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「斑殿…いつの間にそのようなお力を…」
惚れ直してる一縷の隣で、草詩がゆっくり立ち上がった。眠る遊馬は地面にゆっくり置き、立ち上がる。魔力の気配に一縷が向き直ると、息を飲んだ。『誰』だ、これは。
「ごめん、斑君、退いて」
「すいません、ここは僕が」
「退いてって言ってるの、聞こえないかな」
ぞ、とした斑が動けなくなるより早く動いたのは佐倉だった。斑と常盤と一縷を綺麗に抱きこみ、少し離れたところに避難した。ゆっくりと鵜乃に向かって進む草詩が地面に向かって手を伸ばすと、砂が彼の手に向かって集結し、そして、巨大な怪物になった。驚いた観客と関係者は悲鳴を上げながら逃げ出し、やがて残ったのは中央にいる草詩たちだけになった。
「ずいぶん寂しくなったな…まあ、好都合かな。被害が多いと遊馬が怒る」
「み、水の姫?」
気配の違いに、鵜乃は明らかに怯えている。笑いながらも、草詩と斑を隠したであろう魔法を必死で使っている。しかし、目の前の巨大な生き物には通じなかった。焦る鵜乃を、斑が守らなければと思ってしまったほどであった。多分、殺される。かなり残虐な方法で。
「人と旦那にありえない行動させるわ、息子の新しい力を引きださせるわ…ずるくね?俺が、俺と遊馬だけが見たいのにずるくね?何様?魔力貯めとかなきゃいけないこのくそ忙しい時期に何してくれちゃうのかな。俺、今、すげえテンション高いから、選ばせてあげる。どう潰れたい」
「…っ…ひええええええ!!!」
「…遊馬さん!遊馬さん起きて!!」
草詩の豹変ぶりに佐倉に抱きしめられたままの常盤は目を回し、一縷は壊れた人形のようにカタカタ笑っている。斑は冷静に、遊馬の頬を叩いて起こしていた。
「お願いです、起きて!草詩さんが人殺しになります!」
「…っ…ん?」
「ああ、起きた!」
良かった、ほっと笑った斑の鼻がつままれる。寝起きの王は機嫌が悪い。鼻を押さえながら斑が遊馬を無理やり起きあがらせ、目の前の光景を見せさせる。草詩が作った巨大な生き物が、鵜乃をつまみ上げて、魔王みたいに笑っている。遊馬はその様子をじっと見て、再び地面に横になったため、斑がまた起こした。
「夢じゃない!夢じゃないです!寝ないで!」
「かかわりたくない」
「それは激しく同意しますけど、お願いします!じゃないと僕、泣きますよ!」
「…っ、お前。だんだん腹黒くなってきたなあ」
やれやれ、遊馬が立ちあがる。草詩は高笑いしながら怪物のパンチを鵜乃に当たるか当たらないかの距離で繰り出し続けている。殺そうと思えば殺せるのに、怯えさせて楽しんでいるのだ。鵜乃は既に泣いていて、下手したら失禁しているかもしれない。大きくため息をついた遊馬が怪物の足元に近づいた。
「おい、草詩。その辺にしておけ。もう、そいつ戦争もしないし、俺たちに危害は加えないし、雪の国の物資を半分くれるってよ」
「そこまで言ってないぞ!?」
「すまん、よく聞こえなかった。もう一回」
怪物パンチと遊馬の睨み上げに震えあがった鵜乃は、ぷるぷる泣きながら自棄になって叫んだ。
「分かった!分かった!!頼むから、命だけは」
「だってよ、草詩」
「やだ、もっと泣かせた上でぶっ殺す」
「草詩!!」
「…っ…・ああもう、分かったよ!!」
怪物が砂に戻っていき、鵜乃が落ちていったところを佐倉が、草詩は遊馬が受け止めた。お互い、かなり痛かった。腰を押さえながら、鵜乃が涙目で遊馬に向かって微笑んだ。
「あ、ありがとう!命の恩人だ!何が欲しい、何でも用意させっ」
ひでえ、と、その場にいた一同が思った。遊馬にぶん殴られた鵜乃は冗談みたいに飛んでいき、そして、遊馬の笑顔を見て、もっと泣いた。
「帰れ」
「…すいませんでした!!」
鵜乃が這いつくばりながら涙目で逃げていき、佐倉がやる気なく拍手していた。やれやれと皆が会場から出て行く中、自然と遊馬と草詩だけが残った。珍しく、ごめん、と草詩が謝るより早く、もう一度遊馬が抱きしめた。
