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水の国へ向かいいくらもしないうちに、巨大な雪壁に阻まれた。蹴ったり殴ったりするがびくともしない。
「おい!誰か…誰かいねえのか!おい!!」
魔法が使える草詩がいない。斑もいない。水の国にまで帰れないのでは火の国にも行けない。一縷にも頼れない。連絡手段もない、帰る方法もない、助けも呼べない。自分一人では何も出来ず、力がないのはよく分かっているが、何も、こんなときに痛感しなくてもいいだろう。
「おい!!」
「―はい」
雪壁を突き破って転がり落ちてきたのは、佐倉だった。喜びは一瞬で、落胆も早かった。両腕の中にいるのは、なぜか常盤だったからだ。
「お前…その荷物どうにかならなかったのか!」
「俺、王様のそういうところを尊敬します」
「誰が荷物です!…ちょっと草詩様は?草詩様はどこにいったのです」
「それは…」
遊馬が理由を話そうとした瞬間、あまりの寒さに常盤が盛大にくしゃみをかました。鼻水と凍えで美少女が台無しだ、佐倉が彼女を吹雪からかばうように抱きなおした。
「どこか暖かい場所に移動しましょう」
「ああ、そうだな」
情けなくも戻るしかなかった雪の国ではすごい歓迎ぶりだった。王のお戯れにスライディング土下座の勢いだったが、暖かい部屋と必要量の食べ物飲み物のみを受け取ると、それ以上のもてなしは断った。そこまで信用できるほどではなかった。
話し終えると常盤から何発か殴られるだろうと思っていたが、常盤は殴りもせずただ静かに泣いていた。そちらの方がよほど痛かった。一通り泣き終えると、常盤は涙をふいて、凛と顔を上げた。
「草詩様を…助けられそうなんですか」
「分からない」
「…少しくらい迷って答えなさい!でも…っ、あなたがそう言うなら…そうなんでしょうね…例え、国中の全ての力を集めても…そうなんでしょうね…」
何も声が出ないでいる遊馬の向かいで、項垂れている常盤の腹が盛大に鳴った。腹の虫だ。彼女は泣きそうなくらい真っ赤になった。
「こんなときに…お腹空くなんて…」
「生きてりゃ腹くらい減るだろ。何か食え」
「結構です!草詩様がどんな目にあわされてるか分からないのに…おまけに敵地の食事なんて」
あからさまに苛っとした遊馬が食事を口の中にほおりこみ、常盤にずいっと近づいた。
「ななななな何ですか!?」
「ふごふが」
「これを口に突っ込んでやるから、口を開けろとおっしゃってます」
「わ!分かりました!食べます!食べますわ!!」
強制的に食事を取らせ腹を満たさせ、泣き疲れたのか常盤は眠った。部屋は十分暖かいのだが、それでも少女にはまだ寒いのかそれとも不安でたまらないのか、常盤は遊馬の膝を枕に寝ていた。遊馬は自身の上着を彼女に着せてやり、ため息をついた。
「草詩様の魔力が遠くなり、一番に気付かれてしまいました。さすがというかなんというか…国境近くにどんどん雪壁が攻めてきて、私と、流れ込んできた彼女だけが貴方様を迎えに来れました。申し訳がございません」
「いい、謝るな。正直、すげえ嬉しかった。ほっとした。常盤は…まあ。こいつくらいは。守らないとな、今度こそ…っ。佐倉。正直に言ってくれ。草詩は死んだのか」
「分かりません」
「魔力が遠くなったってことは、酷いことされてるのか」
「いえ、それも分かりませんが…ただ。魔力が遠く、というか小さくなっているのは、恐らく冬の王の仕業ではないかと」
「どういうことだ」
遊馬が問うと、佐倉は少し返答に困っているようだった。そういえば、暖をとる呪文を使わなかった理由を、斑は知っていたようだ。それを佐倉も知っているのか。まさか―
「…あいつの魔力がなくなったのか」
「…草詩様の魔力は大きすぎます。それこそ、一人の体では耐えきれないほどに。だからこそ、少しづつ、体から消えていっているのかもしれません。これはあくまで私の仮定ですが」
「使うほどに減っていってるということか」
「そのような例は聞いたことありませんが…何しろ、あの人の魔力がそもそも規格外なので、なんとも」
「そうか…もしあいつから完全に魔力が消えたら、どうなる」
「それこそ予想つきませんが、少なくても、民は見限るかもしれません。王女から外されるかも」
「…そうか。まあ関係ねえか。王と夫婦だ」
「…そうですね」
やはりこの方が王で良かった、目を細めて笑う佐倉は、ふと気付いた。常盤がずっと起きていて、そして、静かに泣いていることを。
いつの間にか眠っていた遊馬を起こしたのは、絹を裂くような常盤の悲鳴と、豪快な蹴りだった。跳び起きた遊馬の向かいには、常盤が真っ赤な顔して怒っていた。
