1話「その男は」
ちくわぶとちくわのちがいについて
◇
長い夢を見ていた気がする。
どんなものだったかはもう覚えちゃいないが、夢を見ていた感覚を抱きながら俺は目覚めた。
全く知らない天井がまず情報として脳に届く。
「ここ、は…」
絞り出した声は酷くかすれていて喉もカラカラだ。
身体を動かそうとすると節々がぎこちない。
それでもなんとか身体を起こすと、丁度若い男が扉を開けて入って来た。
「お目覚めになったんですね!道端で倒れていたのでびっくりしましたよ。どこか不具合はありますか?」
「……………ない」
「はい?」
「記憶が、ない」
不具合と言われて身体のあちこちを確認している最中、不意にそもそも自分は何をして倒れていたのかと考えたところ、何もなかった。
自分がどこの誰で、どうしてここにいるのか。必要最低限の知識以外は何も思い出せなかった。
「記憶が…?」
―――それは専門外ですね。
そう言って俺は医者の家を追い出された。
普通追い出すか?記憶喪失だぞ?
「………ふぅ。参ったな」
本当に参った。これからどうしたらいいのか見当も付かない。
手元にあるのは医者からお情けで手渡された地図くらいだ。どうやら俺は荷物なんて上等な物は持ち合わせていなかったらしい。
取り敢えず地図を広げてみると、親切に現在地と向かった方が良さげな街に印が書かれていた。
良かった。完全に見捨てられたわけじゃなさそうだ。
「クラムジー村がここで、目的地……北の方角か。街道沿いに進めば難なく着きそうだな」
支度は必要ないな。そもそもお金もない。支度出来ない。
地図をポケットにしまって村を出ようとしたところで村人Aに声を掛けられた。
「き、君!そんな軽装で外に行く気かい!?」
「何か問題が?」
「問題も何も、外は獣が出るし手ぶらは危険だよ!」
「そうは言われても無一文だし何も買えないんだ」
「そんな……あっ、それならうちに使わない物があるからそれをあげるよ!」
「いいのか?凄く助かる」
「いいよいいよ!人の命の方が優先さ!取って来るから少し待っててくれるかい?」
「分かった」
名も知れぬ村人Aが駆け足で自宅らしい家に入って数分。遠目から見て長めの何かを持って飛び出してきた。
「これを受け取ってくれ!きっと役に立つよ!」
「これは?」
「こいつはエクスブルタッシュ…」
―――――おもちゃの剣さ☆
「嘘だろ…」
街道を進んでどれくらい経ったか。早速目の前に立ち塞がる巨大なゴリラに汗を流す。
「こんな木もろくにない平地に何の用があるんだ…?」
一応構えてみるが、俺が手に握るはおもちゃの剣。軽すぎて頼りないのが取り柄だ。
ゴリラは胸をしきりに叩くと万歳で雄叫びを上げ、そのまま腕を振り下ろしてくる。
「なんだ…?」
振り下ろされた腕が迫るが、妙に遅く感じる。まるでスローモーションだ。
身体を動かそうとすると問題なく動きそうなところを見るに、死に際の現象と言うわけでもないようだ。
あくびが出そうな速度感に慣れてきたところで、エクスブルタッシュの試し斬りをしようと構え直した時だった。
「危ない!!」
突然、ゴリラが動きを止めて横一文字に切断された。
ゴリラの上半身がずり落ちると共に下半身も横たわるショッキングな光景の向こう側に、1人の女の子が剣を鞘に納めながら立っていた。
「だ、大丈夫だった?怪我はない!?」
金髪を靡かせて慌てる女の子はゴリラを踏みつけて俺に駆け寄る。
「俺は大丈夫だ。ありがとう、助かったよ」
「よ、良かったぁ~!危うくミンチになるところだったよ!?」
言葉を選んでくれ。
「って、呑気に話してる場合じゃなかった。君、早くここから離れて街に避難して!少し前から獣の活動が活性化していて、この辺りも安全じゃなくなったの!」
「アンタは大丈夫なのか?」
「私は平気。これでも一応B級守護者だから!それに今回は偵察任務だけだし――――」
