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うさぎ、時々雨

作者:

誰にだって過ちはあるだろう。

いや、今はそんなことを考える暇はないはずだ。

三谷慶介は、軽く頭を揺する。

ベッドに横たわっているせいだろうか。

反動で少し軋む音がした。


胸の鼓動は、水を跳ねるアメンボのごとく早鐘を打っていた。

慶介は昨日の出来事を思い出そうとしていた。


確か、昨日は友人と行きつけのキャバクラに行ったのだ。

いつもの女の子を席につけ、いつものように酒を飲む。

そしていつものように店を出て、タクシーに乗って家へ帰るはずだ。

そう、いつもならだ。


だが、現実は違っていた。

慶介は分かっていた。

かびの匂いが少しする部屋。

部屋は薄暗く、しかしどことなく明るみを帯びている。

ベッドの寝心地は確かに、いつもの感触とは違っていた。

ここは、ラブホテルだった。


慶介はそっと腕を伸ばす。

隣で眠っているのは、美紀だった。

美紀はキャバクラで働いている。

昨日慶介の席についた女の子だった。


美紀は裸だった。

慶介は顔を歪めた。

正直、記憶がなかった。

だが、美紀は裸でそして慶介も裸なのだ。

まずいことしたな。と慶介は思った。


加奈子に昨日連絡を入れたかな。

ふと、慶介は思う。

慶介は加奈子と一緒に暮らしている。

いわば婚約者であった。


枕元にあった携帯を手元に引き寄せ、発信履歴とメールを確認する。

加奈子に連絡した跡は残っていなかった。

かわりに着信が一件あった。加奈子からだった。


着信は夜中の3時に一度あったようだ。

あいつ、こんな時間まで起きていてくれたのか。慶介は思った。


うさぎ、時々雨。慶介は加奈子の口癖をつぶやいた。

そして、勢いよく起きだす慶介はその行為にすぐ後悔した。

それまで二日酔いだということに気がついていなかったのだ。

頭は割れるように痛く、そして岩のように重かった。


だが、慶介は痛みを味わうことなくすばやく服を身につけ部屋を後にした。

エレベーターを降り、フロントで清算をする。

そして、少し考えてからこう言った。

「彼女、まだ寝てるから時間まで寝かせてあげてくれますか?」


慶介は慌てて捕まえたタクシーに飛び乗り、肩から息を吐く。

行き先はもちろん加奈子の待つ家だ。

美紀のことは何も思うことがなかった。


うさぎ、時々雨ってどういう意味と、加奈子に聞いたことがあった。

あれは、一緒に暮らし始めたばかりの頃だった。

加奈子は言っていた。

うさぎは、寂しいと死んでしまうと。それは傘もささずに雨に打たれる感情なのだと言った。

うさぎ、時々雨。慶介はそんな思いを加奈子にさせてしまっていたのだ。


加奈子に土下座をしよう。慶介は決意をした。

しかし、その決意はすぐに壊れてしまうほど軽いものだった。

言わなければ分からないのではないだろうか。慶介は、そんなことを思ったのだ。


答えのでないまま、タクシーは思いのほか早く家へついた。

急いでいたわりに、早くつくと降りるのをためらう慶介がいた。

足取りは重かった。


鍵を開けゆっくりと開ける。

ワンルームの部屋は扉を開けただけで部屋の全てが見渡せるほどの狭さだった。

加奈子の姿は見えなかった。


「加奈子……」

呟く慶介の背後から気配がした。

「おかえりなさい。慶介」

蛙が飛び跳ねたときと同じように慶介も肩を震わせて振り向いた。


「ごめんね。驚かせちゃったかな。コンビニに行ってたの」

加奈子は笑っていた。

「玄関で突っ立ててどうしたの?私、入るわよ」


加奈子に続いて慶介も部屋に入った。


「加奈子、ごめん。連絡しなくて、ごめん。昨日飲みすぎちゃってごめん」

慶介の一度開いた口は、もう止まらないようだ。

「昨日、遅くまで起きててくれてたんだね。ごめん。本当にごめん」


加奈子は何も言わなかった。そして、慶介は気がついた。

加奈子の目は少し腫れていた。

昨日、寝ていないからなのだろうか。それとも泣いたのだろうか。


「うさぎ、時々雨」加奈子は言った。

