あの日あの場所にいた三人
翌朝、ミドリ先輩から連絡が来た。
文面はいつも短い。
「今日の午後、時間はありますか」
被験者へのスキャン依頼ではなく、個人への連絡として来ていた。
送信者の名前が「白瀬ミドリ」と表示されていて、少し違和感があった。
いつもは実験室のシステム経由で来るから。
「何時ですか」と返したら「十三時、正門前」とだけ返ってきた。
「わかりました、大丈夫です」
ソラが「珍しいですね」と言った。
「何が」
「個人連絡です。いつもと違います」
「被験者へのフォローアップかな」 「そうかもしれません」
0.三秒。
「そうじゃないかもしれません」
「どっち」
「さあ、本人に聞いてください」
——
正門前に行ったら、ミドリ先輩だけじゃなかった。
涼香さんがいた。
シャーロットはいない。
涼香さんはいつもより少し小さく見えた。
声のトーンのせいかもしれない。
「来てくれてありがとう」と涼香さんが言った。
「いえ」と僕は言った。
何を言えばいいかわからなかった。
ミドリ先輩が口を開いた。
「涼香に話してもらいます。昨日の投稿が自分のデータだとわかった経緯を」
「僕が聞いていいんですか」
「あなたは被験者です。他人事とも言えませんし、それと」
先輩が少し止まった。
「涼香が、話したいと言いました」
涼香さんが頷いた。
僕は黙って聞くことにした。
涼香さんが話し始めた。
三日前の昼過ぎ、中庭のベンチにいた。
シャーロットと二人で、他愛のない話をしていた。
その時間のログが、昨日の投稿と一致していた。
場所も、時刻も。
「感情値のパターンにも覚えがあって」と涼香さんが言った。
「好意が58って出てたじゃないですか」
「はい」
「シャーロットと話すことすごく楽しくて、うちでホームステイしていても。あの数値、たぶんそのときの私です」
ただ、静かだった。
「でも、間違いないんですか。シャーロットかもしれませんし」と僕は聞いた。
涼香さんが少し考えた。
「可能性は否定できないけど」
「うん」
「でも数値を見た時、全部が正確だと感じて、なんかすごく嫌でした。私の中を覗かれた気がして」
ミドリ先輩が何かを手帳に書き留めていた。
「ミドリ、それ研究じゃないからね」と涼香さんが言った。
「……わかってます」
手帳を閉じた。閉じるのが一拍遅かった。
「一つ聞いていいですか」と僕は言った。
「誰がやったか、心当たりはありますか」
涼香さんとミドリ先輩が、一瞬だけ視線を合わせた。
「ない、とは言えないんですけど」と涼香さんが言った。
「確信もないから、名前は出したくない」
「そうですか」
三人でしばらく黙った。
正門の前を学生が何人か通り過ぎた。
みんな口が動いていなかった。
AIと話しているか、何も話していないか。
「夏目くん」とミドリ先輩が言った。
「はい」
「あなたに頼みたいことがあります」
僕はミドリ先輩を見た。
スマートグラスのレンズが薄く光っていた。
「投稿のログを解析したいんですが、私は不得手です。情報システム学科なら多少はわかるでしょう」
「得意かどうかはわからないですけど」
「できなくてもいいです。やってみてほしいです」
涼香さんが「私からもお願いします」と言った。
ソラが腕の中で静かに光った。何も言わなかった。
「わかりました」と僕は言った。
——
その日の夕方、ログの解析を始めた。
ソラと一緒に構造を追っていったが、二時間経っても入り口が見つからなかった。
「ソラ、どう思う」
「痕跡の消し方が、完璧です」
「完璧って」
「おそらく追えないでしょう」
しばらく黙った。
「ミドリ先輩に何て言えばいいんだろう」
「わからなかった、と」
「それだけ?」
「正確に伝えることが誠実だと思います」




