第4話・委員長
ある日の午後からの授業。担任である尾崎先生がダルそうに入ってきた。
「はい席つけお前ら。今日のHRは来週の山登りの班決めだ。方法は委員長に任せる」
そう言うと先生は一番後ろの空席に腰を下ろした。やる気の無さは天下一品だな。
そんな先生に代わって教壇に立ったのは伊藤綾。才色兼備の優等生で我が二年一組の委員長だ。
「これから先生が仰っていたように、班決めをします。適当に五人集まってもらえば結構です。が、手元の資料には何故か男女混合と書いてます。早めの少子化対策でしょうか?」
いくら何でもそれは深読みし過ぎだろ。
「という訳で少し時間を取りますので、各自班を作って下さい」
委員長の言葉で皆は班を作り始める。
俺の周りは一言も声をかけていないバカ二人しか来なかった。
「ち、何かモテねぇヤツとモテるヤツ分けられたみたいでムナクソ悪いぜ」
柏原はこう呟くが、実際はこいつの普段からの下ネタ発言に、ほとんどの女子が引いてる結果である。あと原田のマニアックさにも。俺にしてみればとばっちりだ。
「予想通りこの三人が溢れてるみたいですね」
「みたいね」
そう言ってこちらにやってきた変わり者は委員長と、その友達奥井紗香だ。
「一緒の班になってくれるのか!?」
柏原はさっそく二人の女子に飛びつく。さっきまで不機嫌は何処へやら…。
「委員長としては仲間外れを作るわけにはいきませんから」
「私はその付き添い」
よく見れば俺達以外は上手いこと班が決められている。
なるほど、委員長は溢れる俺達の救済策か。理解すると滅茶苦茶惨めな気分になるな。
「よく分からねぇけど、よろしく頼むぜ」
こういう時柏原のバカさが羨ましい。ただ女子と同じ班になれるってだけで、舞い上がれるのだから。
こうして山登りの班は俺、柏原、原田、委員長、奥井となった。柏原と原田のバカ話に二人が呆れないことを祈ろう。
HRが終わり、休み時間となる。意気揚々と隣に柏原が腰掛けてきた。
「いやぁ、俄然楽しみになってきたなぁ、山登り」
何がそんなに楽しいものか。年寄りの行楽じゃあるまいし、テンション上がらないっての。
俺と同じく意気消沈気味の原田もこちらにやってきた。
「全く理解に苦しむね、柏原氏。大艦巨砲主義の君が、ツルペタ三次元女子と群れることを楽しむなんて」
あれ、気掛かりなのはそっちですか?
「そりゃ巨乳の方がいいけどよ。さすがに中学生で巨乳はバランス悪いだろ。やっぱJCにはJCの良いところがあるってこった」
こっちはこっちで変な講釈垂れだした!
巨乳でも中学生でもいいって、もはや何でもアリだろ!
「そうですか。巨乳のJCはバランス悪いですか。嫌われましたね、紗香」
「いや、私別に巨乳じゃないけど」
意外にも柏原と原田のバカ話に首を突っ込んできたのは、委員長と奥井だった。
「う~む…」
さっきの委員長と言葉が気になったのか、柏原の視線は奥井のある一点に集中していた。
「ってどこみてんの!」
奥井の水平チョップが柏原の首に入った!?
まあ柏原に凝視されたら水平チョップの一つや二つ入れたくなるわな。
「どうでした、柏原君?」
「服の上からじゃやっぱ分からねぇわ…」
息も絶え絶えながらも、委員長の質問に律儀に応える柏原。
「じゃあプール開きをご期待下さいってところですね」
「だな…」
あの委員長が柏原と同レベルの会話をしているだと…。
「どうかしましたか?」
委員長は真っ直ぐな目で俺を見据える。
「いや、委員長がそんなこと言うなんて思ってなかったから」
たじろぎながらもそう言うと、委員長は小さく笑った。
「保健体育の成績も良いんですよ」
「さっきの会話、全く保健体育の知識入ってなかったでしょ」
ツッコミ取られた!?
なるほど、しっかりものの優等生かと思いきや、委員長ボケだな。
そして奥井がツッコミか。社会的役職とお笑いポジションが一致してねぇ!
「ごめんね、柳谷君。幻滅させちゃった?」
「幻滅するほど仲が良かったわけじゃない。驚いたのは事実だけど」
伊藤は率先して委員長に立候補したし、奥井も彼女の仕事をよく手伝っている。まだ同じクラスになって一ヶ月しか経ってないが、少し先入観を持って彼女らを見ていたのは事実だ。
「せっかく同じ班なのですから、親睦を深めようと思いまして」
そんな切り口では柏原と以外親睦を深められないぞ。
「…まあ少しはどういう奴かは知れたかな」
肩をすくめて俺はそう言った。委員長には奥井っていうツッコミがいるわけだし、俺の負担が増えることはないだろう。
「胸の話で盛り上がっていましたから、イケると思ったんですが」
いつかの会話(第一話)聞かれてた!?
あの時の暴挙がこんなところに皺寄せが来るとは…。柏原と原田ぶん殴りたくなるな。
委員長と奥井とのマトモなコンタクトを逃したと思うと、やるせないな…。
「でも普段から下ネタ多いよね」
「いえ、保健体育の復習です」
普段からかよ! どのみちこうなることは避けられない訳ね。
「委員長…。俺、あんたとは仲良く出来そうだ」
「そうですね。貴方とは同じ匂いを感じます」
クラスと頂点と底辺ががっちり握手を交わした。
ある意味奇跡的なシーンに感動すら覚えてしまう。
俺は頭を抱えた。
「知らなかったとはいえ、よく委員長をやっていられるもんだ」
「綾って公私混同しないから。その代わり、反動のせいか普段はえげつないけどね」
つまり今は“私”ってか。まだ学校何だから“公”でいてほしいね。
あれ、でも少子化対策がどうこう言ってたような…。
よし、中学生だし、よく分からないってことにしよう。
「バ、バカな…」
おお、原田ですら同様してる。
「この僕が空気だと!?」
知らねぇよ!
だったら会話に入ってこい!
「大丈夫、綾はアニメとかにも精通してるわ」
「そうか。なら出番はあるな」
既にこの会話が大丈夫じゃない。出番とか言うんじゃねぇ。
「では私たちはこれで。楽しい山登りと致しましょう」
委員長は時計を一瞥するとそう告げた。もう直ぐ六時間目が始まる時間だ。
「じゃあね」
「おう!」
奥井が手を振り、柏原が応える。別に下校ってわけじゃないんだが。
二人は席に戻ると次の授業の準備を始めた。
切り替えの速さには驚かせられるな。
「何だか楽しくなりそうじゃねぇか。プール開き」
「お前は結局胸にしか興味ないのか!」
とツッコミと同時にチャイムが鳴った。
委員長と奥井のためにも、柏原だけは外した方がいいかもしれない…。