第7話・山登り
柳谷統夜です。まさか二回飛ぶとは思わなかったが、いよいよ山登り当日だ。果たしてこんな視覚的にしか山とオチがない行事で一話持つのだろうか。
そんなメタ発言はさておき、バスに揺られること数時間。俺達は山の麓に到着した。担任、いや委員長の統率力のおかげで直ぐに班に分かれて登山が開始された。本当にうちの担任はダメだな。優秀な委員長がいるからダメになるのか、ダメな担任がいるから優秀な委員長になるのか…。まあどっちでもいいや。
クラス全員を送り出す都合上、俺達の班は最後に出発となった。ちなみに担任は先頭でさっさと行ってしまった。しんがりをさせたらどっか行ってしまいそうだし、適材適所と言える。
「さぁていよいよ登山だっ! 張り切って行こうぜ!」
こんな行事にも張り切れる柏原が本当に羨ましい。俺と原田なんてバス乗ってる時から鬱屈としているというのに。
「くっ…。バカな、僕の足が限界を迎えているだと!?」
バカな、どんだけ体力無いんだ!?
「おいおい、まだ十分も経ってねぇぜ?」
これにはさすがに柏原も呆れた。
「最悪バスで休憩という手段もありますが?」
委員長が原田の顔をのぞき見る。
「いや、バスの中で熱射病になるより健康的に日射病で倒れたい」
前向きなのか後ろ向きなのか分からん。が、原田なりの参加したい意思表示だろう。
「分かりました。倒れたら紗香に運ばせます」
「ちょ、なんで私!?」
「まな板の私より発展途上の紗香の方が嬉しいでしょう」
「確かに!」
柏原が大いに賛同した。そして彼の視点は奥井のある地点に集中する。
「こっち見んなエロガキ」
奥井の冷たい視線が柏原に突き刺さった!
「あ、でも、いい…」
柏原はMに目覚めた!
奥井の柏原に対する好感度だ急降下した。元からあったかどうか疑問だが。
「委員長…」
「何ですか」
「貧乳もステータスだと思うぞ」
こっちはこっちで何言ってんの!?
「…あ、ありがとうございます」
「僕は思うことを言ったまでだ」
あれ、何でいい雰囲気なの?
「じゃあ倒れたら、私がおぶっていきます。委員長として…」
「ああ、頼む」
「頼むな! 男として誇りを持て!」
情けないにも程があるぞ原田!
さて、柏原の方は…。
登山コースの外れの草むらに人間が突き刺さっていた。ちょうど犬〇家みたいになっていた。まさかこれが柏原なんてことはあるまい。マネキンか何かだろう。
「や、柳谷…」
尻が俺を呼んだ。最近の尻は言葉を、しかも言語の中でも屈指の難しさを誇る日本語を話すらしい。
「奥井はパワーファイターキャラだ!」
ガバッと起き出して柏原はそう叫んだ。奥井にちょっかいだして学び取ったことは、至極どうでもいいことだった。
そんなこんな話していると、一回目の休憩タイムが訪れた。まあ単にトイレがあるだけだが。
「すみませんが荷物番お願いします」
「へへ、任せときな」
柏原は二人に手を差し出したがあっさりスルーされ、荷物は俺と原田に渡った。
「ちょ、何でよ!?」
思春期の女子として正常な判断に基づいた行動だと思う。
「まあ思春期特有のアレのために匂いを嗅がれるのは、流石の私も嫌ですし」
「しねぇよ! 興味はあっても実行しない!」
興味あんのかよ。犯罪者予備軍の台詞だよそれ。
「絶対柏原にだけは渡さないでよ…」
「ああ。任された」
奥井に不快感を与えるのも、柏原を変態に昇華させるのも容認しない。我らがマドンナ方が花を摘みにいき終わるといよいよ山登り再開である。どうでもいいが、俺ってこんな芝居かかった話し方だっけ?
周りがキャラ強すぎるから、自分を見失いがちなのかもしれん。
「キャっ!」
委員長が小さな悲鳴を上げて原田に寄りかかった。どうやら足を取られたようだ。
「大丈夫?」
「すみません…」
「そっか。無事で何より…」
原田と委員長のやり取りを柏原はそれは大層妬ましそうに見ていたそうな。
「くそ、どうしてあいつばっか…」
どうやら柏原は原田が羨ましいらしい。いや、確実に羨ましがってる。
そしてその視線が奥井を捉えた。
「転ぶ予定は?」
「私陸上部エース」
あっさり夢は潰えたようだ。
「ゴボウは筆を間違える?」
そもそもゴボウは筆しねぇよ。つか筆するってなんだよ!
