始終を草詩と遊馬となんとなく眺めていた。ようやく眠った奏を見つめる斑が、少し照れたように顔を上げた。
「す、すいません」
「いや、いいよ。その子、確かに、君たちの世界から来た匂いがするね。斑君以来、久しぶりだ。何で世界渡ってこれたんだろうね…そんなにお兄ちゃんに会いたかった?」
眠る奏の頬を草詩がつんつんつつく、その向かいで、斑は何だか落ち着かなかった。
「どったの」
「いや…その、奏だけでここに来たのかなって…」
「ああ、確かに、そんなちっこいの一人でうろうろ出来ないよね。探そうか?いまだにそんな小さい子作れる元気で仲良い君たちのご両親」
「…いや…両親っていうか…」
ものすごく言いづらそうにしている斑の向かいで、草詩が興味丸出しで身を乗り出した。
「そういや君の家族の話、聞いたことがなかったね」
「―っ」
「…草詩」
「…いいんです、遊馬さん。ちゃんと話します。僕の家族は父と母と僕の3人家族だったんですが、父はギャンブルが止められなくて…母はずいぶん苦労してました。やっと落ち着いたかと思ったら、僕より若い女の人と、奏を連れて帰ってきて…母は怒って出て行きました…僕は、結局…出て行けなくて…なんだかんだで女の人も出ていって…奏と父だけになって…父と慣れない子育てに追われてたら…なんか父に怒るタイミングずっとなくて…」
「…こってこてな上に面白くない話。それ、僕が記憶喪失で、遊馬が施設育ちだから黙ってた?」
「草詩!!」
遊馬が怒鳴ると、草詩は舌を出して部屋を出て行ってしまった。追いかけようとしたが、舌を打って遊馬が斑の元に戻ってくる。
「悪い」
「いえ…そんなつもりなかったんですが…どこかでそう思ってたかもしれません」
「あいつの言葉をいちいち深読みしなくていい…気にするな。家族いたらいたで、いないならいないで文句あるの当たり前だろ。人っていうのは、そういう生き物だ」
「ありがとうございます…格好いいなあ、やっぱり遊馬さんには敵わないや…僕は大丈夫です。早く奥さんのところに行ってきてあげて下さい、格好いい遊馬さん。拗ねてお城が壊されたら大変だ」
「お前も本当にいい性格になったな」
遊馬が斑の頭をくしゃくしゃに撫で、その足で部屋を出ていった。その姿を見送りながら、扉が閉まると、斑は奏にかけた毛布をかけ直した。
「むすう。」
草詩はものすごく分かりやすく拗ねていた。寝室のベッドの上で毛布にくるまって背中を向けている。正直ものすごく関わりたくないが、このままほおっておいたら、より面倒くさいことになる。
「草詩」
「謝らないよ」
「いいから斑のとこ行ってこい。お前を拗ねさせたことを気にするような奴だ」
「用がないから行かない」
「草詩!!」
「斑のお父さん探す」
続けて怒鳴ろうとした遊馬が目を丸くし、集中して手をかざし始めた草詩を邪魔しないように、そっと部屋を出ていた。斑がいる部屋へ戻ると、彼は奏と仲良く横になっていた。慌てて起きようとしたのを制する。
「草詩さん、大丈夫でした?」
「ああ。お前の父ちゃんを魔法で探してる」
「…えっ」
「会いたくないなら、俺が草詩はっ叩いて止めるが」
「…いえ…っ…すいません…ちょっとだけ泣きます」
「先に断って泣く奴があるか」
遊馬が手を伸ばすより早く、斑が胸に突っ込んできた。ゆっくり受け止めると、起きた奏が大泣きし、2人で力なく笑った。
やっと寝てくれた。
眠る奏の隣で、斑は倒れるように横になり、ふらふら遊馬が私室の窓から空気を思い切り吸う。後ろから、佐倉の気配がした。
「お疲れ様です」
「かみさんが男で本当に良かった…」
「かなり病んだ惚気ですね。ところで王、お客様です。城に勝手に入ろうとしているのを、御倉と大倉で止めてます」
「それは客って言わねえよ。どんな奴だ」
「斑様のお父様かと」
目を見開いた遊馬が急いで階段を降り切り、扉を開け放つ。騒ぐ人形たちをかきわけ、城壁を開けると、御倉と大倉に羽交い絞めにされた男が暴れていた。
「離せ!娘がこの城にいるかもしれないんだ!もしかしたら息子も」
「御倉、大倉!退け!!」
ほどくように2人が退くと、解放された男が、慌て膝まづく。
「王、お初にお目に」
「そういうのはいい。顔、上げてくれ」
かしこまって顔を上げた男の顔は、三十年後の斑の顔をしていた。




