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耳の奥から、銃弾が乱射されるような音がする。
最初は真っ白だった視界が、叩きつけられるように映像がどんどん現れては鮮明になり、やがて鮮やかな教会を映し出す。
晴天の空をいっぱいに浴びて一層の光を放つステンドガラス。神々しいマリア像。神の言葉を読み上げる神父。鮮やかな赤いバージンロード。花輪が設けられた席に座る来賓たちは終わることのない拍手を送り、それぞれが祝福の笑顔を浮かべていた。どの情景よりも、その笑顔が一番気になった。人々の笑顔が、心から祝福してくれているように見えなかったのだ。
やがて、花嫁のヴェールを取り、誓いの口付けとなる。恥ずかしそうにこちらに寄せる顔が、羞恥とは思えない表情で曇った。何事かと周囲に目を配らせると、驚いたことに、最前列に座る来賓の一人がこちらに銃口を向けていた。こちらと目が合って銃口を隠すかと思ったら、続くように、来賓のほとんどが銃を構えたのだ。
何よりも驚いたのは、花嫁の表情だった。彼女は既に死を覚悟し、冷静な表情になっていた。そして花婿が花嫁の手を取り、バージンロードを逆走していく。銃弾と罵声が飛び交う中、不思議と銃弾は全く当たらない。花婿の息遣いも、走る足も、花嫁の手をしっかり取った手も、全て付き合い慣れた自分のものだった。
「はっ…はっ…はぁ!!」
汗を払い捨て、遊馬 が草原に倒れこむ。どれくらい走ったかもう分からないが、追っ手はどうにか撒いたようだ。倒れこんだ自分を少女が覗き込む。まだ幼さを残した小柄な少女、まだ15にもなっていないのではないだろうか。それでも、彼女は信じられないほど美しく、完璧なものだった。
「大丈夫ですか」
可愛らしい声に、なけなしの元気を振り絞り、手を軽く振って返事をした。声で返事をしたかったが、空気を吸うだけで失敗して、咳き込んでしまった。
すると少女は慌てるように、小走りでどこかに走っていくと、小さな木の皿に水を汲んできてくれた。少し起き上がり、喉を潤すと、体の中から一気に脳まで目が覚めた気分だった。
さて。
ここはどこだ。
彼女は誰だ。
何で、結婚なんてしてるんだ。
まず始めに記憶喪失を疑ったが、それはないようだ。自分の経歴なら、書けと言われればいくらでも書き出せる。いっそ忘れたかったくらいの経歴を。
経歴は分かるが、何がどうなってこうなっているのかが思い出せない。今朝はいつも通り起きて、会社に行って、昼休み、否、昼休みはー何―何かー
-ぶっ殺されたいか、お前!!
-そんなにオヤジが大事かゴラァ!!
あ。
あ。
あーーー。
思い出した。要らん記憶を。
遊馬がちらりと少女を見る。純粋で美しい大きな目が、今は痛い。この瞳に、「俺、死んだよな。何であんたと結婚式を呑気に挙げて挙句狙撃されてるんだ」と問いかける気にはなれなかった。わけが分からない事態に、子供を巻き込む気にはなれなかった。優しさというよりは、年を中途半端に重ねた男の意地だ。面倒くさい。
「ここはどこか分かるか」
これくらいなら聞いてもいいだろう、森に囲まれた草原、どう見ても都内ではない。少女とは言葉も通じる、国内だったら、とりあえず日常には帰れるはずだ。
とにかく早く帰って、吉牛食べて、ビール飲んで寝たい。
「ここは」
彼女が口を開いた瞬間、心臓の音が早鐘に鳴った。遊馬はどこかで、彼女の言葉が予想できていたかもしれない。
「水の国、第十三都市でございます。たくさん走って下さったので、第十二都市を越えてしまったやもしれませんがー」
「…東京じゃないのか」
「トーキョーでございますか…申し訳ありませんが、聞いたことが…」
「日本は」
「申し訳ありません」
うん
やっぱり
異世界か!!
そういうのは十代にしてくれ、力なく倒れこんだ遊馬に、また少女が心配そうに話しかけるが、もう返事をする元気も、手も振ってやることも出来そうになかった。
遊馬28歳、身長181センチ、赤髪(目つき悪し)。遅すぎる異世界デビューは、疲労の為、意識を手放して終わった。