「ゴボウ…?」
奥井には伝わらず、困惑させただけだった。柏原が言いたかったのはもちろん弘法も筆の誤りである。
そんなこんなで山頂到着。疲労にメーターがあるなら、振り切る寸前である。
「ぼ、僕はベンチで休む…」
元々体力が極貧だった原田だ。無理もない。人並み(だと思いたい)に体力がある俺でも疲労困憊の感がある。
「柳谷君達は原田君の側にいて下さい。私は委員長の仕事をしてきます」
流石は我らが委員長。顔色一つ変えずに前の方へ向かっていった。クラス毎に列べて、そこから記念撮影という流れだろう。
案の定正解でクラス毎に写真を撮っていった。
「何かこういう時って瞬きしたくなるよな」
「あぁ、何となく分かるわ」
ただのクラスメイトにしかカテゴライズされない奴と親交を深めた。
スゴくどうでもいいことで行稼ぎしたところで、お弁当タイムの開始だ。皆思い思いのところにレジャーシートを広げるなどして場所取りをし始めた。
「ち、やっぱ先に終わったクラスは有利だな」
柏原の言う通り、見渡しのいい場所はあらかた埋まっていた。
「委員長権限で何とかならねぇ?」
「流石に他のクラスはちょっと…」
え、じゃあ自分のクラスなら出来るの? そう疑問に思ったが口にするのが怖かった。
「僕としては、景色を見ながらなんて首が痛くなるだけだし、どこでもいいよ」
最高に冷めた発言をありがとう。ロケーションも食を楽しむ重要な要素の一つだと個人的に思う。
「景色がダメならせめて涼しい場所にしようよ」
「そうですね。では紗香の意見を遵守して、あの辺りにしますか。お三方もいいですか?」
「「「あ、ああ」」」
景色に拘っていた柏原も一緒になって頷いていた。
委員長と奥井はあっという間に日陰に入ってレジャーシートを広げた。男の立つ瀬無くすくらいテキパキしてるぜ。
恙無く弁当タイム開始。
これから皆の弁当を解説していこう。
なんで?
こまけぇこたぁいいんだよ!
ではまず奥井の弁当。唐揚げ、豚でピーマン巻いた奴、ハンバーグ、ハム…。何か肉多くない?
「悪かったわね、男っぽい弁当で!」
「いや誰も何も言ってない」
「ええ? でも何故か柳谷に失礼なこと思われた気が…」
肉多いとは思いましたが。男っぽいは言いがかりだ。
次に委員長の弁当。
ポテトサラダ、ほうれん草のおひたし、レタス、きんぴらごぼう…。
「ベジタブルだ!」
「はあ、その通りですが。それが何か?」
不思議そうな顔をして俺の顔をじっと見る委員長。
「あ、いや。誰がどんな弁当を食おうが、食生活を送ろうが自由だようん。俺がとやかく言う必要はない」
さて次は柏原の弁当だ。むう、コメントのしようが無いほど見た目普通だ。柏原らしくもない。
「何ジロジロ見てんだよ?」
「いや、柏原の弁当なら何かあるかなと」
「はあ? 作ったの俺じゃねぇし、肉寄り弁当と野菜まみれ弁当が出た今何を期待すんだよ」
言われてみればそうだ。こいつが自分で弁当を作るわけがない。きっとお姉さんが作ってくれたんだろう。
だが事件は柏原が焼魚を食べた時起こった。
「あっっまっ!!!」
思い魚を切り吐き出した。その行方も知らずに柏原は一気にお茶を飲み干す。
「あの馬鹿姉貴何しやがんだ! 砂糖と塩間違えちゃったってか? 年齢考えやがれっ!」
「お姉さんへの詰問は生きて帰れたらすることね」
柏原が奥井を見る。すると彼女は魚の身にまみれていた。柏原が吐き出した先に奥井がいたのである。
「取り敢えず辞世の句でも読むか…、ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!!!!!」
恐ろしく惨たらしいので、俺の心に留めておく。
あ、ちなみに原田の弁当はコンビニ弁当でした。