轟音。地表の小石が浮く程度には強い衝撃が、すぐそこで発生した。
土煙が舞い、巨大な影が立ち上がる。
次々と空から何かが落ち、俺達の前に立ち塞がる。
「そんな…ナイトラビット、ミキサーゴリラ…スカイサーペントに、モンスターリザード!?」
よく分からないが、やばい獣が続々と登場する。
鎧を身に纏い、剣を握った腕が四本ある二足歩行のウサギ。
先程のゴリラとは別種らしい両腕が高速回転しているゴリラ。
翼の生えた空飛ぶヘビ。
それらを軽く超えたサイズ感の翼のある燃え盛るトカゲ。
その他大勢の獣がこぞって俺達を睨んでいる。
「全部、S級相当の獣じゃない…!どうしてこんなところに…しかも、こんな大量の……って、そ、それより一般人を逃がさないと…でも、囲まれて……!」
許容出来ない状況を前にパニックに陥り動けずにいる女の子を横目に、俺は獣共をぐるっと見渡してあることに気付いた。
「……こいつら、俺を見てるのか?」
「え…?」
最初は俺と女の子を対象にしていると勘違いしていたが、これだけの殺意にも似た視線が突き刺さると嫌でも気付く。
「何か因縁が…?いや、今はどうでもいいか」
確か女の子はB級守護者と言っていた。対してS級相当と称された獣は両手で数えられるより多く、流石に分が悪いと思う。
獣の注意が俺に向いているなら、ここから離れればなんとか女の子だけは逃がせるかもしれない。
そう考えた俺は後先考えずに駆け出した。
「っ!?君、どこへ!?」
「アンタの仲間は街にいるか!」
「い、いるけど!」
「その仲間がいればこいつらを倒せるか!?」
「…いけると思う!」
「ならこいつらは俺が相手する!その間に仲間を連れて来てくれ!なるべく早く頼んだ!!」
獣共は俺に夢中の様子で、女の子に目もくれず土煙を上げて1人の男を追い回す。
「わ、分かった!無理しないでね!」
女の子は一瞬心配そうに俺を一瞥すると何かを唱えて疾風の如くその場から消えた。
「無理ならもうして、る!」
ゴリラの当たればまず無事では済まない回転腕がさっきまで俺がいた地面を抉る。
俺が飛び退いた先に着地すると、今度は空を舞っていたヘビが鱗のようなものを震わせ、口から高水圧の液体を吐き出した。
それすらも回避して再び走る。
(まただ!また、こいつらの攻撃がゆっくりに見える…!)
四本腕の鎧ウサギが馬鹿でかい剣を振り下ろし、俺はその刃先に飛び乗ると第2撃、第3撃と剣を避けていく。
戦いの中で徐々に身体の動かし方を思い出している感じがする。
(俺は以前、戦いを生業としていた…?)
そんな余計なことを考えてしまったのが運の尽き、着地したすぐ近くに鎧ウサギの第4撃目が振り下ろされた。
衝撃に吹き飛ばされた俺は、地面を無様に転がって大岩にぶち当たる。
土や砂に汚れ、岩でぶつけた頭から血が流れる。
「ぅぐっ……!」
なんとか身体を起こし、片膝を立てたところで辺り一帯に影が落ちた。
見上げると燃え盛るトカゲが両翼を広げ、俺を見下ろしている。
「やばいな…」
踏み潰されたらひとたまりもないどころか、それこそミンチにされてしまいそうな大きな足が持ち上げられ、俺を潰さんとする。
咄嗟に目に付いたのはすぐ近くに転がるエクスブルタッシュ、おもちゃの剣。
藁にも縋る思いでそれを拾い上げると、俺はトカゲの足に潰された――――ハズだった。
「…防げる!?」
俺は耐えれていた。
おもちゃの剣とはよく言ったものだ。中々の上物じゃないか。
「それなら……ぅうおおおおおおおおおおっ!!!!」
力を籠め、トカゲの臭い足をおもちゃの剣で跳ね飛ばす。
「一か八かだ……死ね!!!」
飛び上がった勢いでおもちゃの剣を振るい、一閃。
それはまるでナイフでチーズを切るかのようにあっさりと。トカゲの首をおもちゃの剣はいとも容易く切り落とした。
重々しく響く落下音と共に、トカゲの巨体は倒れゆく。