「どうして、あなたなんかとこんなにくっついて寝ているんですか!」
「お前が寄ってきたんだろうが!」
「どうして私が貴方様なんかに寄らないといけないんですの!嘘も大概に」
「…元気ですねえ」
ひょこっと覗きこんできたのは佐倉だった。部下の登場に常盤は慌てて身支度を整えるが、まあ何と言うかもろもろ手遅れだった。というか佐倉相手に今更という気もするが。
「情報を仕入れてきました。草詩様と斑様がいる場所が分かりました」
「え!?」
「早いな…お前、まさか寝てないのか」
「人形ですよ」
そうだ、ときどき本気で忘れる。それでもありがとう、と遊馬が礼を言うと、いえ、と佐倉が小さく笑った。
「でも早くした方がよさそうですよ」
「なんだ、どこにいる」
えっと、言いかけた佐倉が常盤の存在に気をつけながら、遊馬に耳打ちした。
「恐らく、草詩様が男だということがばれました」
「…まあ、そりゃそうだろうな。って、お前、知ってたのかよ!」
「人形には効かないんじゃないですか?」
「あいつ、本気で国一の魔法使いなんだろうな…」
「…な、なんです?なんですの?私にも教えて下さい」
「…草詩様を気に入らなかった冬の王が、草詩様を人身売買へ」
声なき声で常盤が叫び、どうにか遊馬が暴れ、叫ぶのを自分で耐えた。拳から血が出ている。
「…斑もか…」
「はい」
「…そうか。分かった。ありがろう。行こう。常盤、お前はここに」
「い、いやです私も参ります!」
「常盤!!」
真剣に怒った遊馬を見て一瞬躊躇した常盤だったが、無理やり置いていこうとする遊馬の足元にしがみついた。この子供はこういう嫌なところで聡い、自分は子供を蹴り落とすような人間性ではないと見抜いている。
「お願いします!役に立つなどと申しません!足手まといになるかもしれません、けど、けど、一人で留守番するくらいなら、私死にます!お願いします!お願いします!!」
「草詩が心配なのは分かるが、頼むからここにいてくれ!お前まで何かあったら」
「乗り込むのは人身売買の場なのでしょう!?私をお使い下さい、絶対に高値で売られます!」
すげえ自信、頼もしくもあるが。これにはさすがに遊馬も負けた。正直、人身売買の場所に殴りこみに行くのは簡単だが、自分の狙いは草詩と斑だと分かれば余計彼らを危ない目に合わすことになるかもしれない。正攻法で行くには自分は年を重ねすぎている。
「…遊馬様」
「…ああ、もう…」
遊馬がしぶしぶ頷くと、常盤は泣きながら喜び、遊馬にとびついた。
かんかん鈴を鳴らしながら、遊馬と佐倉が歩く。2人が引きずる先には、普段よりもちょっとだけ服を露出した常盤が繋がれていた。
「さあさあ、よってらっしゃい見てらっしゃい。ぴちぴちだよー。可愛いよー。処女だよー」
「処女って言わないで下さい!!」
「静かにしろ、奴隷」
こんなに目立つ人身売買があっていいんだろうか、街中から何だか憐れんだ目を受けながら歩いていくと、あっさり、ある馬車に案内された。そこは、佐倉の情報の馬のマークが刻まれていた。三人は頷き合い、馬車に乗りこんだ。
馬車の中は酷いものだった。まだ幼い子供、美しい女、そして厭らしい顔の男たちがひしめきあい、空気がとんでもなく汚い。怯え、泣き叫び、心なく宙を見て笑い、それを見ておかしそうに汚い男たちが笑う。吐き気さえする、遊馬はたまらず、常盤を腕の中に抱きこんだ。
「は、離して」
「教育に悪い」
「…また…子供扱いして…」
そう悔しそうに呟く常盤の顔は赤く、ぎゅっと遊馬の胸元をつかんで離さない。その様子を佐倉はじっと見ていた。早く草詩を助けださないと、別のフラグが立ちそうだ。
そんなことを考えてるともしらず、遊馬が佐倉に耳打ちする。
「これからどうなる」
「…そうですね。恐らく、競り市場に行くと思います」
オークション会場か、まったく趣味が悪い。奴隷売買に参加する人間が少なくても2人以上いるかと思ったら、本気で胸糞が悪い。
「着いたぞ」
ひとけのない場所をいくらか進み、そして、開けた場所にある闘技場のようなところ。これだけ人通りの少ない場所なのに、嫌に盛り上がっているのが不気味だ。
「女はこっち、男はこっちだ」
別れさせられるのか、これは計算になかった。いつの間にか眠ってしまった常盤を佐倉に預けると、門番に呼びとめられた。
「待て。そいつは男だろ」
「この女は、その人形がいないと不安で吐いて回るぞ」
最低で、常盤が聞いていたら発狂しそうな嘘だったが、門番は信じたようだ。遊馬は男の最後尾に、常盤を抱いた佐倉は女の最後尾に並んだ。
「常盤を頼んだぞ」
「命に替えても」




