堅牢な会長
会長室は、思っていたより静かだった。
ドアをノックしたら「どうぞ」と落ち着いた声が返ってきた。
入ると、窓際の席に三年生が一人座っていた。
タブレットを見ていたが、僕たちが入ると静かに伏せた。
「白瀬くん、それと」と東堂先輩が言った。
「君のことは知らないな」
「夏目レンです」
「はじめまして、夏目くん。会長をしている東堂ケイだ。よろしく」
笑い方がきれいだった。
嫌みを感じない。
席を勧めながら「今日はどんな用件かな」と聞いた。
圧迫感がなかった。
ただ、どこか値踏みされている気がした。気のせいかもしれない。
ミドリ先輩が口を開いた。
「私が感情スキャンの研究をしているのはご存知だと思います」
「この前の事件について意見を聞かせていただけませんか」
「事件というのは、先日の掲示板の件ですか」
「はい」
東堂先輩が少し考えるそぶりをした。
「そうだね、君はなぜ感情スキャンの実験をしているんだい」
「動機はプライベートな理由になりますので、ただ役に立つものだと思います」とミドリ先輩。
「役に立つのに同意するものがいないのはなぜだろうね」
「それは……」先輩が口ごもった。
「その辺りをAIと一緒に考えれば、私のところに来る必要はなかったと思うがね」と東堂先輩が続けた。
「そこに事件を起こした動機があると私は考える」
ミドリ先輩が手帳に何かを書いていた。
東堂先輩の視線がそちらに一瞬動いて、また戻った。
ミドリ先輩が黙った。
「その事件が起きた時間に、現場付近に会長がいたらしいと聞いてきました」と僕は言った。
「そうだったのか。そんなことならメッセージで送ってくれれば答えたのに」
「残念ながら記憶にないな、ログを確認してみよう」
東堂先輩が端末を操作する。
「その時間にはこの部屋に居たようだね」
「僕にも確認させてもらえますか」
「それはお断りしよう。見せられないものもあるのでね」
「そうですか」
「しかし、君は面白いね」
「最近はパーソナルAIにしか本音を話さない人間が増えたが、君は実に率直だ」
「お褒めに預かり光栄です」
「ふふ、褒めてはいない。白瀬くんが実験に熱心なのもその辺りが理由ではと考えているよ」
ミドリ先輩が固まっているように見えた。
「でも」と僕は言った。
東堂先輩の視線が来た。
「AIではわからないこともあるじゃないですか」
「たとえば?」
「なんとなく変だな、とか。数値には出てないけど、なんか違うって思うこと」
東堂先輩がゆっくり椅子に背を預けた。
「それも誤差だよ。人間の直感は正確じゃない。AIの方が再現性がある」
「再現性はそうだと思うんですけど」と僕は続けた。
「再現できないものの方が大事なこともあるんじゃないかと」
しばらく沈黙があった。
東堂先輩が「面白いね、夏目くん」と言った。
笑い方が少しだけ変わっていた。さっきより本物に近い感じがした。
「AIが好きなんじゃないの?」
「好きですよ。ソラとずっと話してるし」
「なのに」
「なのに、ソラが言わないことの方が気になったりするんですよね。答えないときとか」
ソラが腕の中で静かに光った。何も言わなかった。
東堂先輩が少し前に乗り出した。
「じゃあ聞くけど、今回の事件。足で稼いで何かわかった?」
「まだ全然です」
「データで追っても?」
「それも無理でした。痕跡が残ってなくて」
「そう」と東堂先輩が言った。
「それが現代の事件ってことだよ。昔ながらの手口じゃない。だから昔ながらの捜査では追えない」
論理は正しかった。正しすぎた。
ミドリ先輩が「おっしゃる通りです」と静かに言った。
手帳を閉じて、膝の上に置いた。
東堂先輩が立ち上がった。話を終わらせる動きだとわかった。
「夏目くん、いやレンくん。また話そう。楽しかったよ」
「ありがとうございます」
「白瀬さんの研究、うまくいくといいね」
廊下に出たところで、ドアが閉まった。
——
帰り道、ミドリ先輩がずっと黙っていた。
「何かわかりましたか」と僕は聞いた。
「……」
「どうでした」
「全部、正しかった」
僕はしばらく考えた。
「正しいのに変なんですか」
「正しいことしか言わない人が、変じゃないと思いますか」
返事ができなかった。
「夏目くん」
「はい」
「あの人、あなたのことが気に入ったんだと思います」
「光栄ですね」
「……そこは光栄に思わなくていいです」
ミドリ先輩が少し早足になった。
スマートグラスのレンズが夕方の光を反射していた。
ソラが小声で言った。
「レンさん」
「うん」
「少し考えてから発言する方が良い時もあります」
「なんのこと」
「光栄ですね、のところです」
僕はミドリ先輩の背中を見た。
少し遠くなっていた。




