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「おい!おい、誰かいないのか!開けろ!」
遊馬が思い切り声を張り上げてみるが、雪壁に空しく響くだけだ。というかそもそも扉はどこだ、当然こんな極寒地帯に見張りが立っているわけはない。少し行けば扉かもしくは誰かいるかもしれないが、どちらに進んでいいか分からない。というかそもそもこっちで合っているのか、草詩に聞こうとしたら、嘘だろう、と笑った。
「おい」
返事をしない。無視したり、ふざけているわけではない。本当に眠っている。顔が冷たい。
「斑」
斑も眠ってしまっている。ゆすったり起こしたりしてみたが反応はない。泣くほど可愛い年ではないが、胸が内側から引きちぎれそうなくらい痛かった。
「おい、頼むから死ぬな!おい!!」
やっぱりこの二人は置いて来れば良かった。吹雪が強くなる、もう限界だ。遊馬は雪壁に向かって必死で叫ぶしかなかった。誰も返事がない。ただ、吹雪が強くなるだけだ。自分も意識を手放さないように必死で唇を噛んで耐えていたが、それこそ魔法のように、ふっと意識がどこかへ行った。
常盤の怒鳴り声が聞こえた気がして、何度もまばたきを繰り返す。体が痛いがどうにか起きあがる。生きてる、そう思った瞬間、口が勝手に動いた。
「草詩!斑!」
「もしかして、この二人のことか?」
男たちがニヤニヤしながら、眠る斑と草詩を見降ろしていた。芋虫みたいに縛られていた。遊馬は何もされてないところを見ると、男が大笑いした。
「悪いな、男を縛る趣味はないんだよ」
「そうかよ」
助かった、とりあえず凍死の心配はなくなった。暖かい、魔法だろう。テント状の中に兵士が何人か、どれも屈強そうだが遊馬には恐怖など全くなかった。
「それ、返してくれねえか。俺のかみさんと息子なんだよ」
「げ、こいつ男かよ!」
「ああ、婿入り前の大事な息子だ」
とりあえず自分が気を失ってる間にこの二人が殺されなかっただけでも感謝した。が、すぐに後悔した。草詩のやつ、起きてやがる。しかもものすごく嬉しそうだ。迂闊にかみさん発言するんじゃなかった。
「けどなあ…お前ら、何者だ?外から入ってきたよなあ。こんな豪雪地帯にどうやって来たんだ」
「親分、これじゃないですかい?」
手下らしい男の一人が布を抱いてやってくる。斑必殺、魔法の絨毯だ。魔力でも残ってるのか、それが分かるのか、勘か何か知らんが、親分らしき男は笑ってた。
「こりゃすげえや…こんな布一枚でどんだけ飛んできたんだ。あんた、もしかして、噂に聞く水の王ですかい」
「ああ、そうだ」
水の、水の、と皆が口ぐちに言う。戦争をふっかけようとした相手だ、戦いを始めるつもりだろうか。遊馬が構えると、親分らしき男は片手を振って否定した。
「失礼、最近、ぴりぴりしてんでさあ」
「いや、こちらこそ。国を守る者として当然だ。いきなり訪ねてきてすまなかった」
と、見せかけてずどん、といった雰囲気は感じられなかった。粗野で乱暴そうだが礼儀はある連中だ、深く深く頭を下げ、遊馬がもういい、と呟いた。こういう扱いは何度されても慣れない。
「戦争の件で?」
「ああ、そうだ。俺たちは戦争なんてするつもりはない」
草詩からつまらなそうに無言の威圧を感じるが、もちろん無視した。戦争なんてしてたまるか、こんなバカみたいに寒いところまで、断りに来たのに。
「それはそれは…なら、良かったら、王に会ってくれんですかい。俺らだけ会って帰しとあっちゃ、王が拗ねちまう」
「ああ、それは」
構わないが、拗ねるって。王は確か成人してると聞いていたが、一縷も王に就いていたことを考えると、この世界の成人は十代かもしれない。まあ一縷のところは事情が事情だが。
「そら、良かった。また外に出てもらいやすけど」
「…何、王はここにいないのか?」
「へえ、王はもっともっと奥でさあ」
また移動か、げんなりとなった遊馬の気持ちが分かるかのように、親分らしき男は笑った。
「心配せんで下せえ。俺らの移動手段なら、寒くねえでさあ」
「そうか、それは助かる」
こっちです、と招く男についていき、とっくに起きていただろう草詩は蹴りあげ、斑は米俵のように肩に担いだ。
移動手段はものすごい快適だった。巨大なターバン状のものに包まれ、中は暖をとる魔法でものすごく暖かい。外の吹雪が嘘のようだ。元気になった草詩と起きた斑がはしゃいでいた。
「すごいすごい!早い!」
「なあ、思ったんだが、暖かくなる魔法があるんなら、お前がそれ使えば、俺らが凍えることなかったんじゃないのか」
「やだなあ、ユーマ。暖かくなる魔法は、寒い国独特だよ。俺らみたいに暮らしやすいところで、暖とってどうすんの」
