表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/4

エメラルドの埋葬と、二酸化炭素の囁き



アキは、シロの装甲板に手を置き、その冷たい金属の感触を確かめた。




駅前へと続くかつての幹線道路は、今や「緑の回廊」と化していた。


 アスファルトを力強く引き裂いて突き出した巨樹の根が、かつての交通法規を無効化し、信号機はつるに絡め取られて巨大な鳥籠のようにぶら下がっている。


 アキの鼻腔をくすぐるのは、雨上がりの森のような、濃密で咽せ返るような青臭い匂いだ。


 その匂いの源は、歩道のあちこちで「直立不動」のまま陽光を浴びている、元・人間たち——『光合成型変異体フォト・ゾンビ』だった。


「……見て、シロ。あの郵便局員だった人、今は見事な向日葵ひまわりを咲かせてるわ。……あんなに真っ直ぐ、お日様を追いかけて」


 アキが指差した先、制服の残骸を纏った遺体の眼窩がんかから、太い茎が一本、力強く天へと伸びていた。


 かつての惨劇の象徴であるはずの死体は、今や土壌を浄化し、酸素を供給する「生きた空気清浄機」として機能している。


「スキャン完了。……対象、個体番号 88-201。寄生植物は『ヘリアンサス・アヌウス(向日葵)』の変異種。……アキ、補足します。彼らの体内に流れているのは、もはや赤血球ではなく、葉緑素を豊富に含んだ代替バイオ液です。……彼らはもはや、空腹を感じることはありません」

 シロの多脚がアスファルトを叩く 0.5Hzの微振動に反応し、向日葵の葉が「カサリ」と微かに揺れた。

 アキは、シロの装甲板に手を置き、その冷たい金属の感触を確かめた。


「……三十年前、世界が緑に呑み込まれた時。……みんな、怖かったのかしら」


「アーカイブ・データ照合。……西暦 20XX年、環境修復を目的として開発されたナノマシン『グリーン・マナ』が、実験中に暴走。……それは『死』という概念を書き換えました」


 シロの音声デバイスが、かつての軍事記録を平坦なトーンで再生する。


「ナノマシンは、宿主が死に至った瞬間に中枢神経をジャックし、光合成を行う植物細胞を強制的に植え付けることで、肉体の腐敗を止め、永続的な環境浄化ユニットへと作り変えたのです。……人類の 98%が、眠るようにして『森』の一部となりました」


 アキはバールで、道端に転がった古い看板を避けた。


 その下には、絡み合った二体の遺体があった。互いの腕から伸びた蔦が複雑に編み込まれ、今や一つの巨大な白い百合の花を咲かせている。


 それは、憎しみ合う暇もなく、ただ「隣にいた者」と共に風景へと溶けていった、静かな終わりの形だった。


「……ナノマシンを作った人は、世界を救いたかっただけなのよね。……結果的に、誰も争わない、お腹も空かない、こんなに綺麗な世界になったんだから」


 アキは自嘲気味に微笑み、自分の白い指先を見つめた。


 もし自分が明日死ねば、自分の指先からも、きっと鮮やかな花が咲くだろう。

 それは恐怖ではなく、ある種の「安心」に近い感覚として、彼女の胸の奥に根を張っていた。


「警告。……アキ。百貨店のエントランス付近に、野生化した散水ドローンの群れを検知。……彼らは今も、枯れかけたゾンビたちに水をやり続けています。……通行には注意が必要です」


「ふふ、過保護な庭師さんたちね。……いいわ、シロ。雨宿りついでに、地下のジャム売り場を攻略しましょう」


 アキは、静寂の中に響く「シュー……」という古い散水機の霧の音を聴きながら、蔦の絡まる百貨店の回転扉を、ゆっくりとバールでこじ開けた。


 その暗闇の奥には、腐敗臭ではなく、熟した果実の甘い香りが、密かに、けれど確かに漂っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