会場の外で、佐倉がちらっと中身をみる。当然、中まで見えないが。何かに気を使いそわそわ待つ一同の中で、佐倉が口が開いた。
「…何時間待てばいいんですかね」
「生々しいこと言わないで下さい!」
「わ、私、ちょっとお花摘みに…」
「ああ常盤ちゃん、大丈夫!?」
ふらふらどこかへ行く常盤の様子を忙しく心配する斑の向かいで、一縷が鳥の姿に化けていた。
「では、我は帰るよ。顔が見れて良かった」
「色々ありがとう、一縷さん」
「我は何もしておらんよ。それにしても…世界中に広げんとな。水の国の王夫婦には喧嘩を売るなと」
「それは僕も同意だ」
笑った一縷が飛んで帰っていき、斑が見送る。少し迷ったが、会場外の見張りは佐倉に任せ、常盤が行った方向へ追いかけていった。
ため息をつきながら、常盤は本当に花を摘んでいた。植物を触れば心が休まるかと思っていたが、全く休まる様子がなかった。自分の心の中は草詩が、草詩だけが占めていればいいのに、今は違う人物だけがいる。苦しくて心臓を吐いてしまいそうだ、常盤がぎゅっと自分の胸元を握る。
「水の王に恋をしていると見える」
「…っ、あなた…」
鵜乃だ、常盤が身構えるが、彼は両手を挙げた。手は出さないアピールのつもりだろうか。
「私はどうしても水の姫が欲しい。今回のことでますますそう思った。君は水の王が欲しい。お互い、協力し合えると思うが。どうだ、私と一緒に」
ぱちんっ
近くにあった蔦が縄のように鵜乃に絡まる。悪魔の取り引きの言葉に震えた常盤が我に帰る。向こうから、斑が走って駆けつけてくれていた。
「常盤ちゃん、大丈夫?」
「…っ、斑様」
ふらついた常盤を斑が抱きあげる。彼女に見えないように、斑は蔦ごと鵜乃を高く遠へ花火のように打ち上げた。雪の国の奥の奥へ。風邪くらい引いてしまえ。
それから。
「わあ、すごいすごい!さすが雪国!お酒、美味しそう!宴会やろうよ宴会!」
「ああ、そうだな」
後日雪の国からは、本当にたくさんの物資と、『もう戦争はしませんし、喧嘩も売りませんごめんなさい』手紙が送られてきた。鵜乃を苛め過ぎてしまった為、雪国総出で喧嘩を売りかえされるかと思ったが、王の頭を冷やしたことについて逆に感謝された。彼は今、反省しすぎて熱で寝込んでるらしい。同情はしないが、言うこと聞かない権力者への面倒はいくらか分かる。
「まあ、最近はずいぶん言うことを聞くようになったけどな」
「え、何?」
「ひとり言だ」
そう?と首をかしげながら草詩が遊馬の膝の上に乗って、勝手に判子を押したがるから、そっと別の用紙に差し替えた。聞きたいことを聞くのを忘れてた。
「お前、魔力が消えそうなのか」
「すごいことはっきり聞くね」
「どうなんだ」
「あれ、見える?」
「あれ?」
膝の上から指差す草詩の指先を追い、遊馬が目をこらすと地球儀のような物体が見えた。自分が知ってる地球儀と大陸の大きさや配置が全然違う。そもそも色が紫色だ。
「あれ、この世界を模したもの。ま、全部見ようがないから適当なんだけど。あれの球体に定期的に魔力送りこまないと、この世界の均衡がおかしくなるんだ。何でか分からないけど」
「それで魔力の調子が悪かったのか。そんなときに、お前」
「だって、あんなことになるなんて思わないじゃん。ゆうちゃんが行くところだったら、どこでも行きたいよ。ゆうちゃんの顔、毎日見たいよ」
「今、魔力は」
「大丈夫。送りこんだ直後じゃない限り、魔力がないなんてことないから」
「そうか」
納得した直後、ちょっと待て、と遊馬があることに気付いた。
「じゃあ、お前、鵜乃のところから逃げれたんじゃないのか」
「出来たかもね。けど、ゆうちゃん来るって分かってから…怒る?」
「怒るか、体力の無駄だ」
額を付き合い、体温があり、生きている、それ自体に感謝する。額も、唇も、体そのもの、どれでもさほど違いはない。もろもろ腹をくくらざるえなかった。互いの気持ちに、開き直るしかなかった。




