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鳥の囀りを目ざましに、ふかふかのベッドから起き上がる。最高の目ざめだ、隣に寝ているのが男でなければ。
熟睡してしがみついている草詩を引きはがし、大きく伸びをする。正直寝かせておいた方が静かで仕事も捗るのだが、いつまでも寝かせておくわけにもいかない。
遊馬が草詩の頬を何度も叩いて起こすが、なかなか起きない。口の端がちょっと揺らいだのを見逃さなかった。こいつ絶対起きてる。もうひっぱたいてやろうかと思っていると、草詩は強請るように顔に向かって手招きした。遊馬は脱力して、噛みつくように口づけた。
「おら、起きろ」
「はいはい、起きました」
面倒くさがる草詩に無理やり顔を洗わせ、自分も身支度を整える。ふと鏡を見ると、後ろですごい顔して斑が立っていた。この世の終わりみたいな顔して資料を持っていた。
「お、おはようございます…これ、目を通しておいて下さいって大倉さんが」
「そうか」
「…し、失礼しました」
ぴゃっと斑がいなくなり、まだ寝ぼける頭を壁に打ち付ける。頭は覚醒した。いや、というかもともと寝ぼけてもない。
一度口づけて以来、草詩はどうもキスにはまったらしく、何かにつけて遊馬に強請った。最初は無視してたがあまりにしつこく、一度噛みつくようにやってやると面白いように言うことを聞いたため、それ以来垂れ流しだった。慣れとは恐ろしいもので、最近は何だかもう正に挨拶みたいにしてしまっている。これはまずい。何だかよく分からないがとてもまずい。今の斑の顔つきを見て今更この異常な習慣に気付いた。とりあえず誤解を解こう、遊馬は急ぎ、斑の後を追った。
「おい」
「はい」
「さっきのあれは、その、なんだ、げんこつみたいなもんだ」
だから、俺たちはそういう仲ではない、決してそういう仲ではない、と必死に訴えると、斑はにこっと笑った。分かってくれたか、遊馬もほっと笑い返す。
「大丈夫です。僕、分かってますので」
そう言うと斑は忙しく、大倉とまた打ち合わせしていた。何も分かってないじゃねえか、むしろ誤解しきっている。遊馬はもう穴という穴に入れたかった。草詩を。
火の王である一縷と同盟のようなものを結び、早一月。今日も今日とて国はすごく平和だ。あと個人的にすごく喜んだのは食べ物だ、火の国の特産物だったものは水の国でも育ち、それは何とあのバナナになった。前の世界でものすごく好物だったわけではないが、久しぶりに食べるとものすごく美味かった。斑なんて喜び過ぎて一房食べていた。
しかし、平穏は長く続かないのだろう、草詩が恐ろしい発言をきた。
「…つまんない」
出た。遊馬が嫌そうに草詩を見る。この男は平穏こそ良しとしない。むしろ一月もよくもった方だ。キスの効力だろうか、あまり考えないことにする。
「動きのない日々は退屈すぎるね。どうする、戦争でもしちゃう?植民地裏切っちゃう?」
「いいから、大人しくハンコ押せ馬鹿」
とりあえず、昼間はどこか遠くに連れてってなだめよう、などと思っていたが、その予定は言いだす前に中止になった。
「失礼しますっ」
珍しく慌てた様子で佐倉が走ってきた。人形だから表情は分からないが、焦っているのはなんとなくわかった。何かあったのか、露骨に嬉しそうな顔をする草詩の頭を叩き、遊馬が顔を上げる。
「何かあったのか」
「単刀直入に言います。水の国が、火の国と同盟を結んだことで、世界征服を狙っているのではないかという阿呆な噂が広まっております」
爆笑して喜ぶ草詩を、遊馬がまた叩く。
「続けろ」
「はい。そしてその阿呆な噂を鵜呑みにして、もっと阿呆なことに、戦争をしようと誘ってきております」
「いいね!しよう!戦争、今しよう!」
「黙れ!どこのどいつだ、その阿呆は」
「雪の国の王、鵜乃様です」
「…うの?」
火の国の次は、雪の国か。知り合いか、視線で問うと草詩は首を横に振った。これは嘘をついていない。
「国の概要と、王の人柄は分かるか」
「斑様と調べておきました」
そう言って現れた御倉が、分厚い資料を取りだした。朝から調べていたのはこれだったのか、全く優秀な部下ばかりで助かる。
「まさに、雪国です。年中雪に囲まれ、雪が積もり切れない高台に籠るように人々は生活しております。人口は数百足らず、その分、みな、仲がいいようです。内乱の歴史は一切ありません。自然の雪壁と内地の食べ物の豊富さで、他国との戦争の歴史もありません。うちとはかなり離れているので、外交の記録もほとんどありません。
王は鵜乃様、成人したばかりですが、若くして国の信頼を一心に集めております。油断ならない人物です。ただ、阿呆のようですが」
「お前らが阿呆阿呆言ってくれるから、かなり楽だ」
こいつらに影にこう言われないように努力しよう、よし、と遊馬が立ちあがる。草詩の目はこれでもかときらきらしていた。
「戦争しちゃう?雪山にでっかい穴開けちゃう?」
「開けるか!とにかく責めてこられたらたまらん、戦争はしない」
「ええええええええええ」
「斑が泣くぞ」
これは、キスの次点くらいで効く脅し文句だ。草詩が悔しそうに、ぐ、と黙る。なんだかんだで、この男は斑が可愛くて仕方がないのだ。