「はは、ご謙遜を。一面業火に変えることのできる王が」
ああなるほどな、と納得しかけた遊馬が兵の一言で表情を一変させ、草詩を思い切り蹴りあげた。斑が慌てて止めに入らなかったら、せっかくの快適な乗り物に穴が開くところだった。
「なんで暖の魔法使わなかったか三秒以内に答えないと、お前だけここから落とすぞ」
「酷いわダーリン!」
「誰がダーリンだこら!」
「ち、違うんですよ、遊馬さん。草詩さんは」
「―斑君」
し、と草詩が唇に人差し指をあて、斑の言葉を止めてしまう。なんだ、魔法が使えなかった理由でもあるのか。今後の行動に支障が出てきても困る、遊馬が理由をどうにか聞こうとすると、兵の声がした。
「着きましたぜ」
「「「…おおお」」」
三人揃って感嘆の声を上げた。目の前に広がるのは、氷で出来た洋風の城。どこかのねずみの国にでもありそうだ。しばらく感心して見ていたが、すぐに三人の思いがマイナス方向に一つになった。
「絶対寒いよな」
「なんで寒いとこに更に寒いの建てんの、ばっかじゃねーの」
「き、聞こえますよ…でも、風邪ひかないんですかね」
こそこそしゃべったつもりだがやはり聞こえたらしく、兵士たちは苦笑いしていた。
「まあ、そう言わんで下せえ。くれぐれにも王には。あの城気にいってるんですから…ささ、どうぞどうぞ」
袋の床部が一部開き、くるくると階段のようになり、城の屋上大広間に降りられた。ひんやりするのは一瞬だけで、城内は暖かかい。氷じゃないかもね、と草詩がいたずらっぽくいい、なるほど、と遊馬も納得した。
「では、あっしらはこれで」
「は、俺たちだけで行っていいのか?」
「はい。帰りは迎えに来ます」
それだけ言うと兵は本当に帰っていってしまった。遊馬たちが一斉に王に攻めかけるかもしれないとか考えないんだろうか。それとも―
いや、今は考えまい。戦いに来たわけではないんだから。
「行くぞ。草詩、絶対喧嘩売るなよ」
「へいへい」
屋上から階段を下り、すぐにまた広間に出た。王一人で暮らしているのか、兵も、召使いもいない。いつもここで暮らしているのか別荘的な立場なのか分からないが、いよいよ嫌な予感が強くなってきた。しばらく進むといかにも王がいそうな扉がある。一番に入りたがる草詩を制し、遊馬がノックする前に扉を開けた。
「こちらに」
初めて草詩に出会ったときのことを思い出した。王というのは、例外なく惹かれるのだ。特に意味もなく、理由もなく、ただただ、跪かざるえない人格がにじみ出る。
「おお…そなたは水の…」
「あ、どもども、はじめまして」
「美しい。噂通りだな。結婚してくれ」
そして、大概、即効でその魔法が解ける。きゃあ怖い、とふざけて抱きついてくる草詩を、遊馬が嫌そうに受け止めた。真剣に取りあうのは斑だ。
「申し訳ございません、鵜乃様。草詩さんは、遊馬さんと結婚してますので」
「…そうか残念至極…では、そなたでも構わんが」
「ひゃい!?」
「構うわ」
ごっ!!
「…すまん、手が滑った」
「そ、そうか手が」
正確には足だが。草詩と斑をかばうように抱きこみ、遊馬がじっと鵜乃を見る。なんだかよく分からない男だ、少年にも見えるし、青年にも見える。長い雪のような銀髪が、余計に年を分からせない。整った顔立ちだが始終ニヤついているので均衡がとれてないし、服装は盗賊のようだ。
どう見ても男、この男は「実は女でした」ということはなさそうだ。そして伝わってくる、魔力の強さ。草詩も気づいているのだろう、斑をかばう手の上から、更に抱きしめている。
「水の王、お噂はかねがね…戦争など、ふっかけてすまなかった。お会いして良かった」
「ああ、そうか、撤回してくれるか」
「戦争などせずとも、大丈夫だとよく分かったからだ。貴方は大切な荷物が多すぎる」
「は」
ふ、と、嘘みたいに、今抱いてたはずの草詩と斑。瞬間、また、嘘みたいに、鵜乃に殴りかかった。雪の壁が彼を守る。痛くなどなかった。
「どこへやった。返せ」
「予想以上の反応だな。それは出来ない」
「何が目的だ」
「そうだな…君の絶望と、水の国全部だ」
ぐらり、と、遊馬の意識が飛んでいく。気が付けば城の外へ移動させられ、そして風のように、さほど吹雪が強くないところまで降ろされた。
ほどなくして迎えがきて、水の国近くまで降ろされた。あっという間の出来事だった。鵜乃は、そして鵜乃の兵たちは知っていたのだ。圧倒的な力、そして差。
「 」
一通り叫んで、遊馬はすぐに立ちあがり、そして走り水の国へ戻った。自分は強くない。だから、大人げなく、味方を呼びに行く。とにかく、動く。




