その行いが悪の極みであったことにいつの日か気づいてください。
『その行いが悪の極みであったことにいつの日か気づいてください。』
「あんな男、要らないでしょ! 婚約破棄するって言っといたから!」
いつも日常の中で心ないことばかりしてくる母がそんなことを言ってきたのはある平凡な昼下がりであった。
「え」
「あんたのためだから」
「ちょ、ちょっと待って。おかしくない? そんなの……勝手過ぎる」
「は? 口ごたえすんな! 全部あんたのためなのに! ごちゃごちゃ言うな、小娘風情が」
母は機嫌が悪いと大抵こんな感じだ。隙あらば私を傷つけようと躍起になっている。それでも、ただ嫌みを言ってくるだけならまだ救いはあるのだけれど、私の人生における重要なことにまで好き放題手を出してくるので非常に厄介。
人を傷つけることくらいしか楽しみがないのだということは分かっているけれど、でも、そういう人と関わるというのは不快極まりないこと。地獄に堕ちてくれ、なんて、さすがに言えはしないけれど。正直そのくらい不愉快な気持ちになることは少なくない。
「じゃあ掃除でもしてろ」
「はい」
「この部屋の掃除! 三十秒以内にやれ!」
「努力します」
「うるさい! そんなこと言ってる暇あるなら掃除しろ! とろいんだよ!」
こんな人どこかへ行ってしまえばいいのに――そんな風に思っていたら、母は突然亡くなった。
思わぬ形で願いは叶った。
その日はもうとにかく嬉しくて。
何度も涙が溢れてきて止まらなかった。
親の死を喜ぶなんて問題? ああ、そうだろう、普通の親であれば。けれども、その親が明らかに普通でなかったら? 嫌がらせばかりしてくる、勝手なことばかりしてくる、暇があれば暴言を吐く、そんな人であったとしたら。大好き、とか、長生きして、とか、そんな理想的なことは言えないだろう。そんなことが言える人がいるとしたら、何かおかしなものに洗脳されてしまっているに違いない。それはもう正気ではない。
「ごめん、母が急に婚約破棄とか言って……」
「いいんだ。大丈夫だよ。分かってる。お母さんはそういう人だったもんね、きっと勝手に言ってきてるんだろうなって親とも話してたんだ」
「もう母はいないわ。だから絶対そんなことは起こらない。安心してほしいの」
この世の悪を練って固めたような母はこの世から消え去った。
「これで自由だね」
「ええ!」
「いつまでも一緒にいよう。そして、幸せに!」
「よろしくね」
私はもう自由。ここから先は誰にも邪魔されず生きてゆける。悪は滅んだ。
娘を奴隷のように扱ってきた母に言いたい。
貴女の生き方はそれそのものが罪であったのだと。
そしていつか気づいてほしい、自分がいかに愚かで罪深い行いを重ねてきたのかを。
娘は奴隷ではない。娘も人間だ。そして、人間というのは、酷いことを好き放題言っても問題ない人形というような存在ではない。人間には心があって、酷い扱いをされればその分だけ傷つく。娘だって人間であって、人形ではない、心を持った生き物だ。
地獄で炎に焼かれながらいつの日かそのことに気づいてほしい。
◆終わり◆