「その代わりと言っては何だが、雪の国に行く。お前も一緒だ」
「え、ほんと!?行っていいの!?」
「王、よろしいのですか」
「いい。そんな阿呆がこの国に乗り込んでこられて、草詩と気が合って、戦争始められたらもう終わりだ」
「「確かに」」
佐倉と御倉の声がはもる。どんだけ信用ないんだ、あの男王女は。嬉々として、雪山に行く準備をもう始めてるし。
「斑様はどうしますか」
「あ?あー…」
寒い雪の国に可愛い息子(笑)を連れて行きたくないところだが、最近、彼の恋人(仮)の動きがますます激しくなってきている。何かつにつけて拉致し、彼に子作りをせがんでいる。超肉食系女子、そういう意味では草も食わなさそうな斑は、なんだかちょっと気の毒だった。
「俺は連れて行ってもいい。本人に行きたいかどうか聞いてきてくれるか。断られたら、お前らが全力で一縷から守ってやれ」
「御意」
誘った斑は、意外というかなんというか嬉しそうだった。
「雪山!僕初めて行きますよ!イエテイとかいますかね!」
「ゆーきやま!ゆーきやま!」
「ゆーきやま!ゆーきやま!!」
斑と草詩がはしゃぐはしゃぐ、女子中学生のように両手を取り合って踊るように喜んでいる。このはしゃぎぶりでは後の展開が見えてしまっているが、まあ今は機嫌がいいから良かろう。
さてさしあたっての問題は―遊馬が嫌そうに巫女塔の方を眺めていると、敵―じゃない、常盤は静かにやってきた。後ろからジョ○ズの音楽が聞こえてくる気がする。
「ごきげんよう…草詩様。雪の国に行かれるとか」
「うん、行ってくるよ。お土産にゆきうさぎでも作るよ、持って帰るまでに溶けると思うけど」
「わあ、ありがとうございます。楽しみです」
踏んでる踏んでる、足をものすごく踏んでる。常盤が遊馬の足を踏んでる、かなり小刻みにぎりぎりと。角度的に草詩に絶対見えているのに、あえて気付いていないのが余計に憎い。
「あんな寒いところに、このようにか弱い奥さまを連れていくなんて、何を考えていらっしゃるのやら。頭輪切りにして、巫女塔に捧げれば少しは目が覚めるのでは」
「目の前に命が終わるわ。そろそろ、足どけろ。地味に痛いんだよ」
「常盤ちゃん」
「きゃっ!」
草詩が常盤をふわっと抱っこするように抱きあげると、彼女は耳まで赤くなった。
「雪が見たいって強請ったのは、こっちだよ。新婚旅行気分で行ってくるから、笑顔で見送ってほしいな。大きな息子もついてくるけどね」
「で、では、私も一緒に!」
「常盤ちゃんがもし風邪なんて引いたら、悲しいなあ」
「草詩様!!」
一生やってろ、馬鹿みたいな茶番劇に嫌気がさしていると、なぜか斑が優しく肩を叩いてきた。大丈夫ですよ、みたいなノリで。何をどう心配して励ましてくれてるのか分からないが、とりあえず軽く叩いておいた。
「じゃあ、行ってくる」
「お待ち下さい、これをお持ち下さい」
常盤が紫の守り袋を押し付けるように遊馬に渡した。
「草詩じゃなくて、俺にか」
「そうです、草詩様をお守りする貴方にです。落としたりなくしたりしたら呪いますからね」
呪いの言葉を吐く常盤に見送られながら、斑の運転する魔法の絨毯に草詩と遊馬は乗り込んだ。練習したのか、前ほど酔わない運転になっていた。
旅は非常に快適だった。斑の魔法の絨毯であっという間に雪の国にたどり着いたが、そこから先は正に豪雪地帯、吹雪が酷く視界が悪く、魔法も絨毯も使い物にならず、徒歩を強いられた。最初は風が冷たい、など雪を歩く音が面白い、などとはしゃぎでいたが、草詩と斑はあっという間にばてた。
「さむいいいいいいさむいいいいいいいいいもう無理いいいいいいいいいいいい」
「さむいさむい寒い寒い死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ、裸で温め合うから至急巨乳を連れてきて五人くらい。一人くらいちっぱいが混ざってても可」
「エロネタ言う元気はあるじゃねえか」
やっぱりこうなった、遊馬は大きくため息をついた。ため息をつく先から凍っていく気がする。確かに、寒いは寒い。寒い通り越してやばくなってきた。生まれつき体力もあり健康体で寒さには強い方だが、なんとなく手足の感覚がなくなってきた。斑は今にも眠りそうだし、草詩もふざけて寒がっていたのが、だんだん演技ではなくなってきたようだ。
目的地はまだ見えない。遊馬は二人を抱きこむと、魔法の絨毯を叩いた。すると、布のくせに寒くて固まっていた絨毯が嫌そうではあるが出発した。しばらくそのまま飛んでいると、眠りかけていた斑と草詩が覚醒した。
「やだ、何これ暖かい!体、カイロで出来てるの!?」
「んなわけあるか、俺は体温高いんだよ」
「きっと鍛えてるからですね…わあ、暖かい…」
「待て、寝るな!斑!まだ昼間だぞ、頼むから俺にしがみついたまま凍死とか勘弁しろ!」
「ねえ、今だけ夫婦の営みしてみようか」
「服を脱がそうとするな!俺だって寒いわ!!」
ただでさえ寒さで乾燥してる中ぎゃあぎゃあ騒ぎ、咳き込んでさえきた頃、絨毯が自分で止まった。何事かと思わず二人を抱え込む。吹雪の中、まばたきを繰り返すと、これでもかと大きな雪壁が目の前にあった。空へと続いてるようにも見えるその雪壁は、話に聞いた雪の国の概要に似ていた。




