なんとなくに答えはいらない
実験の帰り道、レンは少し考えていた。
なぜ大学に通うことにしたのか。
単位も卒業もない、通った証明も特にない。
来たいだけ来て、やめたいときにやめる。
だから「なぜ来たか」は、普通は困らない。
やりたいことがある人が来る。人脈が欲しい人が来る。
ただ面白そうだから来る人もいる。
レンは最後のやつだった。
でもそれは、ちゃんとした答えじゃない気がしていた。
実験前、いつものテーブルだった。
ミドリがタブレットを閉じて、荷物をまとめている。
スキャンはいつも通り終わった。
今日は何秒だったか、数えなかった。
数えるのが、少し怖くなっていた。
「ユイ」とミドリが言った。
「はい」
「余計なことは言わないで」
「はい」
一拍あった。
「そういえば」とユイが言った。
「言わないでって言いましたよね」
「記録価値があると判断しました」
ミドリが息を吐いた。
ユイがレンの方を向いた。
「以前、取り下げた質問があります」
「なぜこの大学に来たんですか」
レンは少し考えた。
「……なぜこの大学に来たか、ですか」
「そうです」
ミドリが荷物を持ったまま、動かなかった。
止めなかった。
「やりたいことを見つけるため、かな」
口から出た瞬間、きれいすぎたと思った。
「それだけですか」とユイ。
「……たぶん」
ユイが少し間を置いた。
「もう少し具体的に言えますか」
「ユイ」とミドリ。
「記録のためです」
「……」
ミドリは何も言わなかった。
レンは言葉を探した。
「ソラと話すのが楽しくて」
ユイが〇・二秒止まった。
「記録します」
「もっといろんな人とも話せたらいいなって、なんとなく」
「なんとなく、ですか」
「うん、なんとなく」
ミドリが手帳を出した。
何かを書いた。
レンに見えたのは、なんとなく、の三文字だけだった。
それから手帳を閉じて、グラスのフレームに触れた。
ユイの投影が小さくなった。
「ありがとうございました」
いつも通りの声で言って、出て行った。
廊下を一人で歩いた。
「ソラ」
「なんですか」
「さっきの答え、どうだった」
「どう思いますか」
「なんか、正確じゃない気がする」
〇・三秒。
「そうですか」
「やりたいことを見つけるため、って言ったけど」
「はい」
「それって、答えになってないよな」
「なぜそう思いますか」
「……やりたいことを見つけたとして、その先が見えないから」
ソラが少し間を置いた。
「先が見えることはありませんよ」
「そうなの」
「やりたいことを始めたから、もっとやりたいことがわかることもあります」
「つまりどうゆうこと」
「さあ、それはレンさんが確かめてください」
「でも、なんとなくは悪くないと思いますよ」
レンは廊下の窓から外を見た。
中庭に、夕方の光が落ちていた。
なんとなく、の中身。
三週間前よりは、少しだけ輪郭が見えてきた気がした。
まだ名前はつけられないけど。
胃のすかすかが、少しだけましだった。




