瑞稀に会いたい
朝、講義の前にハジメが来た。
開口一番。
「瑞稀さんと話したい」
「おはよう」
「おはようございます、瑞稀さんと話したい」
「知ってる、前も言ってた」
「前よりさらに話したい」
レンは鞄を持ち直した。
「僕に言っても」
「白瀬先輩の友達だろ」
「そうだけど」
「頼む」
「なんで僕が」
「お前しかルートがない」
それはそうかもしれない。
「……聞いてみるだけ」
「ありがとう、一生恩に着る」
「一生はいらない」
昼前、渡り廊下でミドリを見つけた。
今日は一人だった。
グラスをかけて、タブレットを見ている。
「先輩」
ミドリが顔を上げた。
「夏目くん。実験は午後です」
「知ってます、別の用で」
ミドリが少しだけ止まった。
「……別の用」
「はい。瑞稀さんとお話ししたいんです」
一拍あった。
「瑞稀に」
「はい」
「なぜ」
「えっと」
言っていいのか迷った。
「桐嶋くんが……瑞稀さんのことを研究の参考に聞きたいって」
嘘ではないけど、正確でもなかった。
ミドリがタブレットに視線を戻した。
それから、閉じた。
「私と一緒なら会わせます」
「え」
「瑞稀に会いたいなら、私が同席します。それが条件です」
レンは少し考えた。
それが目的じゃない、とは思った。
でも断る理由も、なかった。
「……わかりました」
ミドリがグラスのフレームに触れた。
「瑞稀に聞いてみます、結果は実験の時に伝えます」
それだけ言って、歩き出した。
「ソラ」
「なんですか」
「今のって、どういうことですか」
「表情、言葉から導き出した結論は警戒です」
「なんの警戒だろう」
「今のレンさんのような警戒です」
レンは黙った。
腹たつ。
午後の実験室、いつものテーブルだった。
ミドリが先に来ていた。
「瑞稀に確認しました。放課後、中庭で」
「ありがとうございます」
「不要です。実験のお礼です」
ミドリがタブレットを開いた。
「今日のスキャン、お願いします」
レンはレンズの端を触った。
〔白瀬ミドリへ、あなたの感情値閲覧を許可しますか?〕
許可する。
ミドリのレンズが光った。
それだけで喉が乾いた。
「夏目くん」
「はい」
「聞きたいこととは、何ですか」
「……答えなくてもいいですか」
ミドリの指がフレームに触れかけて、止まった。
「……そうですね」
「ありがとうございました」
レンが先に立ち上がった。
ミドリは何も言わなかった。
ハジメに結果を伝える。
「ありがとう、俺に風が吹いてる」
「向かい風かも」
放課後、中庭のベンチにミドリが先に来ていた。
隣に瑞稀がいた。
瑞稀がレンを見て手を振った。
「チャオ」
「こんにちは」と瑞稀が言った。
こんにちは、って言うんだ。チャオじゃないのか。
「桐嶋くんは?」
「もうすぐ来ます」
「楽しみ、何だろうね」と瑞稀が言った。
ミドリは何も言わなかった。
ベンチの端に座って、タブレットを見ている。
タブレットの画面が光っているのに、指が動いていなかった。
言葉にしたら負ける気がして、飲み込んだ。
そこにハジメが走ってきた。
息が切れていた。
「遅れてすみません、瑞稀さん」
「こんにちは」
「チャオ……」ハジメが言った。
しまった、初動を間違えた、とレンは思った。
ハジメは気づいてなさそうだ。
レンは少し離れた場所でそれを見ていた。
ミドリもそれを見ていた。
瑞稀とハジメのやりとりを、少し離れた場所で眺めている。
口元が、ほんの少し動いていた。
楽しそうかどうかは、わからない。
でも、会わせる条件を出した人が、今そこにいる。
それだけで、喉が乾いた。




