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胸元が露わになった一縷は、正直そのまま戦われたらどうしようかと思ったが、両手で胸元を押さえたまま膝をついてしまった。一瞬、絹を裂いたような悲鳴が聞こえた。さあ、いよいよ、悪いことした感が強くなってきた。さあ、大根劇の始まりだ。
「あー、なんてことだ、王が女の子だったなんて」
「………み、水の王?」
「なんてことだ、あー、これでは余裕で勝ってしまうではないか」
「………っ、させるか!!」
胸元を、足の衣服の一部を破り捨て押さえきってしまうと、一縷は構え直し立ち上がった。よし、上手いこと乗ってくれた。対峙する2人の周りで、静まり帰っていた観客達がようやく騒ぎ出す。
「女だったからって何だ!」
「そんなもん、とっくに気づいていたっての!弱みでも握ったつもりか!?それならこっちはもっと弱み握ってやる!」
「………え?」
「自覚しろ、よく見ろ、王女様」
気づくのが随分遅れてしまった。荒れたチンピラたちのような男達の目は、卑しい目でもなんでもない、王女に恋焦がれ、それでも守る父親のような目。
「あんたは自分が思ってるよりずっと可愛い。それを利用しない手はないと思うぜ」
「…何を…何を、言って…わ、我は男で…国を、国を守らなければ…」
「-よくも王を!」
「-ぶっ殺してやる!!」
「これが」
ずん!!
「男の王にも、する態度かよ」
観客はまたも静まり返った。一番強そうで体格がいい男を、遊馬が一蹴りで沈めてしまったからだ。あまりの出来事にチンピラは静まり返った。
「いいか、お前ら。俺は強い。言うこと聞かねえと、お前等をもれなく八部殺しにした上、王女様を嫁にいけない体にするどころか子ども2,3人作るからな………っ、返事!!」
「「「はい!!!」」」
チンピラたちは震え上がり、一縷はへたりこみ、それを慌てて駆けつけた斑が助けた。1人観客席で満足そうに笑う草詩が拍手し始めると、観客たちも続けて、嫌そうではあるが拍手をしていた。その音は、いつまでも止まなかった。
あっと言う間に一週間が経った。
「どうだ、守備は」
「うん、別に。平和過ぎるくらい」
結局、というのも変な表現だが、植民地も侵略もお互い嫌がった。そりゃそうだ、一時のびびらせ方では限界がある。そこで火の国で働ける男達を、水の国で出稼ぎさせる形になった。仕事は与えようと思えばいくらでもある。たまににらみ合ったり小競り合いがあるようだが、おおむね平和だ。いちいち人形たちが止めにいってるのもあるかもしれないが。
「…お前。この前の大会んとき、俺の足に魔法かけただろう」
「何の話?」
「とぼけるな。俺にあんな力までないことくらい分かってるんだよ。俺は魔法使いじゃないんだからな」
「いや、君は魔法使いだよ」
「何言ってんだ、お前」
「僕に嫉妬させた」
少し考えて、何のことか思い当たって遊馬が破顔すると、草詩が吹きだして大笑いした。
「面白い顔」
「お前な!」
「まあ、そう怒らないで。見て見て、下を」
「…あ?」
導かれるまま遊馬が下を見ると、斑と一縷がいた。
城の庭園、草詩が気まぐれで花やら木やら植えては人形立ちが甲斐甲斐しく世話をしている。自然に囲まれ、顔を赤らめた一縷と斑が向かい合っている。
「そうですか…帰ってしまうんですか」
「ああ…もうみんな大丈夫そうだし、我も国に帰って…仕事が溜まっているから…別れが辛くなるから、王たちにはよろしく伝えておいてくれ」
「…僕は?」
「え?」
「僕との別れは辛くないんですか」
爆笑を我慢して変な顔になった草詩にばんばん叩かれる。丸聞こえだ。恥ずかしくて逃げたい遊馬だったが、草詩は服を掴んで離さない。
「辛い。寂しいよ、とても。本当に持って帰りたいくらいだ。けど、それは駄目だ。君は、この国を、否、王たちを…愛しているだろう。引き離せない」
「そう…ですね。僕はここが居心地がいい。それに、あの人を、元の世界に還してあげるって決めたから。もうそんなこと願ってなくても、側にいるって決めたから」
「…敵わないな。また、会いに来る。必ず。必ずだ」
一縷は不死鳥のような姿に化けると、クチバシの先で斑の唇に口づけると、そのまま飛んでいって、やがて見えなくなってしまった。いつまでもその姿を見送っていた斑が、やがてへたりこむ。炎のようにあざやかな一縷の羽を一枚拾った。
「鳥とちゅーだけで良かったの?」
「…悪趣味ですよ、いつから見てたんですか」
「早く上がってこい。涙を拭いてやれない」
結局、斑は遊馬が迎えに行った。甘やかしすぎだと草詩に言われたが、先にそわそわしていたのは草詩の方だった。大倉たちがそれこそ子どものように寝かしつけてる。顔がものすごく赤い、知恵熱かもしれない。
「恋に恋して泣けるなんて、青春だね。俺も恋したいわ」
「してくりゃいいじゃねえか、女なんてよりどりみどりだろ」
べちゅっ
間抜けな音と供に、草詩に口づけられた遊馬は開いた口が塞がらなかった。
「………っ、何、してんだ、お前」
「うん…嫌じゃない!嫌じゃない!」
どさっ!
「うわ!?おい、離れろ!」
けらけら、子どものように笑いながらベッドに押し倒した草詩がはしゃぐ。重くて邪魔、遊馬が退かそうとしていると、その手がぴたっと止まった。
「何を…してらっしゃるんですか?」
いつからいたのかー常磐様。両手をげ○きだまでも発動するかのごとく大きく挙げ、気のせいか髪が全部逆立って見える。両手にかつてないほど魔力がまとまっていくのが分かった。
「待て常磐!話せば分かる!話せば-」
「ふっ!!!」
どごおおおおおおおおお!!!!
「…今、絶対穴開きましたね」
「城もそろそろ建て替え時期かな」
「そうですねえ」
呑気に斑の周りを囲んで、倉トリオが斑のために向いたりんごをひたすら食べる。本人がまったく起きる様子がない為だ。りんごを食べ終わる頃には、散々暴れた常磐が泣き叫んで城を飛び出していった。
一体誰の何の為の言い訳だったのか、ていうか俺が何で言い訳してるのか、つうか何でキスされたんだ、なんでなんでなんで-頭が痛すぎてもう何もかも分からん、考えることを放置して、遊馬は胸元の草詩の頭に手をやり、寝た。
城の壁に穴がぶち開いたが、今日も水の国は平和だ。