そして何かの糸が切れたかのように泣き出していた。

それは、海原で渦を巻くように激しかった。


加奈子は、ひょっとしたら知っているんじゃないかと慶介は思った。

「加奈子、ごめん」慶介はうなだれた。

「慶介が、帰ってくるまで何度も自分に言い聞かせていたの。

大丈夫。大丈夫、きっと帰ってくるって言い聞かせてた」

しゃくりあげながら加奈子は言った。

「慶介の、服から香水の匂いがしたわ。

だめね。こんなとき、もっとどっしりと構えてられるようじゃなきゃ、だめね」

加奈子は、慶介を責めていなかった。

なぜ責めないんだと慶介は不思議に思った。


「私は慶介が好き。こんなに好きになった人はいないの。

だけど、いいよ。慶介が昨日一緒にいた子が好きなら、その子のところへいってもいいよ」

「違う、加奈子っ」慶介は声を張り上げていた。

「違うんだっ。正直に言うよ。記憶がなかったんだっ。言い訳なのはわかってる。

だけど、だけど俺は加奈子とこれからもずっと一緒にいたいんだっ」

加奈子は言った。その子はきっと慶介が好きなんだよ。

加奈子の目はうさぎのように赤かった。そして、言葉を失う。

慶介は、美紀のことなど考えたことは何もなかった。

美紀を女性として感じたこともなかった。

記憶がないとはいえ、昨日共に過ごした美紀は何を思っていたのだろう。

美紀は、遊びだったのか。それとも加奈子の言うとおり何かしらの感情があったのだろうか。

だが、慶介にとってやはりそれはどうでもいいようなことに思えていた。

ただ、美紀にすまないと思った。

その思いは加奈子に対する思いと同じものであった。


「加奈子……」慶介は口を開いた。

伝えなければいけないことがまだあると慶介は思っていた。


「本当にすまないことをした。浮気は二度としないと誓う。

酒も飲み過ぎないようにする。それでも俺は、これからも加奈子を泣かすかもしれない。

それでも、好きなんだ。これからも一緒にいてほしい」

朝、目が覚めたときに真っ先に謝ることをしなければいけなかったと慶介は思った。

美紀にも加奈子にもだ。


加奈子のうさぎの目から、静かに流れていく涙を見つめていると胸が締め付けられてくる。

過ちを、償うことができるだろうか。そんなことを慶介は思っていた。


慶介はどれくらいの間、加奈子の涙を見ていたか分からない。

長いようで、ひょっとしたらほんの数分だったのかもしれない。

加奈子がぽつりと呟く。うさぎ、時々雨と呟く。


慶介は覚悟を決めた。加奈子はきっともう別れることを選んでいるのだ。

だから慶介も覚悟を決めるしかないのだ。

「ごめん……」慶介は今までの思いを込め、さらに低い声で加奈子に伝えた。


「慶介、違うの」加奈子は言った。

「雨はね、ときには優しく包んでくれるときもあるのよ。

優しく包んでそうして、もう一度強く、温かい感情になれるのよ」


慶介は狐に包まれたような顔をしていたに違いない。

加奈子は続けて言った。

「私も、ずっと慶介と一緒にいたい」


その瞬間、慶介の腕が加奈子へと伸び抱き寄せていた。

「ありがとう」慶介は加奈子にそう伝えるだけで精一杯だった。

なぜなら慶介の目もうさぎになっていたからだ。


そして、また加奈子は呟く。


「うさぎ、時々雨」













加奈子、慶介を一発殴ればいいのにと思う。

むしろそんな男捨ててしまえばいいのに。

でもそうできないことを知っている。


嫌悪するテーマ。


だから挑戦したいテーマ。


別の作品で不倫のテーマで長編を考えている。


でも嫌悪。 だから短編で試してみた。


慶介みたいなタイプよりも

もっともっと遊んでるタイプを描きたかったが

慶介がすいすいと先に進んでいくからこの結末になった。


私が知りたい気持ちはそうじゃないのに。

私の意志とは反対に慶介は進んでいく。


不倫する男性の気持ちが知りたい。


けど、よくわからない。


多分わかろうとしないからだろうな。


理解より嫌悪が勝っている。


だからこそ、挑戦してみようと思った。

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