俺はその胴の上に着地すると、未だ俺を取り囲む獣共へと視線を巡らせた。
◇
「た、大変だよ!!」
慌ただしく守護組織の門を強く開け放つはD~Sまである守護等級のうちB級、《疾速》の異名を持つ少女、アレイラ・フォーゼリス。
「どうした、《疾速》?そんなに血相変えちまって…」
「クラムジー村に続く街道でS級の獣達がわんさかと湧いてて!!なんでか偶然出会った男の人が追われてるの!助けないと!!」
「それは本当か?」
音もなく背後に立っていた男、S級守護者《禁死》のセナス・ユリオスティが背丈の低いアレイラを見下ろして真偽を問う。
「ユ、ユリオ先輩!!」
「その呼び方はやめろといつも言っている……それで、その話が本当なら事態は深刻ではないのか?早く行かなくては手遅れになってしまうぞ」
「っ!?そうなの!ユリオ先輩!皆も!協力して!!」
アレイラの迫真の頼みに、室内にいた守護者達が席を立った。
「《禁死》様が出向くんなら出る幕はねえだろうが…守護するのが俺らの役目だ」
「なら私が転送ポータルを出しましょう。急ぎなのでしょう?」
S級守護者《殴帝》のグレノ・カーデリオンに続き、同じくS級《魔葬》のネーシア・バルトリオが続けて声を上げた。
「他の守護者は別の任務で出払っている。一人でもS級がいれば助けになる…来てくれるか、レオモブラ」
「…了解」
黙って壁に寄り掛かっていたS級守護者《風穴》のレオモブラ・スカイアーキアがセナスの要請に応える。
「急を要する。ネーシア、頼んだ」
「既に準備は出来ているわ。ポータル展開!」
青白い光が円形の陣を床に刻み、扉を思わせる形状のポータルを生み出した。
守護者全員が顔を見合わせて頷き、次々とポータルを潜り抜ける。
その先に広がるのは先程アレイラがS級獣と遭遇した街道その場所だ。
「え…?」
しかし、そこには信じられないような光景も存在していた。
獣の死体がそこら中に転がり、今も尚巨大な獣達と渡り合う1人の男の姿。
守護者全員が動きを止めていた。S級獣の脅威を知っているからこその戸惑いによるものだ。
そして、それをいとも容易く葬る男の圧倒的な力に開いた口が塞がらないのだ。
アレイラは目を疑った。自分の周りには凄い守護者が大勢いる為、強い人を見抜く力には自信があった。
確かにあの男と向き合った時、得体の知れない何かを感じてはいた。
だがそれは強者に対する感覚とは違い、むしろ男には力がないと判断したからこそ避難を呼び掛けた。
それがどうだ。男はS級の獣の攻撃全てを紙一重で避けていき、到底業物とは思えない剣を振るってほぼ一撃で獣を仕留めていく。
ついに、最後の獣の息の根が止まった。
「…アレイラ、どう言うことだ」
「え、えっと…おかしいな…?」
「おかしいとかってレベルじゃねえだろ!あんなのあり得ねえ!S級が束になったら俺達でも苦戦を強いられる!!それがたった1人だ!?理解出来ねえよ!!」
「…異常」
「ええ、そうね。異常よ…何より、危険過ぎるわ」
守護者達が死体の山の上に立ち尽くす男に対して様々な思考を巡らせる。
アレイラは責任を感じ、恐る恐る男に近付いていく。
後ろからは静止の声が飛び交うが、彼女は止まらない。
「あ、あのー!」
「…」
呼び掛けに反応はなく、男は背中を向けたまま空を見上げている。
「…おーい!聞こえてるー!?助けを呼んで来たんだけど!」
「ん?」
ようやく男がアレイラの声に気付き、反応を示した。
続けざまにアレイラが声を掛ける。
「これ、1人で全部倒すだなんて凄いね!?えっと…い、一体何者なの?」
「何者、か…」
男は振り返らず、顔を少し動かして視線を這わすだけ。
「俺、は…」
そして。
「俺は」
ようやく振り返り、口にした名は。
「――――ラゼス・レーベンヴェルグ」
かつて滅びゆく世界を救った英雄。その名だった。
気が向いたらのんびりーと書いてきます。




