見えなくても分かルンです
ハジメと瑞稀の会話は続いていた。
ハジメが何か言うたびに瑞稀が笑う。
笑われるたびにハジメがさらに喋る。
無限に続きそうだった。
ミドリはベンチの端で、タブレットを閉じたまま座っている。
「夏目くん、もう少し離れて座ってもらえますか」
「え、なんで」
「外での実験の距離は、データに影響します」
「……そうなんですか」
「そうです」
ユイがグラスの縁で光った。
「影響しません」
「ユイ」
「はい」
レンは少しだけ横にずれた。
特にすることもなく空を見ていた。
「ソラ」
「なんですか」
「僕、ここにいる意味あるかな」
「条件を呑んだので、あります」
「そっかー」
「こっちこっち」
声がした。
聞き慣れた声だった。
瑞稀が振り返って手を振った。
「涼香、遅い」
「ごめんごめん、シャーロットが迷子になった」
涼香と呼ばれた子が来た。
落ち着いた目をしている。
瑞稀より少し静かな立ち方だ。
その隣に、背が高くて髪が明るい人がいた。
日本人じゃない、とすぐわかった。
「Hello, everyone」
その人が言った。
ミドリが立ち上がった。
「涼香、紹介します。夏目レンくん。現在スキャン実験中の被験者です」
一拍置いて。
「それだけです」
ユイの投影が一瞬だけ揺れた。
「語弊があります」
「ユイ、黙って」
「はい」
涼香がレンを見た。
一瞬だけ、何かを測るような目をした。
「御堂涼香です。ミドリの同期」
「夏目レンです」
「被験者01、か」
涼香が小さく繰り返した。
それ以上は何も言わなかった。
ただ、もう一回だけレンを見た。
「シャーロット、遅すぎです」とミドリ。
「Sorry, sorry」
シャーロットが笑った。
怒られているのに笑っていた。
涼香が言った。
「紹介する。シャーロット、うちにホームステイしてる」
シャーロットがレンに向かって何か言った。
英語だった。
速くて、全部は聞き取れなかった。
「ソラ」
「はい」
〇・三秒。
「お初にお目にかかる、妾は大英帝国からきたシャーロットじゃ。帝国再興のため日本に来たのじゃ。涼香の家が拠点じゃ」
「意訳がすぎるよ」
「初めてブリティッシュ・イングリッシュを聞きました、雰囲気は伝わったでしょうか」
「普通にして」
シャーロットがレンを見て首を傾けた。
「はじめまして、レンです。今英国大変みたいだね」
シャーロットが一瞬だけ固まった。
それから笑った。
「だから来ました。日本のシステムが面白くて、とのことです」
「普通に訳せるじゃん」
「当然です」
シャーロットが身振り手振りを交えて話し始めた。
ソラと向こうのAIでの同時通訳が淡々と続く。
気づいたら会話が続いていた。
英語が喋れないのに、なんとかなっていた。
ソラがいるから、というのはわかっていた。
それでも、シャーロットが笑うたびにこっちも笑えた。
悪くなかった。
気づいたら、ミドリと涼香が少し離れた場所に立っていた。
二人で話している。
「ミドリ」
涼香の声が聞こえた。
「なんですか」
「顔」
「何が」
「いつもと違う」
ミドリが息を吐いた。
「違いません」
「データは見えません」
涼香が静かに言った。
「でも、分かるよ」
ミドリが何も言わなかった。
それがどういう意味か、レンにはよくわからなかった。
シャーロットがまた何か言ったので、そっちを向いた。
しばらくして、解散になった。
涼香とシャーロットが先に歩いていった。
涼香が歩きながら一度だけ振り返った。
レンを見た。
それだけだった。
ハジメがレンの隣に来た。
「なあ」
「なに」
「さっきの外国の人、誰」
「シャーロット、涼香さんの家にホームステイしてるって」
「涼香さん、て」
「御堂涼香さん、ミドリ先輩の同期」
ハジメが遠ざかるシャーロットの背中を見ていた。
「紹介してくれ」
「誰を」
「二人とも」
「全部失うよハジメ、ひとつでも怪しいのに」
ハジメが何か言いかけた。
瑞稀がハジメを呼んだので、そっちに行った。
レンは並木道を一人で歩いた。
「ソラ」
「なんですか」
「さっきの涼香さんの言葉、どういう意味だと思う」
「どの言葉ですか」
「データは見えない、でも分かるよって」
〇・三秒。
「さあ、情報が少なすぎます」
「そうだよね、何か気づいたら教えて」
「はい。シャーロットさんとの会話は楽しかったですか」
「うん、まぁ。明るい人だね」
「それはよかったです」
なんとなく、話をずらされた気がした。
でも今日は、それほど腹が立たなかった。
その代わり、涼香の言葉が残っていた。
データは見えない、でも分かる。
さっきの視線みたいに。




